130 崩れたトマト
「ひっ……ひいい!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
勇ましい者と書いて、「勇者」……。
それが何かの間違いであるかのような絶叫と、恐怖に歪んだ勇者の顔。
そしてそれが、この国じゅうの女たちの脳裏に、焼き付いた瞬間っ……!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
女たちは我が事のように、悲痛なる叫びをあげた。
なんと邪神像は勇者の髪の毛を掴んで、振り回し始めたのだっ……!
ヘアーハッグ・ジャイアントスイング……!
周囲にいた女たちは弾き飛ばされ、突き飛ばされ、なぎ倒されてしまった。
将棋倒しになってしまった彼女たちは、折り重なりながらもなんとか顔をあげる。
そして目にしたのは、なんとっ……!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
絶叫マシンから投げ出され、偶然に挟まった髪の毛だけで、辛うじて宙を舞っているような、哀れな勇者の姿であった……!
それはもはや、人が人に掛ける「技」と呼べるほどの、重々しさは微塵もなかった。
まるで人が、要らない物を扱うように、ぞんざいに……!
まるで機械が、力の加減なしに人を翻弄するように、無遠慮に……!
邪神像は、鎖つきの分銅を振り回すかのように、軽々と……!
頭上で勇者をブン回していたのだ……!
「ぜっ、ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
女たちはあまりのショッキングな光景に、恐怖と戸惑いが入り交じった悲鳴をあげてしまう。
近づきたくとも近づけない。助けようとも助けられない。
ただただおろおろと、見守るばかりの女たち。
なぜならば、こんな攻撃方法をするモンスターなど、初めて……!
身体を張って止めるのは、自殺行為に近い。
像を攻撃すれば止めることもできるかもしれないが、勇者まで巻き込んでしまうかもしれない。
どうすればいいのか、わからない……!
こんな状況、ベテラン冒険者であっても戸惑うであろう。
それはその場にいた者たちも、アリーナにいた者たちも、投影触媒の前にいる者たちも同じであった。
回転にあわせて、ただただ顔を回すばかり。
じゃらしを振られた猫のように、ひたすらに。
そしてついに、限界がやってきた。
……ブチッ……!
ゼピュロスの御髪の、限界が……!
異性すらもうらやむ、羨望のソレが……!
タライで一時は乱されたものの、すぐに元通りになった、美しさ不滅であるはずのソレが……!
……ブチブチブチィッ……!!
生皮ごと剥がされるような、嫌な音とともに……!
……ブッチィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
引きちぎられた……っ!!
そして勇者ゼピュロス、救急車のようなドップラー効果を残しつつ、
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
飛び立つ……っ!!
スポーンとすっぽ抜けるように、飛び去る勇者。
人間ロケットと化した彼の、行く末はもちろん……。
壁っ……!
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
ビッ……タァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
ゼピュロスの激突の瞬間。
それはカートゥーンアニメのような、見事な大の字であった。
まるでこの世から空気というものが無くなってしまったかのような沈黙が、勇者の周辺を、不死王の国を、ハールバリー全土を包んだ。
ずる、り……。
壁に叩きつけられて、ひしゃげたトマトがずり落ちるよう音だけが、ハッキリと聞こえていた。
ずずずずっ……。
壁は鮫肌のようで、崩れたトマトを荒くすりおろしていく。
腐ったような色の果肉と、果汁の跡を残しつつ、ソレは地面に落ち崩れる。
人々の目にとってそれは、もはやソレでしかなかった。
『勇者』などという、大層な言葉で言い飾られている存在ではなく、ただのソレ……。
腐ってしまい、鬱憤晴らしに投げつけるくらいにしか、使い道のないソレ……!
なおも静寂は続いていたが、ふと声が漏れ聞こえてくる。
「ごぼっ……! う、ううっ……! た、助け……!」
溺死寸前に発したような声。
それには辛うじて、麗しき人の面影が残っていた。
ソレはソレではなく、勇者だったんだと人々はハッとなる。
息を呑む声とともに、沈黙が打ち破られた。
「イヤァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!? ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
アリーナにいる観客たちは自制していたが、ゴージャスマートでこの模様を視聴していた客たちは、思わず投影触媒に突っ込んでいくほどの大騒ぎとなる。
ゼピュロスに同行していた女性陣は彼のまわりに集まって、最愛の人がダンプトラックに轢かれてしまったかのように泣き崩れていた。
「いやあああっ!? ゼピュロス様っ!? ゼピュロス様ぁ!?」
「死なないで、死なないでくださいっ!」
「ゼピュロス様が死んじゃったら、私たちも生きていけません!」
「私なんて、すぐに後を追います!」
「い、いい、から……早く、治癒、を……」
息も絶え絶えに言われ、女たちは我にかえった。
「そ、そうだ! ゼピュロス様に早く祈りを!」
「聖女たち、なにをボーッとしてるの! 早くしなさいよ! ゼピュロス様が死んじゃったらどうするの!?」
「あっ、あなた治癒術師じゃない!? 早くゼピュロス様に治癒魔法を!」
「わかったわ! 今すぐやるからそこをどいて!」
「ちょっと、そんなこと言ってゼピュロス様のお身体に触るつもりじゃないでしょうね!?」
「あんたみたいなファン歴の浅い下っ端が、ゼピュロス様に触るだなんて10年早いのよっ!」
「そんな!? 近づかないと治療できないのに!?」
「嘘ばっかり! やっぱりこの子、治療のドサクサに紛れてゼピュロス様に触るつもりなのね!」
「れ、レディたち、け、喧嘩はやめるのさ……触ってもいいから、は、早く、治療を……!」
死の淵にしがみついているような声に、女たちはまた我に返った。
次回、ゼピュロスは醜態をごまかしきれるのか…!?