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129 第二の裁き

 スクリーンには邪女神トラソルテオトルの像に抱きつく姿が、勇者は大きく、野良犬は小さく映し出されていた。

 どこで見ているのかはわからないが、ふたりの生贄の準備完了を確認した壁画の不死王は、高らかに宣言する。



『それでは、第二の裁きを始めるとしようぞ……! 取り決めは第一の裁きと同じ! 『不死王の国』の外にいる、1千人いるそなたらが、勇者と野良犬の運命を決めるのだ! 支持する人数が多いほど、その者に対しての裁きは軽くなると知れい! さあっ、審判の時は来たれり! 我が余興のために、動け! 動くのだ! フハハハハハハハハハハハハハハ!』



 リッチの高笑いとともに、ついに客席移動が解禁される。



「あ、危ないですから、その場から動かないでくださいね!」



 スタッフたちは苦肉の策として、観客にその場にとどまるよう呼びかけている。

 するとゼピュロスファンの間に、言い知れぬ不穏な空気が流れはじめた。



 デンデケデンデンデンデンデン! デンデケデンデンデンデンデン!



 ドラムを基調とした重苦しいBGMが、より一層不安を煽りたてる。



『よぉし、ではあと10秒で締め切りだ! ……10! 9! 8!』



 リッチのカウントダウンに、あたりの様子をチラチラと伺いはじめる観客たち。


 それは裏切り者を監視しているのか、はたまた仲間を探しているのか……。

 ともあれ、みなの気持ちがバラバラになってしまったかのように、誰もがそわそわしていた。



『心変わりをするなら、今のうちだぞぉ! ……7! 6! 5!』



 ゼピュロスのまわりにいた女たちは、心配のあまり彼にすがりついていた。

 かたや野良犬のほうは、女たちを近寄らせることすらしなかった。



「いけません。決して私に近づかず、離れたところで見ていてください」



 ぴしゃりとそう言われたマザーとプリムラとシャオマオは、「待て」を命令された犬のように、その場で動きを止める。


 それは、第一の裁きと同じような布陣であった。

 ゼピュロスは女性たちに囲まれながら、それとは真逆に、オッサンは女性たちと離れながら。


 どちらが本当に「まわりの者を心配している」かは、もはや明白であった。


 勇者はそのことに、気付いていなかった。

 もしかしたら野良犬は、気付いていたかもしれない。


 それが、「最後の一押し」となったことに……!



『さあっ! 善悪の彼岸は、もう間もなくだっ! さぁ祈れっ、そして唱和しろっ! ……4! 3! 2!』



「よん! さん! にぃ! いちっ! ……ぜろぉぉぉぉーーーっ……!!」



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!



 観客たちのカウントアップと同時に、またしても花火が打ちあげられる。

 しかしもう誰も、空を見上げることはない。


 そして……降り注ぐ爆音とともに、それは起こっていた。



「せーのっ、それーーーーーっ!!」



 白い産毛のようなローブをまとう集団が、悪戯っぽい歓声とともに、野良犬の看板のもとへと走り出していたのだ。


 それは群れからはぐれ、かりそめの集団に属していた雛鳥が、本来の群れを見つけたかのような光景であった。


 「ああっ!? 裏切り者ーっ!?」という罵倒もものともせず、仔犬たちに合流っ……!



「よく来たわね! わんわん騎士団は、勇気あるアンタたちの行動を讃え、歓迎するわ!」



「気に入ったのん。こっちに来て、マスコットを好きなだけナデナデしていいのん」



「ひゃあっ!? マスコットって私!? で、でもありがとうございますぅ! でもでも、どうして……?」



 移動してきたのは、聖女見習いの中学生たちだった。

 小さなグラスパリーンを撫でくりまわしながら、彼女たちはこう答える。



「最初の伝映を観たときは、大聖女様がスラムドッグマートを手伝っていたのは、ゴルドくんに脅迫されてたからだったんだ、って思ってて、移動するつもりは全然なかったんだけど……」



「でも地下迷宮(ダンジョン)の中でのゴルドくんの行動で、それは違うんじゃないか、って少しずつ思いはじめて……」



「だってゴルドくん、大聖女様だけじゃなくて、いっしょにいる女の子も助けたでしょう!?」



「命をかけて大聖女様を守るのはわかるけど、普通の女の子にも同じようにするなんて……。分け隔てせずに施すのは、まさに大聖女様の教えそのものじゃない!?」



「それとは逆に、ゼピュロス様は女の子助けられなかったでしょう?」



「偶然か故意かはわからないけど、なんだかそれでちょっと冷めちゃって……」



「でもそれでも、ゼピュロス様支持には変わりなかったんだけど、最後のゴルドくんの気遣いで、すっかりやられちゃった!」



「そうそう! 大聖女様たちを、裁きに巻き込まないようにしてたよね! あれ、キュンってきちゃった!」



「だから私たち、ゴルドくんを応援することにしたの!」



 わあっ! と歓喜の声に包まれる野良犬サイド。

 数としてはまだ微々たるものであったが、さながら勝者のような盛り上がりであった。


 かたや大軍勢であるはずの勇者サイドは、すでにお葬式ムード……!



『よぉし! 勇者の支持、1000名! 野良犬の支持、30名! それに見合った裁きを、それぞれに下すとするぞぉ! まずは、勇者からだぁ!』



 不死王のその言葉は、勇者の頭の中で何度も残響していた。

 さながらガン告知、さがら死刑判決のように……!


 ゼピュロスは確信していた。

 きっと、最初に離れていった3匹の女どもも、再び戻ってくるだろうと。


 しかし、実情は大いに違っていた。


 蓋を開けてみれば、大誤算……!

 最初に離れていった3人がプラスされるどころか、27名ものマイナス……!


 党員数ではいまだに大幅リードしており、大台割れこそ防げたものの……。

 党首ゼピュロスはこの結果に対し、すべてが真っ白になるほどのショックを受けていた。


 しかし彼にはその敗因を分析している余裕などなかった。

 突如として動き出した邪神像から、



 ……ガシィィィィィッ……!



 腰をしっかりと、抱きすくめられてしまったから……!



「ひっ!? やっ闇……と、虜にしちゅまったのさ! さっ、さぁ……わかったから離すのさっ!」



 引きつれた声とともに、カミカミの台詞を読み上げるゼピュロス。


 これ自体は、本来予定されていた事である。

 ゼピュロスは闇の女神ですら虜にしてしまい、裁きにかわりに抱擁を受ける……という筋書きであった。


 しかし嫌な予感がしていたので、ゼピュロスは早々に離れようとする。


 が、不可能(インポッシブル)……!


 両腕を突っ張ってみたが、ものすごい力でびくともしない。

 しかも背負っている槍ごと抑えられているので、武器(エモノ)を抜くこともできない。


 仮に抜槍できたとしても、この超至近距離では役に立たないだろう。

 しかし、それでもなんとか逃れようと、ゼピュロスはもがき続けた。



「うっ……!? ぐううっ! 離せ、離すのさっ!」



 ポカポカと拳で殴りつけ、身をよじらせる。

 まわりにいた女たちも手助けするが、ままならない。


 そしてついに、起こってしまった。


 台本にもなかった、出来事が……!


 トラソルテオトルの像は、剣を持つ右手だけでゼピュロスを押さえていた。

 フリーの左手には、石でできた生首を持っていたのだが、それをポイと投げ捨てると……。



 グワアッ……!



 次にこうなるのはお前だといわんばかりに、左手を振りかざし……!



 グワシィィィィィッ……!



 ゼピュロスの髪を、むんずと鷲づかみにしたのだ……!

最近、「展開が遅い」というご指摘を多く頂いております。

「…!」が多いというご指摘と同じく、私のクセのようです。


なので今回、1話分をまるまるカットして展開を早めてみました。

あんまり早くなったような印象はありませんが、ともかく少しずつ修正してまいりたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良くぞ決断してくれた見習い聖女たち・・・! 偉いぞ!!(涙) さあゼピュロスよう!! 真っ白になってる場合じゃないぜ? 覚悟しな!!(悪笑)
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