147 爆発の果て
それは、法玉が捉えた瞬間としては、歴史に残るほどの衝撃映像であった。
地下迷宮の一室に、太陽が現れたかのような膨大なエネルギーが発生。
カッと照るような強い光で、周囲を夕焼け色に染めている。
爆心地にいた人物は、長い影を落とし……。
いや、彼そのものが影になってしまったかのように、真っ黒……!
それは一瞬の出来事であったが、網膜に焼き付くほどの強烈な鮮烈として、人々の目に映っていた。
……ドッ!!
ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
断末魔とともに、身体をくの字に曲げて吹っ飛ぶゼピュロス。
全身火だるまだったので、その様は炎のブーメランと化してしまったかのようであった。
そしてヘッドスライディング、ふたたびっ……!
……ズドガシャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「ぎゃあああああっ!? あついあついあつい!! あつうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!?!?」
生きたまま鉄板の上で焼かれるように、床を転げ回るゼピュロス。
「はっはっはははっ! 早く早く早く! 早く水を! 水をかけるのシャァァァァァーーーーーーッ!!」
ショッキング・シーンの連続に、同行者たちは今にも逃げ出しそうであったが、助けを求める声に我にかえる。
女たちはあまり気は進まなかったが、勇者を見捨ててしまっては極刑が下されることも知っていた。
誰も見ていなければともかく、この模様は魔法によって国じゅうに伝映されているので、助けざるを得ない。
魔導女の水の魔法を浴びせられ、ジュー! と鎮火。
蒸気を吹き上げるゼピュロスは、礼も言わずに四つ足のままうなだれている。
そしてまず何よりも真っ先に、自分の頭のほうを心配をしていた。
ラルから奪った帽子は燃え尽き、ついには焼け野原になってしまったことに、ガーンと音が聞こえてきそうなほどにショックを受けている。
「どーせハゲてんだから、一緒じゃん」
そうつぶやいた魔導女を、ゼピュロスは上目でギロリと睨みつける。
顔は焼けただれたままだったので、さながらバイオハザード犬のようであった。
その姿は、もはや野良犬以下。
飛びかかるような勢いで魔導女に詰め寄ると、彼女の帽子に食らいつくように、髪ごと掴んで力任せに引っ張りはじめる。
「あっ!? な、なにすんのよっ!? 痛い痛い痛い!? ……ぎゃあああっ!?」
……ブチブチブチブチィッ……!
ちぎれる音とともに、引きずり倒される魔導女。
しかもそれだけではすまさず、金属製のアークギアの脚を振り上げ、彼女の腹を蹴り上げた。
……ドムンッ!
「ぐふうっ!?」
鈍い音とともに、吹っ飛んでいく魔導女。
床に転がったまま腹を押さえ、悶絶している。
「メスブタを大人しくさせるには、こうするのがいちばんなのサ」
ゼピュロスは冷たく言い放ちながら、握りしめていた彼女の帽子を振った。
ホコリでも落とすかのように、中に残っていた髪の毛を取り除く。
いちょうの葉のように、はらはらと舞い落ちるライトブラウン。
「茶髪か。汚らわしいだけの髪なのサ」
勇者はそう吐き捨てたあと、魔女の証である三角帽を、静かに頭に乗せた。
「……なにをボーッとしているのサ! 早くゼピュロスを、元通りにするのシャーッ!」
そしてヘビのように舌を出し、メスブタどもを威嚇。
ゼピュロスの火傷は、聖女たちの祈りによってなんとか元通りになる。
しかし度重なる祈りにより、彼女たちはもう限界に来ていた。
女神の力を借りて対象を治療する、『癒し』は、かなりの精神力を必要とする。
母親が子供にするような、「いたいのいたいの、とんでいけ~」などという、単純なものではないのだ。
そして未熟な聖女では、ケガを一回の祈りで治すことはできない。
そのうえ後遺症が残ることもあるのだが、今までは聖女が大勢いたのであまり問題にはならなかった。
だがツアーに参加していた聖女たちはもう、半分近くがリタイアしている。
残った者たちもすでにヘトヘト。
ゼピュロスは治療を終えてぐったりしている彼女たちを、こぶたのレースを終えた調教師のような目つきで品定めしていた。
――これからは、不用意な行動は控えなければならないのさ。
これ以上、ケガをしてしまえば……。
治療が足りずに、後遺症が残ってしまうこともありうる。
もしそれで顔に跡でも残ってしまったら、大変なことになってしまうのさ……!
でも、不安要素はもう取り除けたのさ。
まさか爆発するとはおもわなかったが、像さえ無くなれば、裁きを下すのは不可能となる……。
たとえ支持者が何人であっても、何もせずに通さざるを得ないのさ……!
この『裁きの間』さえ乗り越えられたら、次に待っているのはランチなのさ。
メスブタどもに給仕させて、優雅なランチを取ったあとは……。
非常口という名の、栄光のゴールが待っているのさ……!
それで、この悪夢のようなツアーも終わり……!
この出がらしのようなメスブタ共とも全員、お別れなのサーッ!
「シシシ……!」
思わず笑みが漏れてしまい、口を押さえるゼピュロス。
メスブタどもに聞かれていなかったかと気にしたが、同行者たちは誰も勇者のことを見ていなかった。
彼女たちの視線は、なぜか揃って、ある一点に向けられている。
瞬きをも忘れたかのように、ただただ呆然と……。
ゼピュロスの背後にあるモノを、瞳に映していたのだ。
「……?」
ゼピュロスは不審に思い、振り返る。
そして、目にしたものは、なんと……!
「えっ……ええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
そう叫んだのは、観客たちだったのか、それとも勇者だったのか……。
ともかく、誰もが度肝を抜かれるほどのモノが、現れつつあったのだ……!
それは、なんと……!
なななっ、なんとっ……!!
……パルヌゴルヌっ……!?
真新しいピアノのように、黒光りする邪神像が……!
音もなく床下からせりあがってきている、真っ最中っ……!
『愚かな人間のすることを、この不死王バルルミンテが見通せぬとでも思うたか! 裁きを受けるまでは、この間からは一歩も出られぬと肝に銘じよ! では、今までのそなたの言動を含めて……もう一度、審判を執り行うっ!!』
もう一度、審判……!
もう一度、審判……?
もう一度、審判っ!?
「い……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
ゼピュロス、魂のシャウトっ……!!
次回、再審判!