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02 助けられた野良犬

 アントレアの街の(おさ)による挨拶は、判を押したようにいつもと同じ。

 生ぬるい風のようなそれを耳に受けながら、一秒でも早く終われと誰もが心の中で願っていた。


 ただひとりの、少女をのぞいて……。



 ……そしてついに、大勇者『ゴッドスマイル・ゴージャスティス』様は魔王を退けたのです。


 同行していた3人の下僕(しもべ)……ひとりの聖女と、ふたりの上級職はゴッドスマイル様とともに教科書にも載っておりますから、ここにいる方々もご存知のことでしょう。


 本来は尖兵(ポイントマン)もいたそうなのですが、名もなき下級職だったうえに、これといった貢献もしなかったそうなので、語り継がれてはおりません。

 その素性はおおかた、大勇者様の地位や名誉、そして財宝のおこぼれを狙っていた下賤の者だったのでしょうね。


 それはさておき……魔王退けたゴッドスマイル様は、我々にこうおっしゃいました。


 『戦うことに秀でた者だけが、勇者ではない』、と……!


 『創り、調和し、導く……それができる者たちもまた、勇者である』、と……!


 そしてゴッドスマイル様は、『新勇者体系』として、4つの勇者を定めたのです……!


 一、戦い、悪を退けることに秀でた、『(せん)勇者』!

 これは、太古から伝わる勇者の原型ですね!


 二、武器や道具を創ることに秀でた、『(そう)勇者』!

 悪を倒し、悪から身を守る武具を作る職人も、また勇者というわけです!


 三、武器や道具を広めることに秀でた、『調(ちょう)勇者』!

 ゴッドスマイル様が創設し、今や世界展開している冒険者のための店、『ゴージャスマート』……そこを担う者たちも、勇者と定められました!


 四、新たなる勇者を育てることに秀でた、『(どう)勇者』!

 ゴッドスマイル様は『勇者教育委員会』を設立され、多くの勇者が旅立てる環境を作りあげられました!


 この4つの勇者が力をあわせることで、世界はより平和となり、発展していくとゴッドスマイル様はお考えになったのです……!


 そして今や、(せん)(そう)調(ちょう)(どう)……4つの勇者たちは、この世界には欠かせない存在となっています!


 その礎があるからこそ、魔王や魔物たちがいるこの世界でも、我々人類は平和に、そして豊かに暮らしていけるのです……!


 ゴッドスマイル様が、『現代勇者の父』と呼ばれているゆえんは、ここにあります!


 ……さあっ! ゴッドスマイル様と、戦勇者の女神、キュルヴァリー様に祈りを!


 長きにわたってこのアントレアの街……いや、このルタンベスタ領……いやいや、このハールバリー小国を苦しめてきた魔の巣窟、『煉獄』にいまこそ、蓋をするために……!


 ……『女神の封印ディヴァイン・シーリング』を与えたまえ……!



 (おさ)が両手を広げると、山のような高さのふたつの石像が、高く掲げていた足を踏みおろした。



 ……ズゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーンッ!!



 地を揺らす轟音と、もうもうとあがる土煙。


 そこには戦いと壮健の神にして、戦勇者たちが信奉する、女神『キュルヴァリー』の神像。

 そしてすべての勇者の始祖といわれる御神(ごしん)勇者、ゴッドスマイル・ゴージャスティスの像が手を取り合っている勇姿があった。


 アントレアの街にほど近い『煉獄』の入り口は、女神と勇者の依代(よりしろ)によって、ついに塞がれてしまったのだ……!


 いままでは多くの見張りの兵士たちと、魔法による結界で、外に出ようとするモンスターをなんとか食い止めてきた。

 その苦しい戦いの日々も、ようやく終わりを告げる。


 穴から響く魔物の唸り声に、夜な夜な悩まされることも、これでなくなったのだ……!


 封印の式典に参列していた人々は「わあっ!」と歓声をあげ、抱き合って喜びを分かち合う。


 誰もが笑顔、誰もが喜びに満ちていた。


 ただひとりの、少女をのぞいて……。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 聖女の一族である、ホーリードール家。

 その次女である、『プリムラ・ホーリードール』は街のはずれにある、人気(ひとけ)のない土手の道を歩いていた。


 額のあたりで切りそろえられた前髪と、腰まで伸びた後ろ髪が、高原の風に吹かれる岩清水のように艷やかに揺れる。

 いまは憂いを帯びているものの、整った顔は嫌でも人目を惹いた。


 とりわけ、大きな瞳は小宇宙を内包しているかのように美しく、しかも喜びに満ちると星のようにキラキラと輝くのだ。

 その洗礼のような清らかな光を浴びたものは、誰もが彼女のために、すべてを投げうってもいい気持ちになるという。


 彼女はまだ幼かったが、持ち合わせたカリスマ性はさすがに聖女といったところ。

 ゆくゆくは『マザー』の称号を得るにふさわしい、人々に親しまれ、愛される少女であった。


 その聖女プリムラが、物騒なので近づいてはいけないと言われている河原に足を踏み入れたのは、ある理由があった。


 封印の式典を終えて、まっすぐに家に帰る気にはならなかったのと……誰もいないところで、ひとり泣きたかったからだ。


 川沿いに建ち並ぶ、ベニヤ板の家々を眺めながら歩いていると、ふと、道はずれの草むらに薄汚い男が倒れているのが目に入った。


 普通の人間であれば、ホームレスが行き倒れているのだろうと無視して通り過ぎるのだが、少女はそうはしなかった。


 なぜならば、彼女は職業としての聖女ではなく……真の意味での『聖女』であったのだ。


 プリムラは励ますように声をかけながら男に駆け寄る。



「……もし!? もし!? しっかりしてください! どこかお身体の具合でも悪いのですか!? それとも、お怪我をされているのですか!?」



 男にはハエがたかり、鼻が曲がるような()えた匂いを放っていたが、細腕で懸命に抱え起こす。

 辛うじて身に張り付いている衣服は、ホームレスですら捨てるであろうほどにボロボロで汚れていた。


 触れるだけで純白のローブはくすんでしまったが、少女は気にもとめていない。

 そんなことよりも……腐乱死体のようにゴロンと転がった男の顔を見て、ハッと息を飲んでいた。



「え……ええっ!? お……おじさま!? もしかして……ゴルドウルフのおじさまですか!?」



 「あ、ああ……」と力なく呻いた声音で、プリムラは確信する。


 頬はだいぶ痩せこけ、大きな傷まであるが間違いない。

 行き倒れの男は、彼女がこれから涙で追悼しようとしていた、おじさま……。


 『ゴルドウルフ・スラムドック』、その人であった……!



「しっかり! しっかりしてください! おじさま!? おじさま!?」



 揺さぶりながら呼びかけると、男の薄汚れた瞼が、震えながらゆっくりと開く。



「うっ……うう……?」



 深海から引っ張り上げられたばかりのような、茫洋とした灰色の瞳が現れた。



「あ、あなた……は……プリムラ……さん……?」



「そ……! そうです! プリムラです! わたしのことが、おわかりになるんですね!?」



「え、ええ……。お店にいつも、来てくれていましたから……忘れるわけが、ありません……」



 覚えていてくれたことは嬉しかったが、『店の常連だったから』という理由に一抹の寂しさを覚えるプリムラ。

 しかし今は、それどころではなかった。



「おじさまは、煉獄におられたはずでは……? あ、そんなことよりも、どこかお身体が悪いのですか!? でしたら、わたしの祈りを……!」



「い、いえ……か、身体は、なんともないのですが……お、お腹が……」



 オッサンは今生の別れのように声を振り絞って、聖女に空腹を訴えた。




 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 プリムラはちょうど、手付かずの弁当が詰まったバスケットを持っていた。

 朝、式典に出かけるときに姉がくれたものだ。


 昼食は家に戻ってから食べるつもりだったのだが、「途中で道に迷ったりしたら大変でしょう?」と半ば強引に持たされてしまった。


 ホーリードール家から『煉獄』までは目を閉じていても行けるのに……とプリムラは姉の過保護ぶりに呆れたものだが、今日という日だけは持っていて良かった、と神に……いや、姉に感謝する。


 三人前はあるその弁当を、ゴルドウルフはあっという間に平らげた。

 式典でもらった記念品のクッキーもあったので差し出すと、それも一瞬で消えてしまった。



「ああ……こんなに美味しい弁当を食べたのは、初めてだ……! ありがとうございます、プリムラさん……! あなたは命の恩人です……!」



 ホームレス同然のオッサンに、両手を握りしめられるプリムラ。

 同じ年頃の少女であれば顔をしかめるものだが、彼女は慈愛に満ちた笑顔を返す。



「おなかいっぱいになりましたか? うふふ、良かったです」



 それは多くの者に等しく与えられる、聖女の笑みではなかった。

 ほのかな恋心が込められた、乙女の微笑みだった。

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[良い点] 『あらしのよるに』 ・・・という物語がありまして。 その名の通り、嵐の夜に出会った狼と羊が、絆を深めていくという物語でして、要するに何が良いたいかと申しますと・・・。 黄金の狼と聖なる羊の…
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