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146 秘策の果て

 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!



 決着の合図である花火。

 かすかに伝わってくる空気の振動を、勇者はいつもの『ゼピュロス・スマイル』で受け止めていた。


 そして、法玉に向かって一言。



「……いい子だね、子猫ちゃんたち。これでレディたちは、一生に一度の思い出を手に入れたのさ。これは、そのご褒美の前払いさ」



 チュッと投げキッスを飛ばす。

 そのあと、不死王の壁画に向かって一言。



「さぁ、そこをどいてもらおうか。野良犬の支持者はゼロだから、ゼピュロスはフリーパスなのさ。命なき者のする余興など、しょせんはこの程度……。ゼピュロスの絶対的カリスマを持ってすれば、成り立たなくなるのさ」



 さらにキッと、勇ましく睨み上げて、一言……!

 これから大きく口を開けるので、歯抜けがバレないように、口元を手で押さえながら……!



「そして覚えておくがいいさ、不死王よ! このゼピュロスとレディたちの絆は、永遠……! 雨降ることはあっても、そのあとに必ず、さらに強固なものとなるのさ……! 野良犬のように、力と金で手に入れた、まやかしの関係ではなく、一心同体……! ゼピュロスは、愛こそがすべて……! だからゼピュロスはレディたちのためなら、喜んでこの生命を投げ出せるのさっ……! それが、このゼピュロスが築き上げてきたもの……! 千人ものレディの、圧倒的支持っ……!」



 しかし、不死王は微動だにしない。

 これがドラマであったなら、



『なぜ、なぜなのだ……!? なぜ千人もの女の心を、ひとりじめにできるのだ……!? ま、まさか『愛』などというものが、本当にあるというのか……!? な、なんという、計り知れない力……!? ゴァアアアアーーーーーッ!?!?』



 と壁画が爆散するはずなのだが……。

 不死王が発したのは、断末魔の悲鳴などではなく、



『ファアアアアアーーーーーッ!』



 まさかの、大アクビ……!?



『もう、戯れ言はよいか……? では、審判の結果だ! ……勇者の支持、874名! 野良犬の支持、156名!』



 8・7・4……? 1・5・6……?


 その死者の唸りを、勇者は空耳のように聞いていた。

 そして、立ち尽くす。



「う……うそだ……」



 さながら、合格発表を見に行って、自分の番号を見つけたはいいが……。

 それが『不合格者発表』だったと、知らされたときのような……。


 すべてが信じられないような、呆然とした顔立ちで……!


 そして、決壊した。



「うそだうそだうそだうそだうそだうそだっ! うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 歯抜けを隠そうともせず、天に向かって吠えるゼピュロス。


 本来であるならば、共に叫んでいなければならないはずの、14名もの同行者たち。

 しかし共鳴することはせず、シラけた顔でその絶叫芝居を見ている。



「あそこまでやっといて、まだ800人も支持してることのほうが、驚きよ……」



 勇者の正体をまざまざと見せつけられた彼女たちの心は、すっかり離れてしまっていた。

 そして驚いていた。



「まさかキスにつられる子が、800人もいるだなんてね……」



 しかしそれほどまでに、『勇者のキス』というのは魅力的だったのだ。

 モニターごしの暴挙を目の当たりにしてもなお、欲しいと思わせるほどに。


 この世界における大半の勇者は、バイオレンス体質である。

 パーティの仲間であれ、ハーレムにいる女であれ、まるで言葉の通じない動物を躾けるように、平気で暴力を振るう。


 そういう意味では、この世界の勇者以外の人間は、DV旦那と所帯を持ってしまった妻のような状態に近い。

 生命の危機を感じるまでは、魔法にかけられたように勇者に尽くしてしまう。


 それほどまでに、ゴッドスマイルが築き上げてきたものは、絶対の存在として確立されていたのだ。

 恐るべし、『勇者』ブランド……!


 だからこそ、ゼピュロスには絶対の自信があった。

 キスのプレゼントをチラつかせてやれば、ファンの支持を100%取り戻せるであろうと。


 しかし蓋を開けてみれば、無惨……。

 100名をこえる離反者を出してしまう。


 そのショックは、彼にとっては計り知れなかった。

 見せてはいけない素の部分を、また露わにしてしまうほどに。



「シャアーーーーーーッ!! うそサ! 絶対にうそなのサ! ゼピュロスはもう、騙されないのシャーッ!! ゼピュロスはもう、信じないのシャーッ!!」



 四つん這いになり、ダンダンと拳を床に打ち付ける。

 駄々っ子のように転げ回り、脚をバタつかせる。



「そうさ! どうせキスなんて、うそっぱちだったのシャァァァーーーッ!! 魚のキスを投げつけてやるつもりだったのシャァァァーーーッ!! メスブタには、それでじゅうぶんなのシャァーーーッ!! バーカバーカッ!! ブースブースッ!! このゼピュロスの最高に美しい唇が欲しければ、ホーリードール家の聖女くらいの美少女になるか、1回につき1億(エンダー)払うのシャァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 どこからともなく「最低……」という見下げた果てた声が漏れる。


 そして、彼はついに切ってしまった。

 最後の切り札を。


 背中に携えている槍を構え、裁きを下すために動き出した、邪神像と相対したのだ。



「もう、茶番はたくさんなのシャーッ! 像を壊してしまえば、それもおしまいシャーッ! ゼピュロスは、貴様のような邪悪なモンスターの思い通りには、ならないのシャァァァァァーーーーーーーーッ!!」



 ゼピュロスは非常口に向かうにあたって、途中で存在する『裁きの間』を乗り越えるために、ふたつの絶対的プランを考えていた。


 ひとつめは、キスの大盤振る舞い。

 そしてふたつめは、今まさに行おうとしている……。


 像の破壊っ……!


 これはゴージャスマートが仕掛けたものであるが、もうそんなことは関係ない。

 像を壊してしまえば、たとえ支持率が100%にならなくても、裁きは下せないだろうと考えたのだ。


 今回は像にハグされていないので、遅れを取ることもない。

 『動く石像(リビング・スタチュー)』程度のモンスター1体であれば、剣技(スキル)など使わずとも楽勝……!


 ツアーは完全にメチャクチャになってしまうが、もう知ったことか……!



「シャアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 ゼピュロスは悪鬼のような雄叫びをあげ、槍を構えて特攻……!



『あ……ああーーーっとぉ!? ゼピュロス様が、邪神像に向かっていくじゃぁーーーんっ!! リッチの裁きに抵抗するとは……! さすが、美しき正義の使徒と呼ばれた、ゼピュロス様じゃんっ! まさしく、勇気ある者にふさわしい、ご決断……! 勇者のなかの勇者じゃんっ!!』



 『勇者』の『勇』は、『勇気』の『勇』……!


 しかし、当人たちは気付いていない。


 その『勇』は、『蛮勇』の『勇』であることに……!


 そのことを誰よりも知っているのは、ただひとりであった。


 幼き頃から、勇者の始祖と呼ばれる人物と行動を共にし、支え、そして目的を遂げさせ……。

 さんざん彼らに尽くしてきたというのに、最後には捨てられてしまった、あの(●●)オッサン……。


 あの(●●)オッサンにとっては、すべてお見通しだったのだ……!

 浅はかなる、『蛮勇』など……!



 ……ガッ!!



 流麗なる槍の先端が、邪神像の心臓を穿つ。

 その刹那、



 ……カッ!!



 閃光がうまれ、



 ……ドッ!!

 ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 勇者の身体は爆炎に包まれていた。

次回、爆発に巻き込まれたゼピュロスの運命は…!?

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― 新着の感想 ―
[一言] ゼピュロスよ・・・これが現実だ・・・! オッサンが作り上げた勇者ブランドは、浅はかなる蛮勇には過ぎたるものよ・・・。
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