140 崩壊
今まではゼピュロスの歌に聴き惚れ、バックダンサーを買って出たかのように見えた、メンリオンとメンリオンアーム。
しかし度重なる勇者のNGに、痺れを切らしたかのように暴れはじめた。
モニターの向こうのライヴ会場は、荒れに荒れる。
腰を抜かしてしまう勇者と、逃げ惑う女たち。
『キャアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?』
『ちゃ、魅了が解けてしまったのさっ!? な……なぜっ!?』
ゼピュロスのその声は、女たちの悲鳴に混ざって観衆には届いていなかった。
そしてもはや、ライヴをお届けするどころではなくなっていた。
映像はすでに、モンスターパニック映画さながら……!
部屋から出ようとするも、出入り口には大蛇が立ち塞がっている。
攻撃して排除しようにも、聖女と魔導女では困難であった。
退魔能力に特化した『黒衣の聖女』か、『修聖女』と呼ばれる格闘もできる聖女でなければ、不死者以外のモンスターに対しての攻撃能力は皆無に等しい。
魔導女の攻撃魔法は詠唱を行う必要がある。
達人クラスともなればその時間は限りなく短くなるが、いまのメンツでは詠唱中に大蛇に邪魔をされてままならない。
となると、頼りになるのはひとり……!
「ぜ、ゼピュロス様ぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
いったんは置き去りにして逃げたものの、また勇者の元へと戻る女たち。
ゼピュロスはメンリオンの巣の淵、あと半歩後退すればアリジゴクに落ちてしまいそうなギリギリの位置に立っていた。
広げた両手でシルクのマントを持ち上げ、彼女たちを迎え入れようとしている。
「さぁ、おいでレディたち。ゼピュロスが包み込んであげよう。このマントの中は、何者の攻撃も通さない、楽園なのさ……!」
モニターに映し出されたその姿は、迷える民に救いを与える神様のようであった。
背後の奥のほうにある壁に輝石が埋め込まれていて、偶然にも後光のように彼を照らしていたのだ。
すかさず、実況のジャンジャンバリバリが乗っかる。
『ふ……ファンたちを、守ろうだなんて……! やっぱりゼピュロス様はとんでもないお方じゃん! アイドルの鏡じゃんっ! 野良犬はたったの5人だったじゃん! でもゼピュロス様のほうは29人……! どちらが偉大か、比べるまでもないじゃんっ!』
どこからか「尖兵が減ったから、正確には28人のん」と声が飛んできたが、黙殺された。
観客たちは、大人気アイドルの守護宣言に熱狂した。
モニターごしでこれなのだから、生で体験していた女たちの喜びは計り知れない。
誰もが涙するほど歓喜し、ゼピュロスめがけてまっしぐら……!
「キャアアアアアアッ! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
「わ……私はゼピュロス様を信じておりました!」
「わ、私もっ! こ、この子がそそのかしたんです! ゼピュロス様を置いて逃げようって!」
「デタラメ言わないで! この子! この子がコッソリ言ってたんです! このままじゃ、ゼピュロス様に殺されちゃうって!」
肘で押し合い、突き飛ばしあい、併走する者たちを邪魔しあう女たち。
とうとう足を引っかけられて、転倒する者まで出てきた。
「きゃあっ!? な、何すんのよっ!? や、やだっ! 置いてかないで! 置いてかないでっ! ゼピュロスさ……!」
地に伏したまま、空をかきむしるように手を伸ばし、愛しの人の名前を呼ぶ少女。
しかしその叫び声は、消沈するように途切れてしまった。
なぜならば、愛しの君は、なんと……!
「レディたち、そんなに走っては危ないのさ! ……ああっと!?」
突っ込んできた女たちを受け止めるどころか、寸前でマントを翻し、闘牛士のようにヒラリとよけてしまったのだ……!
先頭グループにいた女たちは、勢い余って通り過ぎてしまう。
「えっ……!? ゼピュロスさ……ま……!?」
チキンレースの崖が、思っていたよりずっと手前にあったかのような……信じられない様子で振り返る女たち。
しかし彼女たちに与えられたのは、もはや仕留めた牛に対するような、振り向きもしない闘牛士の背中。
そして……。
底なし沼に嵌まってしまったかのような、どこまでもやわらかく、不気味なぬくもりを持った、砂の感触だけ……!
「いやああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!? ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
アリジゴクに落ちてしまった……いや、落とされてしまったのは、聖女と魔導女あわせて5名。
すり鉢状になっている坂をなんとか這い上がろうともがいているが、登れない。
むしろ暴れれば暴れるほど、穴の中心に引きずり込まれていく……!
「ああ、これは不運な事故……でも悲しんではいられないのさ。巣に誰かが引っかかっている間は、メンリオンの攻撃はこちらにはこないのさ。さぁレディたち、ゼピュロスの反撃をアシストするのさ」
残った23名の女たちだけを、レディ扱いするゼピュロス。
背後から何度名前を呼ばれても、一瞥すらくれない。
その、腕から先がドリルになったしまったかのような、手のひらの返しようは……。
全国の女たち、とりわけアリーナにいる1千人の女たちに、大きな衝撃を与えていた。
いなや空気を感じ取ったジャンジャンバリバリは、ことさら声を張り上げる。
『あ……あれはきっと、ゼピュロス様の作戦じゃぁーーーんっ! 凡人には考えも及ばない、偉大で崇高なお考えがあるに違いないじゃぁーーーんっ! そ、それにまだファンは大勢残ってるから、少しくらい……!』
シャルルンロットは、その揚げ足をすかさず掴み取っていた。
「ついに正体を現したわね!? 大勢残ってるからって、囮に使っていいっていうの!? アンタもゼピュロスと同じ考えで、ファンのことを鼻紙くらいにしか思ってないんでしょう! みんなも、今の見たわよね!? 女たちを助けるフリして、巣に落とすところを! 部屋に入ったときもアイツ、わざと転んだフリして尖兵の女を、メンリオンの巣に投げ込んだのよ! 口封じのために! やっぱり隊員2号の推理は、間違ってなかったのよ!」
しかしゼピュリストたちは、脊髄反射のような勢いで言い返してくる。
きっと彼女たちも、同じことを思ってしまったのだろう。
「違う! 違うわ! そ……そんなの、あんたたちの憶測でしょ!?」
「そうよ! それにゼピュロス様は悪くないわ! だって言ってたじゃない! 『走ったら危ない』って! それなのに無視して走った、あの女たちが悪いんだわ!」
「そうよそうよ! きっとゼピュロス様は、こうお考えになったんだわ! 全員を受け止めると、自分が巣に落ちてしまう、って……! だから、ああしてよけるしかなかったのよ!」
「で、でも……。野良犬は、自分から巣に飛び込んでいったよね……? 女の子たちを、守るために……」
「うん、それだけじゃないよね。自分が死んじゃう危険もかえりみずに、メンリオンに食べられそうになったブリザード・ラヴちゃんを助けた……」
ついには勇者サイドの中からも、野良犬擁護の声があがりはじめた。
極度のゼピュリストたちも、これには慌てる。
「ちょっ……!? あっ……あんたたち、なに言ってんの!? ゼピュロス様を裏切るつもり!?」
「う、裏切ってるわけじゃないよ。ゼピュロス様は、いつも優雅で落ち着いてて、大好きだったけど……」
「でも、あの野良犬のマスクの子たちが言うように、このツアーのゼピュロス様は、なんだか自分のことしか考えてないように見えて……」
「尖兵の子の髪も、本当に奪ったんじゃないかって、思えるようになって……」
「なっ……!? なにデタラメを真に受けてんの!? そんなの、ゼピュロス様を貶めようと、アイツらが適当に言ってるだけよ! ゼピュロス様の髪の毛がウイッグだなんて、そんな証拠、どこにも……!」
なんとかして説き伏せようと、躍起になるゼピュリストたち。
しかしそれをちゃかすようなミニコントが、野良犬サイドではじまる。
「まぁだトボけてるわよ、団員3号、やっておしまいなさい!」
「先生、よろしくお願いしますのん」
「えっえっえっ? またこのボタンを押せばいいんですか? わ、わかりました。え、えーっと、こうかな?」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
隊員3号は、ぽややんとした表情とは裏腹の超連射を再び披露。
観客たちの注目は、その目にもとまらぬ速さで震える手に、否が応にも奪われる。
そして連打の結果が待ち受けているであろう、モニターへと移った。
『♪さぁ散りゆけ、醜き者よっ! さぁ酔いしれるのさ、レディたち!』
ゼピュロスは何度目かの、『ハートスラッシュ・ローリングダンサー』の歌唱の真っ最中。
その小節の途中で、マナシールドの効果が消えていた。
しかしそれは、ほんのわずかな間でしかない。
近くにいた魔導女が、あらかじめ次のマナシールドの呪文を唱えている。
無防備になる時間は、ほんの一瞬しかない。
勇者を守る魔法の盾は、すぐさま張り直されるはず。
が、そのほんの僅かのスキに……。
超一流の殺し屋が成し遂げた、伝説の狙撃のような……。
奇跡的な精度とタイミングで、投石が割り込んでいったのだ……!
ワンショットでもワンキルだというのに……!
空前絶後の19ショットとなれば……!?
……ナインティーン・キルっ……!?!?
『♪お前の人生は、このゼピュロスに踏みにじられ(ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガンッ!)ぎゃああああああああああああああああああーーーーーーーーーんっ!?!?』
至近距離でのショットガンを顔で受けたかのように、首がちぎれそうなほどの勢いでブッ飛んでいくゼピュロス。
その瞬間を、カメラはこれでもかとアップで捉えていた。
無数の石がめり込み、まさに蜂の巣のように変形してしまった勇者の顔面を……。
そして散りゆくように頭からはぐれていく、黄金のヅラを……!
次回、大パニック!