134 さらなる介入
『さ、さあっ! 気を取り直して、楽しいツアーの再開じゃあーんっ! ここから先は新しい要素が加わって、さらに激アツになるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
ジャンジャンバリバリの、カラ元気のような叫び。
「え、ええーーーーーーーっ!? なになにーーーーーーーっ!?」
呼応する観客の声も、以前ほどの勢いはない。
『いまからみんなに、この魔導装置を配るじゃーんっ!』
ジャンジャンバリバリが天高くかざしていたのは、小さな木箱。
箱の中心を境に2色に塗り分けられ、左側には青いボタンと、情けない野良犬のイラスト。
右側には赤いボタンと、少女漫画チックな勇者のイラストが描かれている。
『この青いボタンを押すと、野良犬のほうに投石できるじゃーんっ! ポチッとな!』
ステージ上のジャンジャンバリバリが青いボタンを叩くと、装置から『キャイン!』という犬の鳴き声が響く。
同時にモニターのワイプが入れ替わり、通路を進んでいる野良犬が大写しになった。
……バシュッ!
破裂音とともに壁から射出されたのは、ピンポン玉サイズの石。
ほぼ真正面から飛んできたそれを、
……ガシッ!
野良犬はグローブのような手でキャッチした。
あまりにさりげない動作だったのと、少し離れていたので、後続の仲間たちは気付かない。
『ああっ、おしかったじゃーんっ!』と指を鳴らすジャンジャンバリバリ。
『でもこれで、使い方はわかったじゃん!? 配られたコイツで、野良犬にジャンジャンバリバリ石を投げつけようじゃん!』
すでにゼピュロスサイドの観客席には大勢のスタッフが展開し、木箱を配布していた。
「じゃあ赤いほうのボタンを押すと、あの外道勇者に石をぶつけられるってわけね! すっごくいいじゃない、ソレ!」
野良犬サイドのシャルルンロットは大喜び。
おあずけをくらった犬のようにワクワクしながら待っていたが、勇者サイドに装置を配り終えると、スタッフは引っ込んでしまった。
「ちょっと!? そのボタン、こっちにもよこしなさいよっ!?」
『あちゃー!? ざんねぇーんっ! ちょーど在庫が無くなってしまったじゃーんっ!』
ステージ下からの抗議に、わざとらしくお手上げポーズを取るジャンジャンバリバリ。
歯ぎしりをして悔しがるシャルルンロット。
そんなやりとりが行われているとも知らず、ゴルドくん一行は広い部屋にたどり着いていた。
一見なにもない閑散とした室内であったが、ゴルドくんは足を止めて後続を遮る。
「止まってください、『メンリオン』の巣があります」
『メンリオン』というのは、『人食い宝箱』や『テンタクル・オアシス』などと同じ、地下迷宮の施設に擬態するモンスターである。
平坦な床と見せかけて、その上を冒険者が通りがかると陥没、すり鉢状の巣穴に引きずりこむのだ。
ようは、巨大なアリジゴクのようなモンスターである。
かなりの強敵でもあるので、女性陣の間に不安の色が走った。
ゴルドくんは落ち着かせるように、いつも以上に静かなるトーンで言う。
「『メンリオン』は巣穴の中心にいる本体と、そのまわりに現れる、『メンリオンアーム』という大蛇がペアになって攻撃してきます。メンリオン自体は盲目なのですが、まわりの大蛇が巣に落とすのを手助けするのです。そして巣に落ちてしまった場合は、メンリオンは砂の動きを察知して落ちた者を攻撃してきます」
学校の授業を受けているかのように、真剣なまなざしで頷く仲間たち。
野良犬先生は続ける。
「ではその性質を踏まえたうえで、実際の戦い方についてです。メンリオンは厄介ですので、私が巣穴に落ちて気を引きます」
「ええっ!?」と目を剥く生徒たち。
プリムラとマザーにいたっては、「んまぁ!?」と上品に口を押さえて驚いている。
「その間に、みなさんは大蛇を退治してください。大蛇は牙も毒も持っていないので怖ろしい相手ではありません。しかし巣にはたき落とそうとするので注意してください。シャオマオさんがアタックをして、ビッグバン・ラヴのふたりはマナシールドを張って、聖女たちを守るようにしてください。余裕があれば魔法による攻撃か、シャオマオさんに付与魔法をお願いします」
まるで考えてきていたかのような、流暢なるゴルドくんの指示は続く。
「大蛇をぜんぶ片付けたら、最後はメンリオンです。ビッグバン・ラヴのふたりで大魔法をぶつけてください。……こんな作戦でどうですか?」
「わかったね」と素直に頷くシャオマオ。
真っ先に異を唱えてきたのは、ビッグバン・ラヴであった
「ふーん、悪くないじゃん。でも、そんなにうまくいく?」
「そーそ! あーしらメンリオンなんて見るのも初めてだけど、そーとーヤバいモンスターなんっしょ!? そーうまくいくわけ、なくなくなくない!?」
「そんなのダメよ! ゴルドちゃんが囮になるだなんて! ママがやるわ!」
「いや、マザー。マザーって普通に歩いてるだけでもズッコケてんじゃん。おっぱいで足元が見えないからっしょ? そんなんで囮になんて、なれるわけなくなくなくない?」
「転んでも大丈夫よ! ママ、すぐ起き上がるから! サッ! って!」
「それ、口で言ってるだけじゃん」
「そんなことありません! ゴルドちゃんのためならママはやるわ! それにプリムラちゃんも、ゴルドちゃんが囮になるのは反対よね!?」
姉にすがりつかれた妹は、こっくりと頷く。
しかしすぐに、首を左右に振った。
「はい、わたしも心配です。でも、ゴルドくんのおっしゃる作戦に従います。ゴルドくんを信じていますから」
その口調は気遣いを感じさせながらも、きっぱりとしていた。
さながら夫の旅立ちを見守る、妻のように。
プリムラはあまり自分に意見を主張しないタイプである。
しかしここぞという時には芯を貫くので、説得力があった。
聞き分けのない姉も、これには納得せざるをえない。
「うう……わかったわ。プリムラちゃんがそう言うなら……。気をつけてね、ゴルドちゃん。帰ったらいっぱいぎゅーってしてあげる。クンクンさせてあげる」
「それは結構です。では始めましょうか。ただし私になにがあっても、決して巣の中に足を踏み入れてはいけませんよ。いちど足を取られたら、強い力で引き上げるか、メンリオンが死ぬまでは抜け出せませんから」
その意味に仲間たちが気付くよりも早く、ゴルドくんは飛び出していた。
……いちど足を取られたら、強い力で引き上げるか、メンリオンが死ぬまでは抜け出せない……。
これはほぼ、『死』を意味する……!
メンリオンというのは、擬態している巣に引っかからないと本体は正体を現さない。
石などの無機物を投げつけたり、小さな動物などでは反応せず、床に擬態したままでいるのだ。
従って、メンリオンのいる部屋を冒険者たちが通過するには、天井を爆破などして巣穴を塞いでしまうか、わざと引っかかって本体を倒すほかない。
橋をかけて渡るなどの方法もあるが、相当高所か、または頑丈な橋でないと正体を現して、ひと呑みにされてしまう。
そしてメンリオンに引っかかったが最後、簡単に倒すのは難しい。
したがって、少なくとも……最初に巣穴に落ちた人間は、まず助からないといっていい。
ゴルドくんは、この事を話してしまうと仲間の猛反対を受けると思い、最後まで言わなかった。
メンリオンとは過去に何度も戦ってきたので、油断さえしなければ大丈夫だと思っていたのだ。
しかし……彼は気付いているのだろうか?
大きく作戦を狂わせるであろう要素が、潜んでいることに。
姿こそ見えぬものの、一千人もの女たちから……。
今まさに悪意に満ちた石が、投げつけられようとしていることに……!
次回、戦闘開始!