144 戦い終わって
勇者と野良犬、両サイドともにメンリオンとの戦いは終わった。
それを実況していたジャンジャンバリバリは、雨に打たれたように汗びっしょりになっている。
『お、おおっとぉ!? いつの間にかゼピュロス様の戦いが、終わってるじゃーんっ! このさりげない決着……! これはゼピュロス様にとっては、メンリオンなんて雑魚同然だったということじゃーんっ! みんな、偉大なるゼピュロス様を讃えようじゃん! 拍手! 盛大なる拍手じゃぁーーーんっ!』
観客席からパラパラと、まばらな拍手が返ってきた。
当のゼピュロスは、さっきまでの豹変ぶりが嘘のように、モニターに向かって微笑みを振りまいている。
……彼は結局、『ハートスラッシュ・ローリングダンサー』を発動することができなかった。
したことといえば、
まず巣に落ちていた帽子を拾おうとした。
槍を使って拾おうとしたのだが、なかなか拾えなかった。
その間、メンリオンのターゲットが自分に向くたびに、ファンの子たちを事故を装って巣に投げ入れる。
最後のほうには逃げ惑うファンを追いかけまわし、わざとらしい演技で巣に叩き込む始末。
もちろん彼女たちは助かりたい一心で槍にすがるのだが、そのたびに斬りつけ……。
そしてようやく帽子をゲットすることができた。
そう、この勇者は……。
自分のハゲを隠したいがためだけに、なんと15名もの犠牲者を出していたのだ……!
それで問題のメンリオンのほうは、どうなったかというと……。
「フン、ゼピュロスのほうは倒してないじゃないの。メンリオンが腹一杯になって、引っ込んでったじゃない」
「えっ、ということは、砂に沈んでって女の子たちは、まさか……!?」
「メンリオンのブランチになってしまったのん。そして勇者側の脱落者続出で、残りは14名のん」
そう……!
わんわん騎士団の指摘のとおり、勇者はメンリオンを倒していなかったのだ……!
彼女たちの抗議によって、渋々とスコアボードが書き換えられる。
勇者様チーム のこり14名
野良犬チーム のこり06名
ゼピュロスは三度の復活を果たしていた。
ケガは残った聖女たちの祈りを受け、元通りになる。
頭髪は帽子で覆い隠せたものの、紛失してしまった差し歯はどうにもならなかったので、腹話術みたいなしゃべり方で歯抜けを誤魔化す。
壊れた鏡とメイクセットは、ファンの所持品を奪い取って補充する。
彼と彼女たちは、もはやアイドルとファンの間柄ではなかった。
さながら山賊と村娘のような、殺伐とした関係……。
そう……。
観客席にいる者たちにも、すでにファンをやめつつある者が出始めていたが、間近にいる彼女たちは、もうとっくにゼピュロスに愛想を尽かしていたのだ。
山賊……いや、勇者パーティはメンリオンの大部屋を抜け、通路を進みはじめる。
いままではゼピュロスを先頭に、そのあとに女性陣が続いていたのだが、今は真逆になっていた。
女性陣を盾にするように先に進ませ、背後に槍を突きつけた勇者が続く。
これはファンにとっては、もはやツアーなどではない。
まさに、死出の旅……!
そしてゼピュロスにとっても、もはやツアーどころではなくなっていた。
これ以上醜態を晒す前に、このガチンコ地下迷宮から脱出し、最寄りの非常口から自由の身になるつもりでいたのだ。
この『不死王の国』に設営されたツアーのルートには、ほとんどの場所に法玉が埋め込まれている。
中で行動している勇者と野良犬の姿が、投影触媒を通じて余すことなく国じゅうに伝えられているのだが……。
一部だけ、トラブルがあった場合の避難所として、死角となる場所がいくつか存在する。
たとえば非常口の通路などには法玉は埋め込まれておらず、立ち入った場合には伝映が途絶えてしまうのだ。
ゼピュロスは画策していた。
悲劇のヒーローとなることを。
ファン……いや、彼にとってはメスブタたちを、家畜のように非常口まで追い立て……。
そして誰も見ていないところで、屠殺……!
「ああ、ゼピュロスと一緒にいたレディたちは、ひとり残らず不幸な事故に遭ってしまったのさ。きっと邪なる女神を嫉妬させてしまったに違いないのさ……! ああ、罪深き者、ゼピュロス……! レディたちによって、またこんなに美しく咲いてしまうだなんて……! しかしレディたちの想いを無駄にしてはいけないのさ、このゼピュロスにできることはただひとつ、歌うことだけ……! 天国で見守ってくれている、レディたちのために……!」
ゼピュロスは目論んでいた。
彼女たちを利用して、さらなる人気を得ることを。
今回のツアーにおいて,間近にいたメスブタどもには、見られてはならぬ姿を何度も見られてしまった。
そしてその模様が、どのように外部に届いているかはまだわからないが、多少なりともファンの心は離れているかもしれない。
ならば目撃者を始末し、ゴージャスマートの金で『追悼ライヴ』のひとつもやってやれば、メスブタどもはまた戻ってくる……。
まさに一石二鳥であると考えていたのだ。
ただひとつ問題だったのは、非常口にたどり着くまでに、いくつかの関門があること。
その関門の中には、第三の『裁きの間』があるのだが、対策はすでに考えてある。
それは、完璧な計画かに思えた。
しかし、彼は気付いていなかったのだ。
非常口は、とっくの昔に塞がれてしまっていることに。
そして彼が思っている以上に、ファン離れは深刻になりつつあることに……。
さらにそれらの要因が、火の粉となって……!
いいや、地獄の業火となって、己の身に降りかかってくることに……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
同じ頃、野良犬一行もメンリオンの部屋を出て、通路を進んでいた。
両者の進捗はさまざまなトラブルにより差があったものの、野良犬側のマッサージ休憩により、偶然にもまた足並みが揃うこととなる。
ゴルドくんを先頭に、彼の背中を見つめながら、女性陣が後を追う。
ずんぐりむっくりしたその後ろ姿。
本来であるならば人の心を和ませるはずのそれは、今はこれ以上ないほどに頼もしい存在として映っていた。
信頼感の塊が歩いているかのように、誰もがウットリしている。
「おじ……ゴルドくん、一生ついていかせてください……!」とプリムラ。
「ゴルドくんを見ていると、なんだか胸が苦しくなるね……こんな気持ち、初めてね……!」とシャオマオ。
「ゴルドくん、マジでイケてるよね? ずっと一緒にいたくなくなくなくない!? あーもうどうしよう!? そうだブリっち、帰ったらあーしらのマネージャーになってもらおうよ!」とバーニング・ラヴ。
「ふーん、それ、悪くないじゃん」とブリザード・ラヴ。
しかしこの中で、ひとりだけ静かな者がいた。
普段であれば、いちばん大騒ぎしていてもおかしくない人物である。
「むむ……!? なぜ……? どうしてなの……!?」
大聖女……リインカーネーション・ホーリードールだけは、眉間にシワを寄せ、いつになく難しい顔をしていた。
次回、いよいよ第三のざまぁ…! 裁きの時間です!