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03 金狼の片鱗

「……当店の従業員だったゴルドウルフくんは、煉獄の最下層にあるボスフロアに、無謀にもひとりで突入していって、行方不明になったっす」



 ゴルドウルフが『煉獄』に置き去りにされた一週間後。

 彼が勤めていた『ゴージャスマート』の新店長に就任した『アル・ボンコス』は、訪れた客たちにこう説明していた。


 行方不明とはいうものの、『煉獄』で行方がわからなくなることは死を意味する。

 多くの常連客はそれを知っていたので、悲痛な声を漏らしていた。


 そのうちのひとり……プリムラは訃報のショックに貧血のように視界が真っ暗になり、立ちくらみを起こしかけていた。



「きっと、あの歳でヒラ店員だった自分に嫌気がさしたんっすねぇ。彼は常日頃から言ってたっす、自分はまだ本気を出していないだけだって。……自分が本気を出せば、店では調勇者(ちょうゆうしゃ)様よりも、冒険では戦勇者(せんゆうしゃ)様よりも活躍できるんだ、って……」



 ヘラヘラしながら人の死を語る、坊主頭の店長の薄ら笑いが、少女の頭の中に空虚に響いていた。



「下級職なのに、自分を勇者と錯覚していたようっす。でも、僕は彼の勇気を讃えたいと思うんっす。……そこで当店では野良……じゃなかった、『ゴルドウルフくん追悼記念』として、セールを行いたいと思うっす! 期間は今月いっぱい……煉獄が封印されるまでの間っすね! 常連だったみなさんが、いっぱい買ってくだされば、地……いや、天国にいる彼も喜んでくれると思うっすよ!」



 常連客たちは、店主に招かれるままにワゴンへと近づいていく。



「……セールと言いつつ、ぜんぜん安くなっていないようだが……だがしょうがない、生前の彼にはずいぶん世話になったから、買わせてもらおうか」



「わたしも買うわ。装備やモンスターのことで随分相談に乗ってもらったから……でも、それももうできなくなるのね……」



「俺はこいつをもらおうか。実を言うと俺もなんだ。クエストに向かう前は、いつもアドバイスをしてもらっていた。彼のアドバイスはいつも的確で、なによりも正確だった……」



「彼の鑑定はどこよりも正確で、そして誠実で、誤魔化すことをしなかった……だからクエストの戦利品をいつも買ってもらってたんだが……。しょうがない、お悔やみのかわりに、俺はこれをもらおうか」



 ワゴンの品はどれも在庫処分品だったが、普段の倍以上の値段がついていた。

 しかし香典を払うかのように飛ぶように売れていく。


 プリムラは普段は使わない護符(タリスマン)をひとつ買うと、光るものを撒き散らしながら家へと駆け戻っていった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 河原のホームレス街を見おろす、土手の斜面に腰掛けているゴルドウルフとプリムラ。



「……家に帰ったわたしは、お姉ちゃ……お姉さまに相談したんです。お姉さまはマザーになったばかりで大変だというのに、わたしに協力してくださいました。ゴルドウルフのおじさまが生きていることを信じ、煉獄の封印を遅らせるように街の(おさ)に頼み込んでくださったのです」



 ゴルドウルフは自分が煉獄にいる間の出来事を、話して聞かせてもらっているところだった。



「そうだったのですか……私は昨日の真夜中に煉獄から脱出したのですが、封印がされていなかったことが不思議だったのです。プリムラさんと姉上のリインカーネーションさんが、封印を遅らせてくださっていたのですね……」



「はい……でも、この街はずっと煉獄の魔物に脅かされてきましたから、延期するのにも3ヶ月が精一杯で……! でも、よかった……! おじさまがこうして、生きて戻られて……!」



「ありがとうございます、プリムラさん。私はどうやら、二度あなたに命を救われたようだ。本当に、感謝いたします。でも、なぜなのですか?」



「えっ? なぜ、って……?」



「私のような人間のために、どうして聖女一族であるホーリードール家の方々が動いてくださったのですか? それも、3ヶ月もの間……」



「そ、それは……わたしたち姉妹は小さい頃から、『ゴージャスマート』……いいえ、おじさまのお世話になっていましたから……」



 少し照れたように言うプリムラに、「はぁ……」といぶかしげなゴルドウルフ。


 確かにホーリードール家の三姉妹、リインカーネーション、プリムラ、パインパックは幼い頃から『ゴージャスマート』の常連客だった。


 ゴルドウルフはしばらくは店長であったものの、ダイヤモンドリッチネルが来てからは平店員に降格になってしまった。


 聖女たちがいくら小さい頃の恩義を感じていたとはいえ、店長でもないオッサンの命を救うために、封印の延長を申し出るなど正気の沙汰ではない。


 煉獄で行方不明になった者が生還した事など今まで一度もなかったうえに、封印が遅れたその分だけ、多くの命が危機に晒される可能性があるからだ。


 そして……それは人々を癒やし、守るという聖女の役目からあまりにもかけ離れている。

 むしろ彼女たちは、1日でも早く封印できるよう推進しなくてはいけない立場なのだ。


 ゴルドウルフが疑問に思うのも無理はない。



「……おっ!? おおーっ!? 誰かと思ったら、聖女のプリムラじゃん!?」



 不意に、いかにもガラの悪そうな声が割り込んできた。

 どやどやと足音が近づいてきて、あっという間にオッサンと少女を取り囲む。



「聖女様が、なんでこんなゴミだめみたいな所にいんのさ!? なになに、そっちのオッサンに無理矢理連れてこられたとか!?」



 輪になって見下ろす、ツンツンヘアーの若者たち。

 革鎧に毛皮の肩当てという、いま不良の間で流行っている蛮族スタイルである。



「ヒマつぶしにホームレス狩りにきて、まさかこんなお宝が手に入るとは思わなかったぜ!」



「実をいうとさぁ、俺プリムラのことずっと狙ってたんだよねー! 聖女ってさぁ、ひとりの男なら愛してもいいんだろ!? 結婚したら女神じゃなくて、その男に一生仕えなきゃいけねぇんだろ!?」



「バーカ、戦勇者でもねぇお前が、プリムラに相手されるわけねぇっつーの!」



「でもさぁ、無理矢理やっちまえばいんじゃね?」



「そうそう! こんなあぶな~い場所にいるってことはさ、やられても文句言えないよねぇ~! ギャハハハハハ!」



「んじゃ、みんなでマワすとすっか! 俺たちの公衆聖女だ!」



「それって便女を言い換えただけじゃねぇーか! ギャハハハハハハハ!」



「さぁさぁ、そうと決まれば立って立って! 俺たちはもうおっ立っちゃってるんだからさ!」



「サカってんじゃねぇーよ、バァーカ! マワすのもムードが大事なんだよ! この先に俺たちのアジトがあっから、そこでたっぷりと……!」



 戸惑いと恐怖に怯えるプリムラの腕を、ひっぱりあげる若者たち。



「な……なんですか、あなたたちは!? お……おじさま! おじさま、助けてくださいっ!」



 腕を振り払い、ゴルドウルフにしがみつくプリムラ。

 ゴルドウルフは何もせずに、ただまっすぐに前を見ている。



「あぁーん? 俺たちよりもその汚いオッサンのほうがいいっていうの?」



「……あれ? よく見たらコイツ、ゴルドウルフじゃん!? 『ゴージャスマートの駄犬』じゃん!」



「あっ……! マジじゃねぇか! お前、死んだんじゃなかったのかよ!?」



「まさかこんな所でホームレスしてたとは、知らなかったぜ!」



「あーあ、お前がいなくなってから、『ゴージャスマート』は高級路線になっちまったんだよ! 金持ちじゃねぇと、店にも入れねぇようになっちまった!」



「お前が店長やってたときはよかったよなぁ! なんたって、万引きし放題だったんだから……!」



「ビックリした? ビックリしたぁ? 俺たちずーっと、あの店で万引きしてたんだよねぇー!」



「そーそー! もう捨てちまったけど、ガキのころ使ってた剣とか鎧とかポーションとか、ぜーんぶタダで使わせてもらってたんだよねー!」



「だいぶ遅くなったけど、たっくさんゴチになりましたぁー! ゴルドウルフさぁーん!」



「知らなかったっしょ? 俺ら店じゃ、いい子ちゃんのフリしてたもんねぇー!」



「ギャハハハハハハハ! ガキに裏切られたのって、どんな気分? ねえ、どんな気分!?」



「なにか言えよ、オラッ! ビビっちまって、声も出ねぇのか!?」



「そーだ、せっかくだからコイツ、殺しちまおうぜ!」



「いーねぇ! ホームレスをイカせながら、女をイカせるのってマジ最高なんだよねぇ~!」



「これ、俺たちがよくやる遊び、『天国と地獄』ぅ~! ギャハハハハハハ!」



「じゃあ座ってねぇで、立てやオラ、オッサン!」



 胸ぐらを掴まれ、立ち上がらされるゴルドウルフ。

 「いやっ!」と足元にすがりつくプリムラ。



「……知っていましたよ」



 オッサンは一切の抵抗を見せない。ただ、それだけつぶやいた。



「……幼い頃は、危険なものや、悪い事に憧れるものです。自分が大人の仲間入りをしたような気分になれますからね」



「あぁん? なに言ってんだぁ? テメェ?」



「怖くて頭がおかしくなったんじゃねぇーの? ギャハハハハハハハハ!」



「……その気持をわかっているつもりでしたから。万引きについては注意しませんでした。万引きは少々私の給料が引かれるくらいで、誰も傷つかない悪事ですから……。それで大人になった君たちが過ちに気付いてくれれば、安いものだと思っていました」



「ハァ? この人数相手にしてお説教って、意味ワカンネ。それとも万引きを見逃してやってたから、助けてくれっていう命乞い?」



「でもザーンネン! オッサンはいくら泣いても喚いても、これから死ぬまでサンドバッグになる運命なの! だって俺たち、オッサンと違ってぜってぇに許さねぇからー!」



「……私も……絶対に許しませんよ……? 面白半分に誰かを傷つけることは、ね……!」



 ……ギンッ!!



 見上げた瞳に、若者たちの顔が凍りつく。

 ゴルドウルフの銀色の瞳は、死神の鎌のように輝き、まるで頸動脈に冷たく押し当てられているかのような、不気味な迫力に満ちていたのだ……!


 このまま一斉に後ずさり、逃げ出せばまだよかった。

 だが、彼らの低い知能と薄いプライドが、最後のチャンスをフイにしてしまう。


 「オラァァァァァーーーッ!!」と、蛮勇とナイフを振りかざした瞬間、



 ……ドンッ!!



 彼らは花びらのように、黄色く汚れた歯を撒き散らしながら……眼下の河原へと吹っ飛んでいく。


 ホームレスの家を突き破った者は、僥倖(ぎょうこう)

 しかし多くの者は、油とヘドロ、そしてホームレスの糞便にまみれたドブ川に埋没していた。


 彼らの行く末を一瞥すらせずに、ゴルドウルフは振り返る。



「大丈夫ですか、プリムラさん?」



 鈍く残る光で見おろされ、聖女は息を飲んだ。

 そこに立っていたのは、彼女が知る、温厚なオッサンではなかったからだ。


 口元に浮かべる微かな笑み、それだけは変わらない。


 しかし、たてがみのような銀色のオールバックと髭、鉛のような灰色の瞳とこけた頬、額からアゴにかけて走る傷跡は、以前の面影とは真逆。


 丁壮(ていそう)のような精悍さと、(おきな)のような老獪さ……そして、鞘におさまった魔剣のような、妖しい鋭さを放つ容貌……!


 それは、一言で言い表すなら、魔狼……!

 銀色の毛並みを風に揺らし、神の喉笛さえも食いちぎる牙を覗かせる、恐るべき一匹狼の姿であった……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 金狼の片鱗・・・そこに三人称の文章も相まって、ここまでゾクゾクさせてくれる・・・。 これでこそヒーローですよ・・・! [一言] もしも煉獄に放置される前の、万引きをあえて見逃していたオッサ…
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