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136 ドッグ・フライ

 もしかしたら、野良犬があの大ばさみに真っ二つにされていた未来も、あったかもしれない。

 オッサンがゴルドくんの着ぐるみではなく、野良犬のマスクだけで、この地に訪れていたら……。


 要因は、それだけではない。

 要員が、もっと石を投げるゼピュロスファンがいれば……。


 オッサンはよけられずに投石をくらい、転がり落ちていた未来もあったかもしれない。


 いや……。

 今の人員だけでも、野良犬退治は叶っていたかもしれない。


 『試し撃ち』さえしなければ……!


 そう。投石するための魔導装置が観客に配られたとき、ジャンジャンバリバリは試し撃ちをしてみせた。

 それは、たったの1発であったのだが……。


 オッサンに、気付かせてしまったのだ……!

 『投石の罠』の存在を……!


 もしも、もしもである……。

 ジャンジャンバリバリが試し撃ちをせず、ぶっつけ本番で大量の投石がなされていたら……。


 オッサンは……もしかしたら……!?


 いや……。

 起こりえなかった話をしたところで、しょうがない。


 何にせよ、未来はもう固定されてしまったのだ。


 ゴルドくんのひとり舞台(オン・ステージ)という、誰もが予想しえなかった未来に……!


 それは国じゅうをも魅了していた。

 モニターの前の女性陣はもちろん、現地にいる者たちまで、あますところなく……!



「す、すごいね! 着ぐるみなのに、あんなに身軽に……!? 信じられないね!?」



「ね、ねぇ……。あんだけ攻撃をされてるのに、カスリもしてなくなくない? マジでゴルドっちって、何者なん……?」



「さ、さあ……」



 作戦も忘れて呆然とする、シャオマオとビッグバン・ラヴ。



「とっても素敵です! ゴルドくん!」



「きゃーっ! がんばれーっ! ゴルドちゃーんっ!」



 きゃあきゃあと声援を送る聖女姉妹。

 興奮のあまり、手近に立っていた大蛇にギューッと抱きついてしまう。


 そのヌメッとした感触に、ようやく自分たちがすべきことを思い出す。

 彼女たちの時が動き出した。



「あっ……!? み、みなさん! わたしたちも、戦わないと!」



「あらあら、まああまあ、大変っ! 蛇ちゃんをやっつけないと、ゴルドちゃん、ずーっと走りっぱなしだわ!」



 その一言に魔導女姉妹も、弾かれるようにゴルドくんから視線を剥がした。

 ふたりの間では打ち合わせなどなかったが、あうんの呼吸で魔法発動。


 巨人が振りかざした丸太のような、大蛇のなぎ払い攻撃がプリムラに襲いかかったところを、



「……強固なる鉄紺の盾よ、あの者の身体を守護せよ! マナ・シールドっ!」



 バーニング・ラヴのマナシールドで事なきを得ていた。


 シャオマオは背中に担いでいた曲刀を構えると、大蛇に斬りかかっていく。

 そのタイミングに合わせて、



「……怜悧なる慧心よ、あの者の剣を、玉散る刃と変えよ! アイスブランチ!」



 インパクトの直前、ブリザード・ラヴによる付与魔法(エンチャント)で、切れ味倍増。

 たったのひと太刀で、大蛇の胴体を真っ二つにしていた。


 双子の魔導女は背中あわせになって、全方位に注意を張り巡らせる。



「ねぇ、ブリっち! あーしらメンリオンと戦うのって初めてだけど、なんだかメチャクチャ弱くなくなくない!? いつもの戦闘だったら、ゼンゼン余裕がなくなくないのに、今日はこうやってダベれちゃうなんて!」



「メンリオン本体の攻撃と、大蛇の攻撃のほとんどがこっちに来てないから」



 大半の攻撃の矛先を、チラリと見やるふたり。

 ゴルドくんは大蛇のなぎ払いを、アスレチックのように跳んだりしゃがんだりしてかわし、投石は左右のステップで回避していた。


 しかも、しびれを切らしたメンリオンが口から粘液を吐き出し、それに追い立てられているという絶体絶命の状況。

 しかし、カスりもしていない。


 着ぐるみのとぼけた表情と相まって、まだ余裕しゃくしゃくのように見える。



「着ぐるみを着た尖兵(ポイントマン)も初めてだけど、あんな風に囮になってくれる尖兵(ポイントマン)も、初めてっしょ……」



 バーニング・ラヴはほとほと感心したような声を漏らす。

 しかしよそ見をしていた隙に、投石の跳弾が死角から迫ってきていた



「危ないっ! バーちゃんっ!?」



 ……ドンッ!



 ブリザード・ラヴはとっさに、お尻を勢いよく動かして、バーニング・ラヴを突き飛ばす。

 彼女のかわりにこめかみに石を受けてしまい、よろめくブリザード・ラヴ。


 そこに運悪く、大蛇の大口が、追い討ちをかけるように狙いを定めていた……!



 ……グオォォォォーーーンッ!!



 普段であればマナシールドで防げるくらいのゆったりとした攻撃であったが、投石とのコンビネーションで、まともに食いつかれてしまう。



「ぐうっ!?」



 天高く、身体をさらわれてしまうブリザード・ラヴ。


 バーニング・ラヴは地面に倒されてしまったものの、彼女のおかげで直撃を免れていた。

 膝小僧をすりむいてしまったが、それどころではない。



「あっ!? ブリっち!?」



 鳥にさらわれた昆虫のように翻弄される、相方の姿を目撃していたから……!

 しかも最悪なことに、大蛇はアリジゴクに向かって、相方を落とそうとしていたのだ……!


 メンリオンの本体、その真下に……!



「ぶ……ブリっちぃぃぃぃぃーーーーーーっ!?!?」



 ガパァァァァァァッ!!



 大ばさみが、ギャルの悲鳴に呼応するかのように……。

 そして今まさに昆虫を食らわんとする、食虫植物のように大きく大きく開いた。


 メンリオンの上まで運ばれてしまっては、もはや回避のしようがない。

 たとえ大蛇の食らいつきから解放されたところで、落ちた先にメンリオンが待っているからだ。


 上の蜘蛛の巣に引っかかり、下ではウツボカズラが待ち構えているアリのような、絶望的状況……!



 ……ブリザード・ラヴ・マスト・ダイ……!!



「キャアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 カリスマモデルの最期に、この国じゅうの女たちが泣き喚いた。



「死んじゃう! ブリザード・ラヴが死んじゃうっ……!?」



「やだやだやだーっ! ブリザード・ラヴぅぅぅーーーーっ!?」



「ちょっと、誰よっ!? 石を投げたの!? あの石のせいで、ブリザード・ラヴは……!」



 それまで雹のように降りしきっていた石は、すべて止んでいた。

 いままで魔導装置のボタンを連打していた者たちは、自分のせいにされたくはなかったので、押すのを止めていたのだ。


 ゼピュリストたちは青ざめた顔で、罪をなすりつけ合う。



「あ、あなたでしょう!? あなたのせいで、ブリザード・ラヴは……!」



「私じゃないわ! コイツよ! コイツがやったのよ!」



「ち、違うわよ! これも何もかも、あの野良犬がいけないのよ! あの野良犬が、石に当たらないから……!」



「そ……そうよそうよ! ぜんぶ……全部あの野良犬が悪いのよっ!!」



 そんな理不尽で一方的。

 そして無意味な結論が下されようとしていた、その時……!


 ブリザード・カラーのローブをまとった少女は、落花のごとく、落下……!



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!? ブリっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 クールギャルの身体は、断頭台の刃じみた大ばさみに向かって、吸い込まれるように落ちていく。

 情熱(ホット)ギャルの阿鼻叫喚だけが、地下迷宮(ダンジョン)内に空しくこだまする。


 待ち構える惨劇に、誰もが顔を伏せ、目をそらしていた。


 しかし、カメラだけは捉えていたのだ。

 アンビリーバブルとしか表現しようのない、決定的瞬間を……!


 ブリザード・ラヴの、はかなげな柳腰が、大鎌によって両断されようとしていた、その時……!



 ……シュバッ……!



 まるで宝石を狙う怪盗のように、少女の身体をさらっていく、何者かの姿を……!


 たしかに大画面に、映し出していたのだ……!


 それはあまりの速さにシルエットだけであったが、特徴的な造型をしていたので、誰だかひと目でわかった。



「ご……ゴルドくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?!?」



 ショックのあまり、ありえない幻覚を見ているのだと、バーニング・ラヴは思っていた。


 チャイムが鳴って、勢いよく閉じられようとしている校門に、滑り込んでいくような野良犬。

 一歩間違えれば、ふたりまとめて、



 ……ジャキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーンッ!!



 真っ、二つ……!!


 しかして、満を持して閉じられた大ばさみ、その中には……。

 野良犬の黒いしっぽが、チョロリと挟まっているだけであった。

次回、大逆転…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者チームの尖兵をしていたころは、その活躍がまったく評価されなかったから、今こうしてオッサンの活躍が正しく評価されているのが本当に嬉しいです・・・!(涙) ・・・そして、最後のスタイリッ…
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