151 勇者の烙印
ライドボーイ・ゼピュロスは生まれ落ちた瞬間から、今の今まで……。
数多の女性をモノのように扱い、使い捨ててきた。
泣かせた女性たちに謝罪することはなく、むしろいけしゃあしゃあと、
「涙はレディをより美しくするのさ。なぜならばレディは花、そこに浮かぶ滴は朝露……。朝露に輝かない花など、あるはずもないからね。もちろんそのためには、このゼピュロスという名の朝日に照らされることが、必要不可欠なのさ……!」
甘い言葉をささやきかけてやるだけで、彼女たちは大感激。
コロリと騙され、またさらに尽くそうとするので、彼はますます調子に乗った。
「人間の人生は、多くの動植物の命の上に成り立っているだろう? その動植物にあたるのが、ゼピュロスにとってのレディというわけさ」
勇者は必ず、何かを踏みにじる。
彼の場合は、その足の下にあったのが、ちょうど女性というだけのこと。
それが、当たり前だった。
ゴッドスマイルの子孫として産声をあげた男の子が、生まれながらにして持つ、他者を踏みにじってもいいという免罪符。
それが、『勇者』……!
絶大なるそのブランドは、何ものにも置き換えることのできない、絶対的なるもの。
現人神とも呼ばれる、偉大なる御方の遺伝子を受け継いでいるのだから当然である。
まさに、神の子……!
もし、その存在にもの申すことができる者がいるとしたら、人でないことは確かであろう。
もちろん、そのへんにいるようなオッサンなどでは断じてない。
いるとしたら、それは神か悪魔か……。
いや、むしろそれら天魔ですらも従わせるような、超然たる存在か……!?
殺戮と疫病の女神、パルヌゴルヌ。
手にしている印章は、生きとし生けるものすべての悪行を浮かび上がらせ、押された者の身体に永遠に焼き付けるという。
その邪神が何者かの手先のように動き、勇者を『ひとりリンチ』に処し、トドメに焼印を押した。
勇者に勇者以外の価値を、しかも家畜のような扱いで強引に与えた、この世界でも初めての異業……。
希代なる女泣かせの勇者に与えられた、烙印が、今まさに……!
これでもかとモニターに映し出され、ライブ中継……!
新しい年号が発表されたかのように、血肉にまみれた勇者の頬に、集結する注目……!
果たして、そこにあったのは……!?
ヘ
タ
レ
無情なる、3文字っ……!
非情なる、ただの悪口っ……!
邪神が与える二つ名のようなものだから、もっと形式張っておどろおどろしいものを誰もが想像していた。
それなのに、ヘタレとは……。
緊張の糸が切れ、世界が笑いに包まれたのも、無理はなかろう。
「ぶっ……!? ぶはははははっ! あっはっはっはっはっはっ!! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」
「あっはっはっはっ! 見て見て! ヘタレだって! ヘタレ!」
「言い得て絶妙のん」
指さして笑うシャルルンロットにミットナイトシュガー。
ヘタレの意味がわからずキョトンとするグラスパリーン。
『へ……ヘタレっ!? ぶっ……! ぶふふっ……! こ、これはきっと、モンスターの言葉で、ぶふっ……! あ、『愛してる』とか、そっ……そういう意味に、違いない……じゃんっ!』
頬を膨らませて必死に笑いを堪えながらも、なんとかフォローしようとするジャンジャンバリバリ。
しかしそれがかえって、観客席をさらなる爆笑の渦に包んでいた。
「あっはっはっはっはっ! あ、愛してる、ですって!」
「やめてやめて! もう言わないで! おかしくて死んじゃう! 死んじゃう! あーっはっはっはっはっはっ!」
「わ、笑うんじゃないわよ! あなたたち、それでもゼピュリストなの!?」
「だ、だって! 『ヘタレ』だよ!? 実をいうとちょっとそう思ってたから、なんだかおかしくって! それに、あなたもそう思ってたでしょ!?」
「そうそう! 違うって言うんなら、映ってるゼピュロス様をちゃんと見なさいよ! あなたもおかしくてたまらないから、そうやって目をそらしてるんでしょう!?」
「そ、そんなことあるわけないでしょ! おいたわしくて見ていられなかっただけよ!」
「じゃあ見てみなさいって! それで笑わなかったら信じてあげるわ!」
「よ、よぉし……! ……ぐっ……ぶっ! ぶはあっ! も、もうダメ、耐えられない! なにあの顔! あははははははははは!」
それは強固なる意志をもった狂信者をも破顔させる、すさまじい破壊力があった。
なにせモニターの向こうのヘタレ勇者が、その二つ名のとおりのみっともなさで、七転八倒しているのだから……!
「ぎゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?!? なんなのさっ、なんなのさこれはぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「へ、ヘタレ……! ぶっ……ぶふふ……!」
間近で見ている同行者たちは、歯を食いしばって笑いを堪えていた。
もし笑ったら、タイキックばりのお仕置きが待っているからだ。
絶対に笑ってはいけない不死王の国ツアー、スタートっ!?
「れ、レディたち! なにをしているのシャーーーッ!? 早く早くこの焼き印の跡を、元通りにするのシャァァァァァァーーーーーッ!!」
「も、もうっ、む、無理れす……!」
一列に並んだ聖女たちは、膨らみすぎた赤い風船のように、顔を紅潮させながら答えた。
後ろではお互いのお尻をつねって、破裂するのをなんとか堪えている。
「ボッコボコ……! ぐふっ! ボッコボコになったゼピュロス様のお怪我を治すのだけで、精一杯れ……!」
「も、もうもうそんな重傷を治すだけの祈りは、さっ、捧げられましぇん……! むふぅっ!」
「シャァァァァァァァァァーーーーーッ!?!? ならメイクさ! メイク道具をよこすのさっ!!」
女たちからファンデーションをひったくり、パフも使わず手で直接頬に塗りたくるゼピュロス。
まるで命が掛かっているかのような血眼っぷりが、余計に笑いをさそう。
「へっ……ヘタレを、ヘタレを隠そうとしてらっしゃる……!」
「なんで、なんでそんなに必死なんれすか……!?」
「もうそんなところ気にしたって、しょうがないでしょうに……!」
「あっ、こ、こっちに来るっ……!?」
「もっ……もうだめっ! 我慢できない! あっはっはっはっはっはっ!」
「やめてやめて、来ないでください! そのお顔で、こっちに来ないでくださいっ! ひぃーっ!」
「あっはっはっはっはっ! はっ、歯が……! ボッロボロに抜けた、歯抜けの顔で……!」
「いっひっひっひっひっ! そっ、そのうえスッカスカの、ハゲた頭で……!」
「うっふっふっふっふっ! さっ、さらにボッコボコにされたケガも治りきってなくて、鼻も曲がってるっていうのに……!」
「やっ、やめてえ! ボロボロとかスカスカとかボコボコとか、擬音使うのやめてぇ! 苦しい、苦しい! あーっはっはっはっはっはっはっはっ!」
……デデーン!
聖女、アウトー!
「シャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!? このゼピュロスを笑うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
腹を抱える聖女たちに激高し、挑みかかっていく仕置き人。
しかし鼻の穴を膨らませた魔導女たちによって止められていた。
「んふっ! んふふ! お、おやめくださいゼピュロス様! 聖女をケガさせては、本当に治療ができなくなってしまいましゅ!」
「ぐふふっ! そ、そうれす! いまは彼女たちは疲れてますしゅけど、少し休めばまた祈りを捧げることができるはずれすので……!」
「そ、それまでは、その……! へっ……ヘタレのままお過ごしになって……んふふふっ! も、もうらめぇ! あっはっはっはっはっはっはっ! きゃーっはっはっはっはっはっはっはっ!」
……デデーン!
魔導女、アウトー!
とうとう同行者全員が腹をよじらせ、ついには泣くほどの大爆笑。
それはゼピュロスにとって、生まれて初めて……初めて浴びせられる嘲笑であった。
うっとりした恍惚の微笑みのみを与えられて育ってきた彼にとっては、それは初めての屈辱……。
そして血が沸騰するほどの激情を、呼び起こすものであった……!
「シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?」
怒り、頂点に……!?
次回は野良犬側の裁きです。