132 もがれた野良犬
ツアーの様子を、そして勇者の醜態を映し出していた投影触媒には、激しいノイズが入っていた。
ざわめく観客たち。
「えっ!? なにが起こったの!?」
「急に映らなくなっちゃったよ!?」
「一瞬だけど、ゼピュロス様の髪が、無かったような……?」
「め、目の錯覚でしょ!」
「そ、そうかな……?」
「そ、そうに決まってるでしょ! ゼピュロス様の髪が無いだなんて、そんなことが……!」
観客の中のフォロワーたちは、予想外のトラブルにしどろもどろ。
ここぞとばかりに追い打ちをかける、わんわん騎士団。
「いや、邪神像に振り回されて、髪を引きちぎられてたでしょ!」
「見事なまでにハゲ散らかしてたのん」
「な、なんだかトウモロコシみたいでした~!」
「そうそう! いいこと言うじゃない、団員3号! アレはほんとに、毛をむしり取られたトウモロコシみたいだったわ!」
「トウモロコシの毛は正しくは『絹糸』というのん。絹糸はめしべなので、トウモロコシの粒と同じ数だけ生えているのん」
「「へぇ~」」
ミッドナイトシュガーが披露した豆知識に感心し、騎士団の追撃の手が一瞬やむ。
ジャンジャンバリバリが主導権を奪い返すように叫んだ。
『あ、ああっとぉ!? 突然の伝映トラブルじゃんっ!? な、直るまでの間、野良犬サイドをお送りするじゃんっ! 野良犬への裁きは、1000名を越える支持……! となれば、髪の毛どころじゃすまないじゃぁぁぁぁぁぁーーーんっ!!』
投影触媒のワイプが、またしても入れ替わる。
そのタイミングを待っていたかのように、野良犬側の邪神像が動き出した。
グワシィィィィィッ……!
野良犬が掴まれたのは、髪の毛ではなかった。
なんと、耳……!
そして勇者の時と同じように、邪神像は野良犬の身体を振り回し始めたのだ。
頭上で、軽々と……!
イヤーハッグ・ジャイアントスイングっ……!
嗚呼……!
なんということだろう……!
髪の毛ではなく、耳を掴むだなんて……!
1000名の支持に相応しい、むごたらしい裁き……!
彼の仲間たちは、半泣きの悲鳴をあげる。
「いやあああああっ!? ゴルドくぅぅぅぅぅぅぅーーーーんっ!!」
遊園地にある飛行機の乗り物のように、これでもかと振り回されるゴルドくん。
しかし当人の声は、至って平坦だった。
「いたいいたい。でも私は大丈夫です。そこから動いてはいけませんよ」
中の人はいないということになっているので、いちおう痛みを感じているような声をあげている。
が、信じられないほど大根っ……!
かつて詐欺師を、名演技で逆詐欺にかけたとは思えないほどの……!
今回行われた、第二の裁き。
勇者の支持は1000名、野良犬の支持は30名。
30倍もの差に対し、ぞれぞれに下されたのは、髪を掴んで振り回しと、耳を掴んでので振り回し……。
たしかに30倍に相当するであろう、痛みの格差である。
それで引きちぎられたりでもしたら、さらに大変なことに……!
そしてその時は、容赦なく訪れる。
……ブチブチブチィッ……!!
縫製の糸が剥がれるような、乾いた音とともに……!
……ブッチィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
引きちぎられた……っ!!
そして野良犬ゴルドくん、幼稚園の紙芝居ばりの棒読みで、
「ああ、いたいいたい」
飛び立つ……っ!!
スポーンとすっぽ抜けるように、飛び去る野良犬。
人間ロケットと化した彼の、行く末はもちろん……。
壁っ……!
しかし激突の直前、高所から落下する猫のようにくるんと身体を翻し、壁を蹴る。
そして新体操であれば、10.00続出であろう、見事な着地ポーズをキメた。
……シュタッ……!
「おおおおおおおーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
直後、彼のまわりで拍手喝采が沸き起こる。
いや、それは地下迷宮の外でも、この国じゅうでも起こっていた。
「い、いまの見たっ!?」
「うんっ! 壁に叩きつけられるかと思ったら、受け身を取ったよ!?」
「すごいすごい! ゴルドくんってひょうきんな見た目なのに、あんなに身軽だったんだね!」
「それに比べて、ゼピュロス様は……」
「なあに、ゼピュロス様がどうしたの?」
「あ、いや、なんでも……」
「ゼピュロス様は髪を引っ張られてたのよ!? 髪を引っ張られて、受け身なんて取れるわけがないじゃない!」
「い、いたい! 髪を引っ張らないで!」
「どう!? 髪はレディにとって命であるように、ゼピュロスにとっても命だって、ゼピュロス様はおっしゃっていたでしょう!? 命をこんな風にされたら、誰だってああなるでしょう!?」
「わ、わかった! わかったからやめて! お願い!」
ファンの間に、にわかに亀裂が入りつつあった。
そしてゼピュロスの治療はかなりの時間を要したが、野良犬の修復は一瞬であった。
正座したゴルドくんのまわりに集まった、プリムラとマザーとバーニング・ラヴ。
持参していたソーイングセットで、あっという間にちぎれた耳を元通りに繕ってしまったのだ。
しかし事が終わっても、彼女たちはゴルドくんから離れなかった。
「うふふ。ゴルドちゃんが床にお座りしているから、ちょうどいい位置だわ。ゴルドちゃんのお顔、ぎゅーってしちゃう」
「……あの、マザー。修繕はまだ終わりませんか?」
「うん、まだまだよ。だからじっとじててね、ぎゅーっ」
「あの、マザー。鼻を塞がないでください」
「せっかくだからクンクンしてみて、ゴルドちゃん。バニラエッセンスみたいな匂いがするでしょ?」
「あっ、そっかぁ! そういえばゴルドっちってば犬だったんだよね! ならあーしのおっぱいも嗅いでみてよ! 桃みたいな匂いするっしょ!?」
「あ、あの、おふたりとも、そんなはしたないことを……」
「いーじゃんプリっち! プリっちのおっぱいってどんな匂いするん? せっかくだからゴルドっちに嗅いでもらったら?」
「ええっ!? そ、そんなっ!? バーニング・ラヴさんっ!?」
「あらあら、まあまあ。是非そうしましょう、プリムラちゃん! ママもお手伝いするわ。はい、ぎゅーっ!」
「えっ!? それにお姉ちゃんまで!? えっえっえっ!? えええっ!? ……あぁあぁあぁーーーっ!?!?」
ゴルドくんのまわりで、くんずほぐれつする3人の少女たち。
マザーとバーニング・ラヴによって両腕を握りしめられたプリムラは、着ぐるみに胸を押し当てて悶絶していた。
それを少し離れたところで、うらやましそうに眺めるひとりの少年。
彼の隣でクールに見守っていた、ミントカラーのローブの少女はつぶやいた。
「ふーん、エッチじゃん」
次回、いよいよゼピュロス政権に、亀裂が…!