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04 ホーリードール三姉妹

 プリムラは、自宅であるホーリードール家の屋敷にゴルドウルフを招いた。

 ゴルドウルフは今のホームレスという立場を鑑み、丁寧に断ったのだが、



「おじさまがいなくなってから、妹のパインパックがずっと塞ぎこんでいて……お願いです、ひと目でよいので妹に会っていただけませんか?」



 と拝み倒され、自分のみすぼらしい格好に気が引けたものの、招待を受けることにした。



「……おじさまが煉獄におられる間、御神(ごしん)勇者のゴッドスマイル様の、5千人目の奥様がご子息をご出産なさいました。これでゴッドスマイル様のご子息は1万人となり、この街でも生誕祭が行われたんです」



 屋敷に向かうまでの道中、プリムラはここ3ヶ月の出来事を教えてくれた。


 ……ゴッドスマイルは魔王を退けたあと、付き従っていた聖女と上級職の女性、さらにはそれまでに関係を持っていた女性たちもあわせて、250人と結婚した。


 それがちょうど20年ほど前の出来事である。


 それからゴッドスマイルは、魔王を退けた勇者の立場を利用して、毎年250人ずつ妻を増やしていった。

 そして子孫繁栄の魔法を用い、毎年500人もの子を彼女たちとの間にもうけたのだ。


 生まれた子供は男は勇者に、女は聖女として育て、ゴージャスティス一族はますます栄華をきわめる。


 そして今や、政治、経済、軍事、司法、行政、教育、宗教……すべての要職にゴージャスティス一族が就いていた。

 大国の王ですらゴッドスマイルには一目置き、小国の王などはすでに彼の傀儡と化していたのだ。



「……ゴッドスマイル様のご子息たちが、勇者となってこの街を守り、導いてくださっているおかげで……この街はどんどん豊かになっています。でも、なぜでしょうか……治安のほうは、日に日に悪くなっているような気がするのです……」



 もはやスラム街と呼べるほどに、川沿いに軒を連ねる家々を眺めながら、プリムラは寂しそうにつぶやいた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ホーリードールの屋敷は高級住宅街のさらに奥、閑静なる緑のなかにあった。


 聖女一族はその立場上、愛した男性以外とはたとえ家族であっても屋根をともにすることはない。

 それは使用人も同じで、守衛から使用人、庭師に至るまですべて女性だった。


 いまのゴルドウルフは不審者以下の身なりをしていたので、屋敷の玄関をくぐるまで騎士の格好をした守衛たちに何度も囲まれて大変だったが、都度プリムラが助けてくれた。


 白亜の宮殿のような大広間、その大階段を降りて出迎えてくれたこの家の主は、突然の来客に息が止まるほどに驚いていた。


 『リインカーネーション・ホーリードール』。

 プリムラの姉だけあって、かなりの美少女。しっとりとした落ち着いた雰囲気は、女神の生まれ変わりと評されるほどだ。


 前髪はプリムラと同じく切りそろえられているが、ロングヘアは水の女神の瓶から流れる聖水のように、さらさらと足元まで落ちている。

 深い海のような瞳は、見つめられると誰もが、母なる海に漂っているような幸せな気持ちになるという。


 家長である彼女はローブではなく、この家に代々伝わる純白のドレスをまとっていた。

 それは派手ではなく、天使の衣のような、清らかながらも(ささ)やかな見目なのだが……どうやっても最初に、ある箇所に目がいってしまう。


 そのある箇所というのは、胸部……!

 あまりにも特出し過ぎているのだ……!


 リインカーネーションはゴルドウルフの捨て犬のような姿を見たとたん、本能が刺激されてしまったかのように……母性の巨魁のようなソレを、ぎゅうっと抱きしめていた。


 純白のレースに覆われた、オッサンの頭くらいありそうな巨大な物体が……腕の形に合わせて、こぼれんばかりに押し出される。


 たとえ目を奪われたとしても、責めるのは酷といえるその光景。

 ゴルドウルフもつい瞬きを忘れてしまったが、ジロジロ見ては失礼だ……! と視線をそらした。


 そんな真面目な仕草が、大聖女をさらに掻き立てているとも知らずに。



「あらあら、まあまあ……! ゴルちゃん、生きていたのね……!」



 リインカーネーションは天使の翼のような両手を広げながら、感極まって叫んだ。

 彼女の妹であるプリムラは「ご……ごるちゃん?」と思わずオウム返ししてしまう。


 リインカーネーションは聖女一族のトップである『マザー』の称号を得てはいるものの、まだ弱冠17歳。

 ゴルドウルフとはふたまわり近くも離れている。


 ちなみにプリムラは14歳。

 ゴルドウルフのことを「おじさま」と呼ぶに相応しい年齢差である。



「お、おね……『マザー・リインカーネーション』! それはいくらなんでも、おじさまに失礼です……!」



 するとマザーは、彼女のクセともいえる困り眉で妹を見返した。



「まあまあ、プリムラちゃん。マザーなんてやめて、『ママ』って呼んでってずっと言ってるのに……。それにゴルちゃんは、もうママの子供だから……『ゴルちゃん』でいいでしょ? ねっ?」



 プリムラはまだ目をパチクリさせていたが、ゴルドウルフは微笑みを浮かべていた。



「なんと呼んでいただいてもかまいませんよ、『マザー・リインカーネーション』。それよりもお祝いがずいぶん遅れてしまいました。マザーへの就任、おめでとうございます」



 聖女一族の家長は『マザー』と呼ばれる。

 聖なる女神『ルナリリス』の力の代行者として、民には癒やしを与え、時には勇者の冒険に付き従い、パーティをモンスターの手から守護する役割を持つ。


 リインカーネーションがマザーになったということは、姉妹の母親であるリグラスが他界したことを意味する。

 しかし聖女が亡くなった場合はお悔やみの言葉ではなく、祝いの言葉を送るのがこの世界のマナーとなっている。


 リグラスの魂は失われたのではなく、長女であるリインカーネーションに移ってより強い力となって一族を支えると信じられているからだ。


 しかし、新マザーはササッと顔を覆って泣くような仕草をはじめる。

 だが本当に泣いていたわけではない。明らかに嘘泣きであった。



「まあまあ……ゴルちゃんまで、ママをママって呼んでくれないのね……くすんくすん」



 慈母のような彼女であったが、その仕草はまるで童女のよう。


 家長になってもなお天然で、お茶目な少女に、ゴルドウルフは戸惑っている。

 見かねた妹は、姉のペースを断つように注意に入った。



「マザ……お姉ちゃん! そんなことよりも、おじさまにお風呂とお召し物をさしあげてもよいですよね? そのあと、パインちゃんに会っていただこうかと……」



 プリムラがそう提案すると、いないいないバアをするみたいに、顔を覆っていた手がパアッと開く。



「あらあら、まあまあ……! それはとってもいいことだわ、プリムラちゃん! ささっ、ゴルちゃん、こっちがお風呂ですよ?」



 家主自らが先導しようとしていたので、メイドたちが慌てて止めに入る。



「……お姉ちゃんって、家族のことはメイドさんたちに任せずに、自分でやりたがるんです。おそらくですけど、お姉ちゃんのなかではおじさまはもう、家族なんだと思います……」



 プリムラにそう囁きかけられて、ゴルドウルフは「はぁ……」と返すので精一杯だった。


 本来は断わるつもりだったのだが、大聖女の天真爛漫っぷりに押され、ゴルドウルフはお風呂を頂いてしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「あらあら、まあまあ……! 見違えたわ、ゴルちゃん……!」



「はい、とっても素敵です、おじさま……!」



 なぜか浴室の外で待ち構えていた聖女姉妹は、タキシード姿のゴルドウルフが出てくるなり、夢見るようにそう言った。



「あ……ありがとうございます。この服は明日までに、お返しを……」



「ごりゅたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~んっ!」



 そんなことはどうでもいいとばかりに、幼い悲鳴が割り込んできた。

 見ると、長い廊下の向こうから、親を見つけた雛鳥のようにヨチヨチと駆けてくる幼子が。


 彼女こそ、三姉妹の末っ子『パインパック・ホーリードール』。

 いまは涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだが、(よわい)4歳にして将来を嘱望されるほどの美幼女である。


 ぱっつんの前髪と、子犬の垂れ耳っぽいテールを豪雨のように振り乱し、夕日を閉じ込めたような瞳を燃え上がらせながら駆けてくるパインパック。



「ごりゅたん、ごりゅたん、ごりゅたんごりゅたんごりゅたん、ごりゅたぁぁぁぁぁ~~~~~~~んっ!」



 ワンピース型のローブの裾が脚に絡まってしまい、途中でべちょっと転んでいたので、ゴルドウルフはそばまで行って助け起こした。

 するとパインパックは、強力磁石のようにオッサンの胸に張り付いて離れなくなる。



「うわあああああああんっ! ごりゅたぁん! ごりゅたぁん!」



「ああ、パインパックさん……お久しぶりです。長いこと、留守にしてしまいました」



 子供相手にも、生真面目に挨拶をするゴルドウルフ。

 火がついたように泣きわめく幼女の頭を、やさしく撫でていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新勇者体系とか聖女の設定とか、こういう独特の世界観は、傑作を作る上で必要不可欠だと思うんですよ。 こういうのがあるからこそ読者としては引き込まれてしまう・・・。 ・・・何を今更わかりきった…
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