128 覚悟の時間
第二の裁きの部屋は、『不死王の国』全体でいうところの、東端に位置していた。
輝石によってライトアップされた不死王リッチの壁画は、血の海でバカンスを楽しんでいるという、不気味ながらもポップな絵柄。
そしてそれ以上に気味が悪かったのは、部屋の真ん中にぽつんとある、人型の彫像。
黒光りするそれはちょうど人間サイズで、右手は血のしたたる石剣を、左手には石の生首を掲げ、雄々しくも不気味に立っていた。
身体じゅうにはまるで聖衣のようにまとわりつく、無数の石蛇。
ひと目で邪神像でわかるほどの、禍々しいオーラ。
……この世界は女神ルナリリスをはじめとし、従属する4神が統治しているとされている。
しかしそれは人間だけ、いわゆる表の世界だけである。
モンスターがいる裏の世界では、邪神と呼ばれる神々が崇められているのだ。
闇の主神であり、モンスターたちの力の源である『クルンサクス』。
百害と混沌の女神、『トラソルテオトル』。
殺戮と疫病の女神、『パルヌゴルヌ』。
破壊と厄災の女神、『カオツルテクト』。
惑いと邪智の女神、『チャウチルトリク』。
方角としては東を司り、そして今まさにそこにあったのは、トラソルテオトルの像。
不死王リッチの、窓を叩く暴風のような声が轟きわたった。
『生命あるものよ! ここでもまた、我が余興の供となるがよい! いや、贄といったほうが正しいかもしれぬな……! フッフッフッフッフ……! ここでもそなたらの命運は、外にいる1千人の者どもに委ねられる……! そしてここから本格的に、裁きが下されることになるのだ……!』
言葉が終わると同時に、像の目が怪しく光り輝く。
『さぁ、勇者と野良犬よ! そこにおすわすトラソルテオトル様を、恐れおおくも抱くがいいい……! そして審判の時を待つのだ……!』
「わかりました」とスタスタと像に向かって歩いていくゴルドくん。
あまりのためらいのなさに、「ええっ!?」と仰天する女性陣。
「お、おじ……ゴルドくんっ!? 石像を抱くだなんて、あんまりですっ!?」
「へっ? あんまりって、それどういう意味? プリっち?」
「き……危険すぎるという意味で言ったのです! 普通の像ならともかく、邪神像だなんて! 罠があるに決まっています!」
「そうね、ゴルドくん! 行っちゃダメね! 行くなら、このシャオマオもいっしょに!」
「リッチちゃん!? ゴルドちゃんになにをするつもりなの!? ひどいことをしたら、ママ、許しませんよっ!?」
シャオマオとマザーは同時に駆け出そうとしたが、
『そこを動くでないっ!!』
と一喝されて、ふたりは串刺しにされたように動けなくなる。
『小童に大聖女よ! 我が余興の邪魔をすると、野良犬は即座に息絶えることとなるゆえ、拙劣な行いは控えることだ! そして痛ましき事になるかどうかは、外にいる者たち次第……! ならばせいぜい、祈りの準備でもしておくのが懸命であろう……! フッフッフッフッフ……!』
クッと唇を噛むシャオマオ。メッと上目遣いをするマザー。
かなり緊迫した状況であったが、ゴルドくんはとぼけた顔で振り返ると、緊張感のない声で言った。
「落ち着いてください、シャオマオさん、マザー。私はなにが起こっても大丈夫です。このツアーが終わるまでは、みなさんを残して先に死んだりはしません。ですから安心して、そこから動かずに見守っていてください。いいですね?」
マザーはまだなにか言いたげであったが、前回の裁きのこともあるので「はい……ゴルドちゃん……」と大人しく従う。
大聖女が引き下がっては、シャオマオならびに他の者も言うとおりにせざるをえない。
邪神の像は見るだけで呪われそうなほどに、不吉で不気味な造型をしていた。
しかしゴルドくんは、淀みない歩みで距離を詰めていく。
そのまま何ら臆することなく、像に両腕をまわして包み込むようにハグしていた。
その瞬間、誰かが「いいなぁ……」とか言ったとか言わなかったとか。
野良犬サイドは準備完了。
勇者サイドはというと……。
「……あの、ちょっといいかな」
問題の人物は、壁に向かって話しかけていた。
別に恐怖で頭がおかしくなったわけではない。
壁に埋め込まれている法玉、いわばカメラに向かって最後のアピールしているのだ。
「いま外にいるのは、このゼピュロスのために集まってくれたレディだというのは、間違いない事なのさ。でも、あらためて聞いておきたいのさ。みんなはこのゼピュロスを、愛しているよね?」
ゼピュロスがそう問いかけると、
「愛してまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーすっ!!!!」
という声が、打てば響くような速さで背後から返ってくる。
それでいつもなら満足そうにする彼であったが、この時ばかりは、にわかに不快そうな顔を浮かべて振り返った。
「ありがとう、レディたち。でも今はゼピュロスとともにいるレディたちではなく、外にいるレディたちに尋ねているのさ。少しの間だけ、静かにしてほしいのさ」
彼はふたたび法玉に向き直ると、
「こんな時だから、聞かせてほしいのさ……。ゼピュロスを、愛していると……!」
情熱的な言葉を、再び紡いだ。
そして今度は聞き逃さないように、壁にサッと耳をあてがう。
「……もちろん、愛してまぁぁぁぁぁ……す……」
水の中で聴いているかのような、くぐもった歓声が伝わってきた。
若干悪かった彼の顔色が、それで少しだけ元通りになる。
「いい子だね、子猫ちゃんたち……。だからもうこれ以上、ゼピュロスの元から離れてはいけないのさ。わかったね?」
パッチーンとウインクをキメた。
……要はこれ以上、支持者を減らしたくはなかったのだ。
本来であるならば、たとえ野良犬側への離反者が出ても、裁きは不発に終わり、
「何事もないとは……。どうやらこのゼピュロスは知らず知らずのうちに、闇の女神をも虜にしてしまったようなのさ」
などとのたまう予定であった。
しかし第一の裁きでは、何の手違いかはわからないが、モロに裁きをくらってしまった。
そしてその次に発動した坂道の罠では、予定されていたはずの魔磁石が仕掛けられていなかった。
もはやゴージャスマートのスタッフに対し、拭い去りがたい警戒心が芽生えてしまったゼピュロス。
少しでも気まぐれを起こす者を減らそうと、内心は必死のアピールであったのだ。
「……いいね? ゼピュロスの看板の前から、動いてはいけないよ? そしたらゼピュロスは、より一層、レディたちのことを愛してあげられるのさ。動いてはダメだよ、いいね? 気まぐれはもうナシにしよう、いいね? わかったね?」
勇者はまるで熱湯風呂を前にしたかのように、何度も何度も念押しをしてから……邪神像の元へと向かった。
次回、第二の審判が下される…!