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141 噛み合わない歯車

 勇者とメンリオンとの戦い。

 ファンを犠牲にしたことにより、戦線がだいぶ安定していたので、MCであるジャンジャンバリバリは舞台裏に引っ込んでいた。



「これはどういうことじゃん!? ゼピュロス様に投げつけられる石は、当たっても痛くない偽物の石だったはずじゃん!? でもアレはどう見ても野良犬に投げられているのと同じ……本物の石じゃん!?」



「わかりません! 最終チェックの時は問題なかったのですが……!? そのあとに、何者かが石をすり替えたとしか……!」



「最終チェックのあとにすり替えって、石のストックは10万発はあったはずじゃん!? それをぜんぶ差し替えるだなんて……! この不死王の国にいる死者でも総動員しなけりゃ、不可能なことじゃん!? でも死者がそんなことするはずないじゃん!?」



「はい、まったく不思議としか言いようがなくて……! ああっ!? 見てください、ゼピュロス様が、また石を食らって……! ヅラが外れちゃってますっ!?」



 進行確認用のモニターには、ちょうど19連射をくらったゼピュロスが大写しになっていた。

 苛立ちを隠しきれないように、ジャンジャンバリバリは叫ぶ。



「ああっ、何やってるじゃん!? またゼピュロス様の醜態が……! 早く野良犬のほうに切り替えるじゃん! って、なんであんなにイチャイチャしてるじゃーんっ!?」



 ワイプにはモチモチの木と化している、モテモテの着ぐるみが映っていた。


 しかもそのお相手は、男なら誰もが憧れる聖女姉妹に、女なら誰もが憧れるカリスマモデル姉妹、それに子役のように愛らしい女の子。

 いま伝映を切り替えてしまえば、国じゅうに野良犬のモテっぷりを大いに喧伝することになり、悔しすぎてとてもできることではない。



「こうなったらジャンジャンバリバリ様、あなた様の実況の腕で、ゼピュロス様をフォローして差し上げてください! 野良犬のイチャイチャが終わったら、すぐに切り替えますので……! それまでなんとか、願いしますっ!」



 スタッフたちに揃って頭を下げられ、ジャンジャンバリバリは苦虫を巣ごと噛みしめてしまったかのように唸っていた。

 彼にとって、ここまでトラブルの多いイベントは初めてだったのだ。


 しかし、迷っているヒマなどない。

 MCを請け負ってしまった以上、イベントの失敗を許してしまえば、彼の導勇者(どうゆうしゃ)としての進退にもかかわってくる。



「ぐっ……! しょ、しょうがないじゃん! こうなったら、やるしかないじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!」



 やぶれかぶれのように叫んで、ステージへと飛び出していくジャンジャンバリバリ。


 そう、彼もまた勇者であった。

 知らず知らずのうちに、魔狼の遠吠えに追い立てられている、悲しき勇者(エモノ)であったのだ……!


 そしてもうひとりの勇者はというと、フィニッシュブローをくらったボクサーのように、宙を舞っていた。


 彼は、知っていた。

 メンリオンの仕掛けがあることを。


 だからこそ、用心していた。

 『ゼピュロス・ライヴ』で激しく踊るので、ウイッグが取れないようにと。


 そして……ついでに計画していた。


 ウイッグとなる髪の毛を提供してくれた、尖兵(ポイントマン)の少女。

 ゼピュロスにとっては肉をそぎ取り終えたブタでしかない、名も知らぬメス。


 それはもう用済みであったのだが、そのまま生かしておいては、後々に悪影響を及ぼすであろうと考えていた。


 だから偶然を装って、始末してしまおう、と……!

 直後に『ゼピュロス・ライヴ』が始まるので、多少の事故であればもみ消せるであろうと、たかをくくっていたのだ……!


 すべてはミッドナイトシュガーの推理通りであった。

 パズルのピースは彼女の手によって集められ、組み上げられようとしている。


 しかし、最後の1ピースだけが欠けていた。


 勇者がヅラであるという、証拠(エビデンス)が……!


 そしてゼピュロスは、投石できる魔導装置の存在を見越していた。

 リハーサルでは模造の石だったのだが、これまでの経緯でもしかしたら、本物の石が飛んでくるのではないかと疑っていたのだ。


 だからこそ、ヅラはより念入りにくっつけていた。

 『少々の投石』では外れないようにと。


 でも、まさか……。

 超人級の投石テクを持つ逸材が、野良犬サイドにいようとは。


 名人クラスの16連射までであれば、しのぎきれたであろうはずのヅラ。


 だが、しかしっ……!

 前人未踏の19連射の前には、あえなく撃沈っ……!



 ……ズドガシャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 叩きつけられたあと、引き回しの刑のように床を滑るゼピュロス。

 メンリオンの巣に落ちかけたが、ギリギリでブレーキがかかった。



『お……おおーっとぉ!? ゼピュロス様、トビウオのように見事に飛んだあと、氷上の貴公子のような華麗なるヘッドスライディング! い、石を寸前で、かわしきったぁー! あれだけの石をよけきるだなんて、さすがゼピュロス様じゃぁーーーんっ! きっとここから流れるように華麗に立ち上がり、反撃開始じゃぁーーーーんっ!』



「うっ……! ぐ……! ううっ……!」



 しかしゼピュロスは水のように立ち上がるどころか、泥のように仰向けに倒れたまま喘いでいた。

 限界をこえる運動を無理矢理させられたかのように、身体がまるでいうことをきかない。


 筋肉や関節、内臓までもが悲鳴をあげていた。

 胃液がせりあがってきて、鼻の奥から口内へと落ちてきた鉄臭さと混ざり合う。



「うっ……! ぐええ……!」



 轢かれたカエルのような、えづきが漏れる。



『い……いやっ! その前に、余裕の発声練習! ここからいよいよ本当の、ゼピュロス・ライヴが始まるじゃぁーーーんっ!』



 ゼピュロスは自分が、瀕死の重傷を負っていることに気付く。


 いや、石を受けたのは顔面だけなので、すぐに死ぬことはない。

 それでも重傷ではあるのだが、己の美貌をなによりも重視している彼にとっては、生死の境にいるも同然だったのだ。


 本来ならば、ファンに助けを求めるはずの手を、真っ先に顔に当てる。


 まず、生あたたかい液体が指に当たり、ぬるりと……。

 そして皮が剥けるように、ずるりと滑った。


 しっとりなめらかな肌はそこにはなく、かわりにパンパンに張った風船のような感触。


 おそるおそる、顔の中心部を探ってみる。

 『雪景の高嶺』とも呼ばれた、自慢の鼻は……。


 地殻変動にあったかのように、歪んでいた……!



「ひ……ひいっ!?」



 悲鳴とともに飛び起きる。

 彼にとってはそれほどまでの一大事であったのだ。



『き……きたきたきたぁ! きたじゃーんっ! これがゼピュロス様の本気! ゼピュロス様の真の姿! いままでのことは、すべて壮大なる前フリだったじゃぁーーーーーんっ! さあっ、真の『ゼピュロス・ライヴ』の始まりじゃぁーーーんっ! あ、ワン・ツー! ワン・ツー・スリー・フォーーーーーーッ!!』



 そして始まる、真のライヴ。



「あっ!? ああっ!? ああっ!? ああっ!? あああーーーーーーーーーーーーーーっ!? はにゃが、はにゃがぁぁぁ~!?」



 その記念すべき第一声は、鼻が曲がっているせいか、まるで声が通っていなかった。

アマチュアン様からレビューをいただきました!

そのおかげで、やる気ゲージがたまりましたので、久々に今日は2話更新させていただきます!


次回は、勇者の悲鳴がこだまする、壮絶なるゼピュロス・ライヴ!

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