152 ホット・ドッグ
天を衝く怒髪もなくなってしまった勇者が、頭から湯気を噴出させた瞬間、ワイプに切り替わる。
これはマズいと思った運営スタッフが、またしても気を利かせたのだ。
かわりに野良犬サイドの状況が大写しになる。
しかしこちらはこちらで、大変なことになっていた。
動き出した殺戮と疫病の邪神から、先の勇者などとは比較にならないほどの……。
恐るべき責苦を受けている、真っ最中であった……!
……ゴオオオオオオオーーーーーーーーーッ!!
像の目から口から鼻から耳から、顔の穴という穴から炎が噴き出し……。
野良犬はなんと、火刑に処されていたのだ……!
一点集中のドラゴンブレスのようなそれは、強い光によってあたりを赤く赤く染め上げていた。
勇者が流した血を彷彿とさせるほどの、鮮烈なる深紅に……!
火あぶりというのは、もっとも苦しい処刑のひとつである。
常人であれば……いや、生きとし生けるものであれば、狂ったようにあたりを走り回るほどの苦痛に違いなかった。
それでも紅蓮は容赦なく、さらに強さを増して野良犬の身体を舐り回す。
その勢いはすさまじく、空が鳴動するような、ごうごうとした轟音となって部屋中に反響していた。
しかし、それすらもかき消すほどの、悲痛なる絶叫がわんわんと……!
「ゴルドくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
それは愛犬を目の前で焼却処分されている飼い主のような、末期の悲鳴であった。
そしていつもであれば、悲鳴の主は6人であったはずなのだが、今回は違っていた。
「ゴルドくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?!?!?」
なんと、アリーナの外からも……?
しかも、勇者サイドにいる観客たちからも……?
いや、それどころか……!
「ゴルドくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?!?!?!?!?!?!?」
国じゅうのゴージャスマートからもっ……!?
もはや数え切れないほどの多くの女性たちが、声を枯らすほどの大声で、野良犬の名を叫んでいたのだ……!!
その声が、地下迷宮にいるゴルドくんにも届いたのか……。
それとも単なる偶然か、彼は振り返り、言った。
「私は大丈夫ですから、動かないでください。下手に手を出してしまうと、炎がそちらに行ってしまうかもしれません」
その言葉は、得意の氷結魔法で炎を中和させようとしていた、ブリザード・ラヴに向けてのものだった。
しかしゴルドくんの顔は法玉によりアップで捉えられていて、まるで決め台詞のように国じゅうに配信されていたのだ。
観客たちは、まるで自分がその場にいるかのように額に汗しながら、彼の言葉を聞いていた。
「……そ……そっか……!」
「炎はゴルドくんを狙ってるから、ゴルドくんが動いちゃうと、まわりにいる人たちにも当たっちゃう……!
「だからゴルドくんは、どんなに熱くてもじっとして、動かないんだよ! 大聖女様やビッグバン・ラヴちゃんを守るために……!」
「でも……このままじゃ、ゴルドくんが焼け死んじゃうよ!」
ちょうどそれと同じことを、モニターの向こうのブリザード・ラヴも口にしていた。
どんな時でも斜に構え、決して声を荒げることなどなかった彼女が、
「で、でも……! このままじゃゴルドくんが……! ゴルドくんが焼け死んじゃうじゃん!?」
あのクールギャルが、瞳の端に大粒の涙を浮かべ、ヒステリックに叫んでいたのだ……!
しかしゴルドくんは、暖炉の前にいる大型犬のように、静かで大らかであった。
自分が取り乱したら、彼女たちも行動に移してしまうであろう事を知っていたのだ。
「大丈夫、落ち着いてください。このツアーが終わるまで、私はみなさんを残して絶対に死んだりはしません。最後までみなさんを案内して、目的達成を共にし、安全な場所まで送り届ける……。それが尖兵の務めなのですから」
もはや涙しているのは、ブリザード・ラヴだけではなかった。
「か……かっこいい……!」
「ゴルドくんってひょうきんな見た目をしてるのに、なんであんなに紳士なの!?」
「うん! どこかの勇者様とは大違いだわ!」
「そうね! どこぞの勇者様は、見た目も言うこともかっこいいのに、いざとなるとてんでダメだったわよねぇ!」
「そうそう! 自分のことばっかり大切にして、私たちファンを平気で犠牲にするんだから!」
ざわめく勇者サイドの観客たち。
ふと野良犬サイドから声がかかった。
「そういうのを、有言不実行というのん」
「そう! でもゴルドくんは不言実行! そして我がわんわん騎士団は有言実力行使!」
「それにゴルドくんは、みんなにやさしいんですよぉ~! 私はドジで、迷惑かけてばっかりなのに、見捨てずに助けてくれるんですぅ~!」
何度目かの勧誘であったが、これには多くの者が心動かされたようであった。
なにせ勇者がヘタレの烙印という、これ以上見下げようのない評価を下された直後である。
そこにきての野良犬の、紳士な振る舞い……。
ギャップ萌えここに、極まれり……!?
これには多くのファンがやられてしまい、ついには勇者からの別離を宣言しはじめる。
なにせコアなファンの中からも、「あたし、ゼピュリストやーめたっ!」と言わしめるほどに。
そうこうしているうちにようやく、邪神像からの炎は収束した。
プスプスと黒煙をあげる野良犬に、仲間たちは一斉に詰め寄る。
「あっ、火は消えましたけど、まだ熱いので近づかないでください」
しかしヒロインたちはもう我慢の限界だったのか、ゴルドくんの制止を無視してひしっと抱きついた。
「「「「「ゴルドくんっ!!」」」」」
「ああ、ご無事でなによりです! おじ……ゴルドくんっ!」
「まあまあ、ゴルドちゃん! 痛いとこない!? おなかすいてない!? ママのおっぱい飲みたいのね!?」
「シャオマオ、心配で心配で……! 胸が張り裂けそうだったね! もう愛する人をこれ以上、失いたくないね!」
「ゴルドっち、マジヤバくないっ!? なんで、なんであれだけの炎を浴びて平気なん!?」
みんながまくしたてる中、ブリザード・ラヴだけは無言であった。
彼女だけはゴルドくんの胸に顔を埋め、責めるようにぽかぽか叩いている。
「ご心配をおかけしました。私の毛皮はケルベロスなみに火に強いので、燃えることはありません」
そして本人の口からまたひとつ、着ぐるみの機能が明らかにされた。
多少の誇張はあったが、それはキャラクターを意識してのことである。
その名も『燃えないもふもふ』……!
原理としては、耐火の繊維。
そう……!
ゴルドくんの着ぐるみは、以前はシャルルンロットの背中をファイアボールから守ったことのある、ゴルドくんリュックや……。
スラムドッグマートの商品を、放火から守った『耐火の布』でできていたのだ……!
それも最上級の魔法で錬成されたものなので、たとえドラゴンのブレスを浴びたとしても……。
カートゥーンでよくある、爆発に巻き込まれた犬のように、煤ける程度……!
本来であるならば、そんな目にあった犬というのは、視聴者に笑われるものだが……。
この犬に関しては、まったくそのパターンは当てはまらなかった。
「ああ……! 良かったぁ……! ゴルドくんが無事で……!」
「なんでだろう……。私、ゴルドくんのことが心配でたまらなかったわ!」
「うん、私も! ツアーの最初の頃は、ひどい目にあうと嬉しかったのに……!」
「いつの間にか、応援するようになっちゃった!」
「私なんて、思わず神様に祈っちゃったわ! ゴルドくんが助かりますように、って……!」
「ちょ……ちょっとぉぉぉぉ!?!? なんで野良犬の話ばっかりしてんのよぉぉぉぉぉっ!?!?」
「そうよ! ここは勇者様を応援する所でしょう!? 野良犬の応援がしたけりゃ、あっちに行って……! いや、ダメっ! 行かせないわ! 行かせてなるもんですか!」
「そうよそうよ! へ、減ったらその分、私たちの給料も……! い、いや、なんでもないわ! と、とにかく! これ以上、ゼピュロス様の支持が減るなんて、絶対にあってはならないことなのよ!」
勇者サイドの焦りは目に見えるほどになっていた。
思わず口が滑って、仕込みをバラしてしまいそうになるほどに……!
狐兎とん様よりレビューをいただきました! ありがとうございます!
前回のタムさぶろー様の分と合わせて、やる気ゲージがいっぱいになりましたので、例のアレ、やらせていただきます!
そして次回、いよいよダンジョン飯!