表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

252/806

142 ゼピュロス・ライヴみたび

 ファン待望であったはずの『ゼピュロス・ライヴ』……。

 それは『滑稽』としか形容のできないものであった。



「あああっ、ま、まちゅげが、ほほが、あ、あごがぁぁぁぁぁぁ~!?」



 福笑いのように顔を探り当て、いちいちショックを受けている、ボーカルのゼピュロス。



『な……なんと! なんとなんとコレは……! しっ、新曲じゃぁーーーんっ!?』



 アリーナの歓声はすっかり鳴りを潜めている。

 ジャンジャンバリバリの実況だけが、空しくあたりにの山々にこだましていた。


 ゼピュロスは気が動転するあまり、人目もはばからず、籠手(ガントレット)の手首に仕込んでいる鏡を引き出す。


 祈りながら見つめたそれは、悪ガキに蹂躙された蜘蛛の巣のように、ボロボロ……!

 床に叩きつけられた衝撃で、割れてしまったのだ……!


 気がつくと、鎧の胸部に仕込んであるドレッサーも開いており、あたり一面にメイク道具がぶちまけられていた。



「あっ!? あっあっあっ!? ああ~っ!? め、めいきゅが、めいきゅがぁぁぁぁぁ~!?!?」



『こ、これは、バラードかっ!? 心まで染み渡る、悲しい響きじゃぁぁぁーーーんっ!』



 バラードなら静かに聴くのがマナーであるが、そういうわけにはいかなかった。


 大写しになっている勇者は、誰かが道端にぶちまけた小銭を、ここぞとばかりに拾い集める乞食のような惨めさでいっぱい。

 それを黙って見ているのは、あまりにも悲しすぎたからだ。


 そして、乞食……。

 いや、勇者はついに目撃する。



「あっ……!? ああああっ!? ああああああああーーーーーーっ!?!?」



『ああっとぉ!? ゼピュロス様の、魂のシャウト! きっとこれは、巣に落ちてしまったファンに対する悲しみを表しているに、違いないじゃぁぁぁぁーーーーーんっ!』



 その答えはもちろん、否! である。

 この世の終わりのような悲鳴をあげる、ゼピュロスの瞳に映っていたのは、メンリオンの大ばさみの先端。



 ……ジャキン! ジャキン! ジャキーンッ!



 そこに引っかかっている、黄金のヅラであった……!


 つかみ取ろうと手を伸ばすも、当然、届くはずもない……!



「ああああああっ!? 髪が……! 髪がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?!?」



 手放してしまった風船が、空に昇っていく様を見ることしかできない子供のような叫喚。

 いや、そんな同情を誘うようなものではなかった。


 ボロボロの髪に、血と涙と鼻水でグチャグチャになった顔は……。

 子供(ガキ)というよりも、さながら餓鬼……!


 もしこれが、愛するファンを失おうとしている時のリアクションであれば、大いに心を打ったであろう。

 しかしこの餓鬼は、目の前で引きずり込まれようとしている女たちには、目もくれず……。


 その奥で、枝に残った木の葉のようになびいている……。

 たかがヅラに、号泣していたのだ……!


 まるであの一葉が落ちてしまったら、自分の生命も終わってしまうかのような、悲壮さで……!



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ! 髪っ、髪っ……! 髪ぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーんっ!?!?」



『ど……慟哭じゃん! ゼピュロス様がファンのために、血の涙を流されているじゃんっ! ああ、おいたわしい……! このジャンジャンバリバリも、思わずもらい泣きじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ! おーいおーい!』



 いくら実況で盛り上げようとしても、吹雪のなかでマッチを擦っているかのように、まるで火がつかない。


 無理もない。

 あの勇者様は君の名ではなく、髪の名を連呼しているのだ。


 よりにもよってその単語だけは、やたらと鮮明に、これ以上ないくらいハッキリと聞きとれた。

 他の言葉は、入歯をなくしたおじいちゃんみたいに、フガフガであるというのに……。


 ゴブリンのように不規則に生え残る、みすぼらしい頭髪を押さえながら、確かにこう叫んでいたのだ……!。



「『髪』がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!? せひゅろすの『髪』がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!? あんにゃところに、ひってしまったのしゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」



 ……視聴者、ドン引きっ……!!


 しかし、野良犬サイドで奇跡が起きたように、こちらの勇者サイドでも、神のお導きがある。

 いや……悪魔のささやきといったほうが、正しいだろうか。



「あっ!? ぼ、ぼうひが……! ぼうひがあるのしゃっ!?」



 アリジゴクの淵から少し離れた所に、可愛らしいベレー帽が落ちているのを見つけるゼピュロス。


 ラル・ボンコスが落としていったものである。

 重量がないので、巣に引きずり込まれずにすんでいたのだ。


 懸命に手を伸ばして、それを掴もうとする。

 しかし、あと少しというところで届かない……!



「くっ、くぅぅ……! あっ! ひゃ、ひゃりを、ひゃりをちゅかえばいいのしゃ!」



 背負っていた槍を引き抜く。


 モンスターとレディのハートを貫いてきた流麗なる槍も、もはや棒同然の扱い。

 しかし引っかけて取ろうとしていたところに、蜘蛛の糸にすがるような、女たちが……!



「ぜ、ゼピュロス様! こ、これに掴まれとおっしゃっているのですね!?」



 ジャンジャンバリバリの、感動的な実況が後に続く。



『ああーーーっとぉ!? なんと、ゼピュロス様が、槍を使ってファンたちを救出にかかったぁーーーーーっ!』



「た、助けてくださるなんて……! あ、ありがとうございます!」



『なぜならば、ライドボーイにとって、槍は神聖なるもの……! モンスターを倒す以外の用途に使ってはならないという、厳しい掟があるじゃんっ! 掟を守らなければ一族からの破門もあえりえるというのに、それを破ってしまうだなんて……!』



「わ、私はゼピュロス様のことを信じておりました! きっと、助けてくださると……!」



『ああっ……! ゼピュロス様はどれだけ、ファンのことを大切に思っているんじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!?』



「ああっ、ゼピュロス様……! 私はもう一生、ゼピュロス様についてまいります!」



 女たちは懸命に、槍に向かって手を伸ばす。


 もしここで実況のとおりに、ゼピュロスが槍を使って彼女たちを助けていれば、一発逆転の可能性もあったかもしれない。


 たとえどんなに醜くもがきながらでも、結局助けられなかったとしても、ひたむきでさえいれば……。

 意外な一面として、離れかけていたファンのハートを、再びガッシリとわし掴みにできていたかもしれない。


 しかし、彼がしたのは、



「ウキャアアアッ!! ひゃめろメスブタどもっ! きちゃにゃい手で、しんしぇいなるはりに、しゃわるんじゃないのシャーッ!!」



 歯を剥き出しにする、世にも醜い餓鬼の威嚇であった……!


 いや、歯はすでに無いので、歯茎を剥き出しにしていると言ったほうがいいだろうか。

 それは怒れるチンパンジーに瓜二つであった。



『ゼピュロス様はおっしゃっているじゃん! はやく、はやくこの槍に掴まれと! たとえライドボーイの地位を負われることになっても、レディたちのほうが大切だと、叫んでいるじゃんっ!』



 もはや異国の言葉を適当に翻訳しているとしか思えない、やけっぱちのジャンジャンバリバリ。

 そして藁にもすがる女たちは、まだ気付かない。


 いや……。

 生命の危機を前に、信じたくなかっただけなのかもしれない。



「ほ、ほら! ゼピュロス様は怒ってらっしゃるわ! アンタみたいなメスブタが手を出すからよ!」



「メスブタはそっちでしょ!? ゼピュロス様は私を助けようとしてくださっているのに、邪魔しないで!」



「なんですってぇ!? キィィィーーーッ!?!」



 同時に槍を掴みとった女たちは、引っ張り合いをはじめる。


 その様は、さながらバーゲン会場……!


 否っ……!



「ウキャアアアアーーーーーーッ!! はにゃせ、はにゃせ、はにゃすのシャァァァァーーーーーーーっ!!」



 ……ズバアァァァッ……!!



 地獄絵図であった……!!

次回は野良犬サイドのお話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >子供(ガキ)というよりさながら餓鬼 >君の名ではなく髪の名 ・・・誰が上手いことを言えと・・・!(爆笑) [一言] ・・・這いつくばって悲しむ者を見てゲラゲラ笑うことはおかしいと思いま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ