148 再審判
『第三の裁き』は像が破壊されたため、不死王リッチの判断により、審判からやりなおしとなった。
このツアーにとって、異例中の異例の事態。
観客は騒然となり、裏方はもっと大騒ぎになっていた。
「爆発!? それに新しい像!? そのうえやり直し!? ああっ、もう、一体全体、なにがどうなってるじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
ステージ裏で、ジャンジャンバリバリとスタッフたちは困惑しきりだった。
いままでは、あらかじめ仕掛けておいたヤラセこそ機能しなかったものの、進行的には台本どおりであった。
ようは勇者サイドも野良犬サイドも、条件平等のガチ勝負。
なので勇者が本来の実力を発揮して、困難を乗り越えてくれていれば……ゴージャスマートの面目は保てていたであろう。
しかし勇者ゼピュロスはなにひとつ見せ場を作ることはなく、ついには壊れてしまった。
彼はツアーをメチャクチャにしようと、像破壊に及ぶ。
そして、大爆発……!
もちろんゴージャスマート側は、像にそんな仕掛けをしなかった。
破壊されることなど予想もしていなかったので、像のスペアも準備していなかった。
しかし……たしかに現れたのだ。
舞台の奈落から、千両役者のようにせり上がってきた、新たなる邪神像が……!
悪者のたくらみなどすべてお見通しのような、名奉行のように……!
「ひっ!? ひいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ゼピュロスは腰を抜かし、這い逃げていた。
今までの大根が嘘のような、見事なまでの小悪党っぷりで。
「な、なにをしているのさ! メス……い、いや、レディたち! は、早く! 早く魔法で、あのいまいましい像を壊してしまうのさ!」
手下たちに向かって指示するも、
『やってみるがよい! 次なる爆発は、この裁きの間全体に及ぶ……! 魔法なりを撃ち込んでみるがよい! 勇者ともども、消し炭になりたければな!』
不死王に脅され、魔導女たちはあっさりと杖を引っ込めた。
彼女たちは、もうわかっていたのだ。
下手な手出しさえしなければ、裁きはすべて勇者に向くことを。
以前までの愛しの君ならいざしらず、実際の正体は、ちょっと見た目がいいだけの厚塗り外道だとバレてしまった。
そんな者のために命をかける気など、もうさらさらなくなっていたのだ。
そうなると、勇者がすがれるのは、もはやひとつしかない。
『不死王の国』……その外に設営された、スペシャルアリーナ。
そこに集められた一千もの女たちは、目にしていた。
バックスクリーンほどの巨大な投影触媒に向かって這いずり、まるで飛び出さんばかりに迫ってくる……。
欲望と陰謀に満ちみちた、勇者の顔面を……!
『れ……レディたち! き、キスは魚のキスなんて言ったけど、あ、あれはジョークなのさ! 美しく麗しいレディには、このゼピュロスの唇こそが相応しいのさ! さあ、本当に本当の、素敵なキッスをしようじゃないか……! お互い、いたずらはもうナシなのさ! わかったね、子猫ちゃん!? わかったなら、いつもの返事を……!』
モニターの向こうのゼピュロスは、言い終えたあと壁に耳を押し当てる。
しかし彼の耳に入ってきたのは、迷宮を吹き抜ける風の音ばかりであった。
「キャーッ! ゼピュロスさまーっ!」
いちおう熱狂的なファンたちは、それでもゼピュロス支持の声をあげ続けていたのだが……。
もはや少数になってしまったので、地下迷宮の中にいるゼピュロスまで歓声は届かなかったのだ。
「って、みんな、なんでゼピュロス様を応援しないの!?」
「まさかキスが魚のキスだと知って、ガッカリしたの!? あれは嘘だって言ってるじゃない! ちょっとした勇者ジョークよ!」
「ほら、見てごらんなさい! ゼピュロス様が、キス顔をしてらっしゃるわ!」
ゼピュロスは法玉に向かって顔をさらに近づけ、唇をあてがっていた。
モニターいっぱいに紅色リップがはりつき、ムチューと音をたてる。
チュポンと唇を離したあと、ルージュの跡ごしに、必殺のウインクをかます。
『これが本当だっていう証拠さ、ねっ!?』
ここまでの大サービスは異例であった。
ちょっと前までであれば、失神者続出は間違いなかったであろう。
しかし観客たちの反応は、ガラスに張り付いたナメクジを見るかのように、嫌悪感でいっぱい。
『お……お願いなのさ! レディたち! そ、そうだ! ゼピュロスを支持してくれたら、ハーレムに入れてあげるのさ! い、いや、レディたちこそゼピュロスのハーレムに相応しい! ゆ、勇者だよ!? 勇者のハーレムにだよ!? それに入れるという、夢のようなビッグ・チャンスをあげるのさ!』
勇者はついに涙する。
『お……お願い! お願いなのさぁぁぁ~! これ以上、ゼピュロスをいじめないでおくれよぉ……! これ以上、痛いのは嫌なのさぁぁぁ~!! これ以上、この美しさを失うのは、耐えられないのさぁぁぁ~!! ううっ……! ひっく……! うわああーーーーーんっ! 捨てないで……! 捨てないおくれよぉ……!! いまだかつてこのゼピュロスを捨てたレディなんて、ただのひとりもいないのさ……! だからきっと、きっときっと、後悔するのさぁ~! うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!』
メイクが落ちるのもかまわず泣きわめくゼピュロス。
涙と鼻水が混ざり合って、へんな色の液体をまき散らす。
これほどまでに落差激しく、これほどまでに醜い泣き顔など、いまだかつてなかった。
そしてそれをドアップで、国じゅうにまき散らすことも。
しかも、あのライドボーイ・ゼピュロスが……。
大人気アイドルユニット『ライクボーイ』のリーダーにして、絶世の美形と呼ばれた、あの勇者が……。
歯抜けになり、髪を失い、汚液にまみれ、呼吸困難に陥り……。
さながら死にかけの妖怪のように、醜い顔を歪め、喘いでいるのだ……!
勇者の痴態が世間に浸透するのを待っているかのように、無言を貫いていた不死王。
しばらく間を置いたあと、高らかに宣言する。
『フッフッフ……! ではあらためて、第三の裁きを行うとしよう……! さあっ、再び審判の時は来たれり! 我が余興のために、動け! 動くのだ! フハハハハハハハハハハハハハハ!』
今までの以上の高笑いが、彼の国内を、そして国外をも駆け抜けた。
デンデケデンデンデンデンデン! デンデケデンデンデンデンデン!
本来予定にはなかったのだが、バックバンドは戸惑いながらもBGMを奏ではじめる。
観客席ではそこらじゅうで小競り合いが起こっていた。
「ちょっと、まさか野良犬の所に行くつもりじゃないでしょうね!?」
「行ったらどうなるか、わかってるでしょうね!?」
「そうよ! そもそも私たちは『ライクボーイズ』のファンでしょう!?」
「そうそう! 『ライクボーイズ』はゼピュロス様だけじゃないのよ! ギザルム様もいるし、ハルバード様もパルチザン様もいらっしゃるわ!」
「もしここでゼピュロス様を裏切ったら、他の勇者様にもお知らせして、ファンが続けられないようにしてやるんだから!」
狂信者たちは離反を防ごうと躍起になり、ついには脅しまでかけはじめる。
実力行使も辞さない者もいたので、シャルルンロットは真っ先に飛び出していこうとした。
しかし、団員たちから制止を受けてしまう。
「な……なにすんのよ!? 離しなさい、団員3号! そこをどきなさいよ、団員2号!」
「け、ケンカはいけませぇ~ん!」
「行ってはダメのん。行っては相手の思うツボのん。運営スタッフはずっと、のんたちを強制退去させようと、機会をうかがっているのん。しかし、理由がなければそれもできないのん。少しでも手を出したら、そのための口実を与えてしまい、ここからつまみ出されてしまうのん。そうなると、破壊工作もできなくなるのん」
「くっ……!」
ぐうの音も出ないほどの正論に、歯噛みをする団員1号。
そうこうしている間に、運命の時は迫る。
「よん! さん! にぃ! いちっ! ……ぜろぉぉぉぉーーーっ……!!」
……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!
タムさぶろー様よりレビューを頂きました、ありがとうございます!
次回はちょっとだけ暴力的です。