143 離反の気配
勇者の凶行は、ワイプのほうで小さく展開していた。
槍を振りかざした時点で、乱心を察した裏方がとっさに入れ換えていたのだが、それでもかなりのインパクト。
国じゅうの女たちがその光景に、釘づけになっていた。
勇者が奇声をあげながら、槍でファンを斬り払う様を……!
異常さに拍車をかけていたのは、ファンたちは何度斬られても槍にすがりつこうとしていた事だった。
メンリオンの巣から這いずりあがりたいがために、血眼になって、血まみれになって……!
それはもはや地獄絵図というよりも、地獄そのものであった。
しかし真逆に、大写しになっていた野良犬サイドは平和そのもの。
危険な地下迷宮にいるとは思えないほどの……。
そして座標は違えど、あの地獄と同じ空間にあるとは思えないほどの、天国ぶりであった……!
「おじ……ゴルドくん、おつかれさまでした。とっても素敵でした!」
「ゴルドくん、すごいね! どうやったらあんな速く動けるね!? シャオマオにも教えてほしいね!」
まるで姉妹のように息の合った動きで、ゴルドくんの前から離れないプリムラとシャオマオ。
「あらあら、まあまあ。ゴルドちゃん、しっぽがちぎれちゃってるわ、イタイイタイでしょう? ママが元通りにしてあげるから、おねんねしましょうねぇ~」
ゴルドくんの背後に回り込んで、しきりにお尻をナデナデしているリインカーネーション。
側面にはビッグバン・ラヴのふたりがピッタリと張り付き、まるで両手の花のように腕を組んでいる。
「じゃあついでだからブリっち、ゴルドくんをマッサージしてあげなよ! あーしよく肩が凝るから、ブリっちにマッサージしてもらってんの! ブリっちのマッサージ、チョー気持ちーんだよ!」
「なんで、マッサージなんて……」
「嫌なんだったら、かわりにあーしがやるっしょ! 身体のマッサージはゼンゼンやったことないけど、なんとかなるっしょ!」
「誰も嫌だなんて、言ってないし」
さすがのゴルドくんも、5体1の包囲網には敵わない。
少女たちの胸の高さくらいの、ちょうどいい石台があったので、そこに寝かされてしまった。
うつ伏せになって、飛行機ごっこのように両腕を広げるゴルドくん。
腰のところにブリザード・ラヴがまたがり、肩甲骨の付近を揉みほぐす。
脚を開いて座っているので、ミニスカートが拡がり、白いふとももが限界まで露わになっている。
太もものところにはリインカーネーションがいて、しっぽを繕っていた。
プリムラとシャオマオは台の横に立ち、ゴルドくんの腕を揉んでいる。
プリムラはドサクサまぎれに「恋人繋ぎ」を敢行しようとしたのだが、グローブのような手に阻まれていた。
そして、バーニング・ラヴはというと……。
「へへー、あーしの顔マッサージ、気持ちいいっしょー? これやると、犬も猫もブリっちも、トロトロになっちゃうんだよ」
台の頭部側に立ち、ゴルドくんの顔をムニムニと……。
「あの、バーニング・ラヴさん、胸が当たってます」
「うん、そのほうが気持ちいいっしょ? あ、そうだ! ついでだから、ゲームやろっか!」
「ゲーム?」
バーニング・ラヴは言うが早いが、ローブのポケットから取り出したリボンで、ゴルドくんを目隠しする。
「これからあーしが抱きつくから、匂いとか感触で、どこで抱きついてるのか当てんの! プロデューサーに教えてもらったんだよね。本命とふたりきりの時にやればイチコロだっていう、ラヴ・ゲームとして!」
「バーちゃん、それバラしちゃ意味ないし」
「まーまーいーじゃん! 教えてもらったはいいけど、やりたい男がいなかったんだよねー! でもゴルドくんとならやってもいーかなって! ブリっちもそうっしょ!?」
「別に……」
「またまたあ! みんなもやりたいっしょ!?」「「「はいっ!!!!」」」
食い気味の返事をする、他のメンバーたち。
しかし約一名だけ、乗り気ではなかった。
「ゲームの相手に選んでいただいたのは光栄なのですが、遠慮しておきます。そのゲームは、本当に好きな人ができた時にしたほうがいいですよ」
「えーっ!? やろーよ、ゴルドくん! プロデューサーも言ってたんだよ、本当に好きな人にできなくて、後悔したって! このゲーム、勇者とはさんざんやってきたけど、本当に好きだと気付いた尖兵の人とはできなかったって……。だからあーしらには、そんな風になるなって」
大好きなぬいぐるみであるかのように、ゴルドくんの顔を抱きしめながら続けるバーニング・ラヴ。
「その話を聞いたときは、ゼンゼン意味わかんなかったんだよね。だって勇者と尖兵だよ? 比べるまでもないじゃん! でも……今ならわかる気がするんだよね! ゴルドくんみたいな尖兵、好きにならないわけないじゃん! もうブリっちもゾッコンだよね!?」
「べ、別に……。でも、状況はプロデューサーと似てるかも。プロデューサーも、何度もその尖兵に、危ないところを助けてもらったって言ってたから」
好意を全面に押し出す情熱ギャルと、素直には表さないクールギャル。
ゴルドくんは変わらぬ調子で、彼女たちの想いに答えた。
「今は戦闘が終わった直後なので、心拍数があがっています。そのドキドキを、好意と勘違いしているだけですよ。『吊り橋効果』というやつです。このツアーが終わった頃には、私のことなどなんとも思わなくなっていると思いますよ」
しかし、ギャルはくじけない。
「えーっ、そーかなー? じゃあさ、じゃあさ、もしこのツアーが終わってもゴルドくんラブだったら、ゲームやってくれる? もちろん、あーしだけじゃなくて、好きだって思ってる子たち、みんなと!」
「そんな奇特な方は、誰もいないと思いますが」
「だったらいいっしょ!? 約束してくれたって! あーしには自信があるんだ! あーしはこのツアーが終わってもずっと、ゴルドくんを好きでいられるって! そしてブリっちも!」
「べ、別にっ……!」
珍しく頬を染めてうろたえるブリザード・ラヴ。
その反応に、彼女の後ろにいたマザーは茶目っ気を出す。
ちょうどゴルドくんに縫い付けようとしていた替えのしっぽを、ブリザード・ラヴのお尻に、そっとあてがってみると……。
……ぱたたたたた!
うれしはずかしと言わんばかりに、大きく振れはじめた。
かたやプリムラはというと、ショックと羨望が入り交じったような、複雑な瞳でバーニング・ラヴを見つめていた。
――ど……どうして……!? どうしてそんなにハッキリと……!?
『好き』だという言葉を、口にできるのですか……!?
わたしはツアーが始まる前……いいえ、ずっとずっと前から……。
おじさまが、煉獄で行方不明になる前から……。
もっといえば、物心つく前から……。
おじさまのことを、お慕いさせていただいているというのに……。
いまだかつて一度も、『スキ』の『ス』も……!
もっと細かくいえば、『suki』の『s』ですら、言えたことがないというのに……!
ああっ、女神さま……!
我が主神、ルナリリス様……!
『癒し』や『退魔』などの祈りは、これ以上ないほどにお聞き届けくださっているのに……!
どうして、どうして恋のおまじないだけは、聞き届けてはくださらないのですか……!?
むしろ、真逆……!
祈れば祈るほど、想いが遠のいているような気がしています……!
いいえ、わかっているのです。
これもルナリリス様がくださっている、試練であるということに……。
でも、でも……!
せめてこれ以上、強力な恋のライバルを増やさないでいただきたいのですが……!
このままではおじさまにとってのわたしは、『その他大勢』になってしまいます……!
……彼女は気付いてはいなかった。
そしてきっと、おじさまも気付いてはいなかった。
バーニング・ラヴから『ツアーが終わっても好きだったら、ゲームをやる』という提案をされ、それを承諾したのが、なによりもの証拠であろう。
有象無象ともいえるほどの、恋のライバルが……。
森羅万象ともいえるほどの、ゲーム参加希望者が……。
今まさに、地下迷宮の外で誕生しようとしていることに……。
ふたりはまだ、気付いていなかったのだ……!
「ご、ゴルドくん……!」
「バーニング・ラヴちゃんにあんなに好きだって言われてるのに、冷静でいられるだなんて……!」
「なんであんなに、紳士でいられるの……!?」
「あれがゼピュロス様だったら、当然みたいに受け入れてたよね!?」
「そして利用するだけ利用して、見捨ててたわよね! ツアーに同行してた尖兵の子や、聖女や魔導女たちみたいに!」
「でも、ゴルドくんはそうはしなかった……! きっとバーニング・ラヴちゃんのことを、本当に大切に思ってるんだよ……!」
「い……いいなぁ……!」
「私……ゴルドくんのこと、なんだか好きになっちゃいそう……!」
「決めた! 私、ゼピュロス様のファンやめて、ゴルドくんのファンになる!」
「ええっ、本気!? じゃ……じゃあ私も!」
投影触媒にアップになっている、野良犬の着ぐるみ。
あいも変わらずおとぼけフェイスと、ひょうきんな甲高い声を国じゅうに振りまいていた。
しかし観る者の印象は、変わりつつあった。
勇者の美白のような、白い駒が裏返り……。
そしてまわりの駒にも、影響を及ぼすように……。
白い駒たちは、野良犬の鼻のような黒い駒へと、ひっくり返りつつあったのだ……!
次回、ゼピュロスの新たなる企みが明らかに…!