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138 ゼピュロス・ライヴふたたび

 ゼピュロスのわざとらしい演技で、部屋の中心にある床めがけて放り投げられてしまった、尖兵(ポイントマン)少女ラル。

 彼女にとってそれは、地獄から地獄に突き落とされたようなものであった。



「たっ、助けてっ! 助けてゼピュロス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」



 少女は放物線を描き、落ちていきながら……一縷の望みをかけて叫んでいた。


 しかし、かつての憧れの君は、手を差し伸べることはない。

 何の憐憫すらもないように、白い背中を向けていた。


 少女の眼前が、絶望と砂に覆われた瞬間、



 ……ズズウゥゥゥーーーンッ!!



 モニターには、『かっこいいポーズ』を決めるゼピュロスが映し出されていた。

 背後には、メンリオンの巣が正体を現した証である、砂塵が舞い上がっている。


 吹き上げる砂は花火のように、またドライアイスのように、ゼピュロスを彩っていた。

 さながら、ステージ上の演出であるかのように。


 観客のひとりが、誰ともなくつぶやいた。



「これって、もしかして……!?」



 そうさ、と言わんばかりの声が、モニターから返ってくる。



『カモン・ゼピュロスライヴ! レディとともに、レディゴーなのさっ!』



 チャンチャンチャランチャーーーーーンッ!!



 ステージ裏のオーケストラの生演奏が始まり、観客はいっきに引き込まれる。

 投げ捨てられたラルの行く末を気にする者もいたが、その声はすべて狂信者の狂喜にかき消されていた。



「えっ、あの子、どうなっちゃったの!?」



「もうそんなの、どうでもいいじゃない! キャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



「そうそう! それよりも『ゼピュロスライヴ』よ! キャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



「まさか、まさかこんな所で『ゼピュロスライヴ』が観られるだなんて!」



地下迷宮(ダンジョン)でのライヴだなんて、初めてじゃない!?」



「しかも相手はあの強力モンスター、メンリオンだよ!?」



「こんなすごいライヴを観られるだなんて、一生の思い出になるわよ!」



「やった、やった、やったーっ! 最高! ゼピュロスさまぁ~っ!」



 ゼピュロスは歌声とともに、武器(エモノ)である槍を掲げる。


 その切っ先が星のように煌めいたあと、彗星のごとく降り注ぎ、勇者の口からこぼれる白い歯の輝きとひとつになった。


 キラリンとした歯、ツルルンとした唇。

 多くのレディのハートをついばんできた、その口から奏でられるは……。


 もちろん、あの曲っ……!



 ♪Oh~! ゼピュロス!


 ♪この美しき槍は、すべてを貫くぅ! モンスターの心臓も、レディのハートも!

 ♪さぁ散りゆけ、醜き者よっ! さぁ酔いしれるのさ、レディたち!


 ♪お前の人生は、このゼピュロスに踏みにじられるためにあるのさ!

 ♪レディの一生は、このゼピュロスを咲かせるためにあるのさ!



 戦いが始まった。


 勇者の背後では、メンリオンが大ばさみを鳴らしていた。

 まわりには大蛇たちがいて、今にも襲いかからんばかりにうねっている。


 しかし、彼は歌っていた。

 敵に囲まれているというのに、ダンスのように華麗にターンしながら、カメラに向かって投げキッス。



『♪レディのビューティに、このゼピュロスは満開さ!』



「キャアアアアアアッ! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」



 熱狂的なファンは、ここぞとばかりに大盛り上がり。

 しかし一部の冷静なファンは、些細な疑問から、イマイチ流れに乗れないようであった。



「……なんでだろう? なんで、モンスターたちはゼピュロス様を襲わないの?」



 その指摘どおり、メンリオンも大蛇も何もしてこない。

 襲ってくるどころか、むしろバックダンサーのように、リズムにあわせて身体をくねらせている。


 野良犬サイドで猛攻を繰り広げていたのとは大違いなので、余計気になってしまうようだ。


 しかしそんな疑問に答えることも、観客のフリをしたゴージャスマートスタッフの仕事。

 事前に頭に叩き込んであるFAQを、すらすらと述べて火消しにかかる。



「そんなの決まってるでしょ! ゼピュロス様の美しい歌声に、モンスターたちも聴き惚れちゃったのよ!」



「でも……以前のゼピュロスライヴにいたモンスターたちは、唄ってる最中も襲ってこなかった?」



「この前のゼピュロスライヴにいたのは、マジックスケルトンにドラゴンゾンビっていうアンデッドモンスターでしょ!? ヤツらは死んでるから、歌を聴く心がなかったのよ!」



「あっ、そういうことかぁ……!」



 腑に落ちたのか、次々とライヴにハマる者たちが増えていく。

 もはや捨てられたラル・ボンコスのことなど、誰も気にしていない。


 そしてこれこそが、ゴージャスマート側が理想としていたツアーの流れであったのだ。



「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」



 国じゅうの女たちのラブコールを受けながら、回転をはじめるゼピュロス。



『♪美しき者が、美しく勝つ! それが勝負(ゲーム)、それが闘い(バトル)、それが戦争(ウォー)!』



「……くるっ! くるわよっ! ゼピュロス様の必殺技、『ハートスラッシュ・ローリングダンサー』が!」



「鳥肌注意! 鳥肌注意よっ!」



「ああっ! あの技が出たら、きっとメンリオンですら一撃よっ!」



「ええっ、一撃!? 苦戦してた野良犬とは大違いね!」



「そうよ! ゼピュロス様だったら、モンスターから触れられることもなく簡単に倒せちゃうのよ!」



「ああん! そんな凄いことになったら、モンスターだけじゃなく、私たちまでイッちゃう!」



 フォロワーのおかげで、観客たちの期待は上がりに上がる。

 じゅうぶんに温まった客席に向かって、ジャンジャンバリバリがさらにけしかけた。



『じゃあみんな、準備はいいじゃぁーんっ!? 必殺技の発動に合わせて、アレ、いくじゃぁぁーーーーーんっ!! せぇーーーーーのっ!!』



「美しき者は美しく咲き……!!」



 コールにあわせてついに、ゼピュロス最大の必殺技が発動しようとしていた。


 前回のライヴで、1000体ものマジック・スケルトンと、4体のドラゴンゾンビをまとめて両断した、すべてを滅ぼす旋円が……!


 ついに不死王の国においても、その猛威が振りまかれようとしていた。


 その、直前……!

 発動まであと数ミリ秒であった、その、寸前……!



 ……ガツンッ!!



 どこからともなく飛んできた石が、ゼピュロスの顔面に直撃した。



『ぎゃんっ!?』



 情けない悲鳴。



 ……ぷっすぅ。



 技の出がかりに発生した、わずかな真空刃……。

 すかしっぺのような、紙も斬れなさそうなソレだけを発し、勇者はブッ倒れてしまう。


 観客たちのコールは、そのまま驚愕へと引き継がれる。



「……醜き者は醜く散るっ!! って、ええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 たったひとつの石で、醜く散ってしまったゼピュロス。

 騒然となる観客席。



「だ、誰よ!? ゼピュロス様に石を投げたのは!?」



 しかもそれは一発だけではなかった。

 倒れた勇者めがけ、今なお断続的に石が降り注いでいる。



「ああっ!? しかもまだ投げてるわ! 倒れてるゼピュロス様に、なんてことを!?」



「こんな酷いことをするのは誰なの!? ファンの風上にもおけないわ! 探してとっちめてやる!」



 犯人さがしとばかりに、あたりを見回すフォロワーたち。

 しかしそれらしき者はいなかった。


 赤いボタンが押されると、ゼピュロスの『ふっ、やめるのさ、子猫ちゃん』という音声が装置から流れるようになっている。


 その音だけは、たしかにしていた。

 そしてその発生源を辿ると、なんと……!


 野良犬サイド……!?


 野良犬のマスクに眼鏡をかけた、小学生のような女の子が、例の装置を手に……。

 「これ、なんだろう……?」と不思議そうに首をかしげながら、赤いボタンを押しまくる姿が……!

次回、意外なる人物の、意外なる活躍…!

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