131 もがれた翼
ファンの間でひと悶着あったものの、10人以上もの聖女と治癒術師により、勇者への一大治療が決行される。
ゼピュロスは治るまで顔は見られたくないと、どうしても壁からくっついて離れなかったので、施術は彼の背中ごしに行われた。
聖女の祈りというのは、同じ対象に捧げる場合は合唱することにより効果が増大する。
しかし彼女たちはゼピュロスにいいところを見せようと先走り、てんでバラバラ。
しかもゼピュロスは治癒の効果を受けるたびに、壁際で顔を隠したまま、何やらモソモソやっていた。
人前に出られるほどの美しさが戻るまで、都度手鏡で顔を確認していたのだ。
各人の思惑が幾重にも重なってしまったせいで、治療にはかなりの時間がかかってしまった。
しかしなにはともあれ、勇者ゼピュロスはいつもの美しさを取り戻す。
剥がれた皮膚は治ったし、潰れた鼻もなんとか元の形に戻る。
顔にこびりついていた血は拭き取ったし、崩れたメイクは鎧の胸部に仕込んであるメイクセットでなんとか元通りにする。
全滅状態だった歯は拾い集め、足りなかった分はスペアの歯で補った。
女たちは、勇者様の美しいお顔が、二度と見られぬ事になっているのではないかと心配していた。
しかしゼピュロスは、すでにいつもの自信を取り戻しつつあった。
――壁に叩きつけられた時は、どうなることかと思ったが、なんとかなったのさ。
こんな痛みと屈辱は、生まれて初めてなのさ。
それにしても普段から、まわりに見られないようにメイクする習慣をつけておいてよかったのさ。
アイドルでの経験が、こんな所で役に立つだなって思ってもみなかったのさ。
おかげでゼピュロスの醜態は、まわりのレディどころか、法玉にすら映っていないはず……!
しかしゴージャスマートのスタッフだけは、絶対に許せないのサ!
あれほど打ち合わせとリハーサルを重ねたはずなのに、この有様とはサァーッ!
ゼピュロスの機転とカリスマがなければ、今ごろは大変なことになっていたのサ!
この借りは帰ったら、ジェノサイドロアーにたっぷりと支払ってもらうのサァーッ!
シシシ!
ギャラを倍……いや、十倍にさせるのサァーッ!
今回のヤラセの証拠はいくらでもあるから、それをバラすと脅せば、ヤツは払わざるをえないのサァーッ……!
美しき者は金と力は持たないというが、ゼピュロスには力があるのサ!
義肢で底上げした、大いなる力がサァーッ!
となると後は、金だけサ!
金さえあれば、もはやこのゼピュロスは、完全無欠ッ!
さらにこのツアーで、ホーリードール家の聖女たちをも手に入れれば、絶対無敵ッ!
ライドボーイのトップ……。
『ライドボーイ・ロンギヌス』
『ライドボーイ・トリアイナ』
『ライドボーイ・アメノサカホコ』
『ライドボーイ・トリシューラ』
ヤツらを超えるのも、夢ではなくなるのサァーッ!
そうだ、ついでだからビッグバン・ラヴのふたりもハーレムに入れてやるのサ。
ちょうど、靴を舐めさせる係の女を取り替えようと、思っていたところなのサ。
シシシ!
野良犬よ、そこで見ているがいいサ!
お前が金で釣った女たちが這いつくばって、ゼピュロスの靴を舐めるところをサァーッ!
シシシ!
シーッシッシッシッシ!
……おっと、つい興奮してしまったのさ。
心の中で笑いすぎると、つい声に出して笑ってしまいそうになるのさ。
それだけは避けないといけないのさ。
「笑顔が気持ち悪い」と言って死んでいった、ママの死を無駄にしないためにも。
笑うにしても、すべての事がすんでからなのさ。
まずは、まわりにいる女どもを安心させないと。
これから先も、ゼピュロスに尽くさせるためにも。
女がゼピュロスのために身を削るのは、ブタが食肉になるのと同じくらい、当然のことなのさ。
さて、肝心の顔のほうは、何度も手鏡で確認したのさ。
1ミリたりとも狂いのない、完璧な美しさのゼピュロスを取り戻したのさ。
この美貌でいつもの笑顔を振りまいておけば、メスブタどもはイチコロなのサ!
また火でも水でも、喜んで飛び込むだろうサァーッ!
シシシシシ!
「……レディたち、心配いらないのさ」
彼はそう言いながら思案を打ち切り、芍薬の花のように優雅に立ち上がる。
「ゼピュロスの美しさは、永遠に不滅なのさ……!」
牡丹の花のように華やかに振り向き、そして、
「ほら、ネッ……!」
振り向きざまに、百合の花が開くような、必殺のゼピュロススマイルをかます。
彼は想像していた。
「キャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!! ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
という、いつもの鳴き声を。
肉を削がれているとも知らず、目をハートにしたメスブタどもの顔を。
しかし浴びせかけられたのは、
「ぶっ……ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!? ぜ、ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
驚きと笑いが入り交じったような、盛大なる吹き出し……!
その理由は、ゼピュロスにもすぐにわかった。
笑顔と同じタイミングで髪をかき上げようとしていたのだが、手応えがないことに。
「……はああっ!?」
と思わず、間抜け声をあげてしまうゼピュロス。
そしてようやく気付く。
邪神像のジャイアントスイングで、髪を引きちぎられてしまったことに……!
小さな手鏡では、自分の顔面ばかりを気にしていて、髪のことをすっかり忘れていたことに……!
ゼピュロス、まさかの、スッカスカ……!?
戦勇者ライドボーイ・ゼピュロスには、星の数ほどのチャームポイントがあった。
ビールのCMに出てきそうな、黄金の麦畑のような金髪もそのひとつである。
風に揺られて光沢なびく、黄金の翼のような、艶やかでしなやかな御髪。
それは誰もが羨み、せめて色だけでもと染髪する者が後を絶たないほど、憧れの的であった。
そしてそれはいついかなる時でも、変わらぬ美しさをたたえていた。
歌や踊りで乱れても、戦いで振り乱しても、さらりとかきあげるだけで、魔法のように元通り。
その仕草は『ゼピュロスポーズ』とも呼ばれ、真似する者が後を絶たないほど、憧れの象徴であった。
……だが、ないっ!?
今はそれが、ないのだ……!
忽然と……!?
いいや、必然とっ……!!
万年豊作といわれた、黄金の麦畑が……。
不死鳥のように、不変不滅といわれた、黄金の翼が……!
まるで村を襲った蛮族に荒らされたかのように、無残に刈り払われ……。
猟師から鉄砲で撃たれ、羽根をむしられたかのように、無慈悲に……!
地肌が見えるほどにボロボロで、スッカスカ……!
搾りカスのような不揃いの地毛が、申し訳程度に残っているだけ……!
それは、風でカツラがズレてしまった人のような、風でバーコードが剥がれてしまった人のような……。
反則級の笑いを、国じゅうに振りまきつつあった……!
次回、翼をもがれてしまったゼピュロスは…!?