127 懺悔する人々
ゴルドくんは、逆転ホームランを打ってベンチに戻ったヒーローのように、仲間たちからもみくちゃにされていた。
「あらあら、まあまあっ!? すごいわぁ、偉いわぁ、ゴルドちゃん! ママ、ぎゅーってしちゃう! ちゅーってしちゃう!」
「一時はどうなることかと……! 本当によかったです!」
「えぇぇぇぇぇーーーっ!? マジマジマジぃ!? マジゴルドくんって何者なん!?」
「ふぅーん、やるじゃん」
「これもマザーが与えてくれた、鉤爪のおかげです」
ゴルドウルフはいちおう、着ぐるみの立場に則って話をしていたのだが、生みの親であるマザーはあっさりネタばらしをする。
「うふふ、パインちゃんの『どうぶつずかん』を見ながら作ったんだけど、肉球を押すと爪が出るって書いてあったから、面白いと思って入れてみたの!」
「マザー、肉球を押すと爪が出るのは猫だよ」
「あらあら、まあまあ、そうなのブリちゃん? ママ、わんちゃんのページを見てたつもりだったんだけど……」
「まーまー、なんでもいいっしょ! それで助かったんだから、マザーのお手柄っしょ!」
「ママ偉い? ママお利口さん? うふふふ」
「お姉ちゃん、またそんなにくっついて……。おじ……ゴルドくんにご迷惑ですよ」
「いいじゃないプリムラちゃん。シャオマオちゃんだってずっとくっついてるんだし」
そこで一同の注意が、シャオマオに集まる。
彼はゴルドくんの胸に身体を預け、起毛を小さな手できゅっと掴んだままだった。
顔は風邪にかかったように熱っぽく、瞳はトロンととろけている。
「おーい、マオっち、どしたん?」
「お加減がよろしくありませんか? それでしたら、お祈りをさせていただいても……」
「ううん、たぶんシャオマオちゃんは、ゴル……ドちゃんのお胸が大好きになっちゃったのよ。ママとおんなじでね」
世間的な人気度でいえば、彼女のソレのほうが圧倒的なのだろうが……。
ともかくシャオマオは、オッサンの力強い言葉と意思、そして抱擁力にやられてしまったのだ。
そして、ここにもひとり。
「ゴルドくんのお胸でしたら、わたしも……あっ、い、いいえ! なんでもありませんっ!」
プリムラは独り言のようにつぶやいたあと、急にハッとなって、わたわたと取り繕う。
やにわに顔面をカァーッと赤熱させたあと、ロングヘアが水平にならんばかりの勢いで背中を向けてしまった。
「わたしは……わたしは、最低の人間です……」
そして壁にゴツゴツと頭をぶつけ、なぜか自己嫌悪に陥っていた。
その、ひとり芝居の理由はシャオマオにあった。
彼女は、心の中で自分自身を責める。
……シャオマオさんが危ない目に遭っているというのに、わたしは心の中で、おじさまの事ばかり心配してしまいました……!
割合でいうと、6:4くらいで……。
いえ、7:3でしょうか……。
いいえ……。
もっと言ってしまえば、8:2……!
人を気遣うことに、分け隔てをするだなんて……聖女として……。
いいえ、人間として失格です……!
それに……それだけならまだしも……。
わたしはシャオマオさんを、うらやましいと思ってしまった……!
おじさまに、「もう、離しませんよ……!」だなんて、おっしゃっていただけるなんて……!
わたしの日記にある、『おじさまにかけていただきたい言葉』の第3位を、おっしゃっていただけるなんて……!
私は思わず、お姉ちゃんのように、飛び出していってしまいそうになりました……!
ああっ、ルナリリス様。
わたしは、わたしは穢れています。
お姉ちゃんに、嫉妬し……。
グラスパリーン先生やシャルルンロットさんに、嫉妬し……。
ついには男の子であるシャオマオさんにまで、嫉妬するだなんて……!
こんな有様では、お母様やお姉ちゃんのような、立派なマザーになるのは、夢のまた夢……。
何事にもやさしく、おおらかな人柄……。
そしてあの、すべてを赦すような、美しい微笑み……。
身も心も汚れきった、このわたしとは大違いです……!
ああ、せめて、せめて……。
主よ……! ルナリリス様よ……。
このわたくしにも、お胸のお慈悲を、お与えくださいませんか……?
ほんの、ほんのひとときでも……!
壁に向かって祈りを捧げる、聖少女プリムラ。
まるでその願いが聞き届けられたかのように、背後に人影が覆った。
「あらあら、まあまあ、どうしちゃったのプリムラちゃん?」
「どうしたんプリっち、急にいじけちゃって? あっそうだ、元気になるおまじないしてあげよっか?」
「まあまあ、バーちゃん、それはどうやるの?」
「いつもはブリっちにやってあげるんだけどさ」
バーニング・ラヴは言うが早いがプリムラの身体を壁から引き剥がし、両腕をプリムラの後頭部に回すと、
「……えっ? バーニング・ラヴさんっ? えっ!? えっえっ!? ……むぎゅぅーっ!?」
はかなげな美少女の戸惑いを無視して、自慢のもんまりバストに強制連行……!
「こーやって、力いっぱいぎゅーってすんの! これ、ブリっちが教えてくれたんだけど、あーしのおっぱいって、桃みたいなニオイがして落ち着くんだって!」
「そんなこと、言ってないし」と遠くから素っ気ない声が飛んでくる。
マザーは素晴らしい名案を授けられたように、さっそく両手を拡げると、
「あらあら、まあまあ、ママのおっぱいも、お菓子作りに使うバニラエッセンスみたいなニオイがするって、パインちゃんから言われたことがあるわ。それじゃあママも、ぎゅーっ!」
「ぷはあっ、おっ、お姉ちゃんまでっ!? ……んむぎゅぅぅぅーーー!?」
ビッグ&超ビッグに挟まれて、波にさらわれていく人みたいに、じたばたともがくプリムラ。
そして、心の中だけで叫ぶ。
ああっ……!
主よ……! ルナリリス様よ……!
わたしが求めているものは、これではないのです……!
それとも……。
これは欲張りなわたしに対しての、天罰なのですかっ……!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そしてここにも、神に懺悔する者がいた。
地下迷宮の一室を、オペラの舞台のようにひとりで動き回りながら、彼は叫んでいた。
法玉が埋め込まれている場所だけを巡り、ベストショットでモニターに映りながら。
……ああ、ゼピュロスは、レディを救えなかったのさ……!
足を踏み外し、坂道を落ちてきたレディに、ゼピュロスはたしかに手を差し伸べたのに……。
ほんの少し、ほんの少しだけ、届かなかったのさ……!
だからゼピュロスは、彼女を救うため、穴に飛び込もうとした……!
だが、女神たちの見えざる手が、ゼピュロスの身体を押さえつけ、させなかったのさ……!
ああ、女神ルナリリスよ!
あなたの嫉妬で、ひとつの生命があなたの元へと召されてしまったのさ……!
本来ならば今すぐ生命を断って、追いかけるところだが、それもやらせぬというのだろう!?
ならばせめて、せめて彼女のために、このゼピュロス……!
心の中の墓標に、彼女の名を刻むのさ……!
永遠に、永遠に……!
これは、ついうっかり蹴落としてしまった失点を、補うためのひとり舞台であった。
それはジャンジャンバリバリやフォロワーたちの加勢もあって、なんとか観客たちの支持も持ち直す。
『ななっ、なんとぉ!? ゼピュロス様は足を踏み外した女の子を、自分の命もかえりみず、助けようとしていたんじゃんっ!!』
「そうよ! 私はわかっていたわ! ゼピュロス様がファンを見捨てるだなんて、ありえないもの!」
「そうそう! ゼピュロス様ほどファンを大切にする勇者様はいないの! だから私もファンなのよ!」
「野良犬が助けたのは小さな子供じゃない! でもゼピュロス様が助けようとしたのは大人の女性! やっぱり、勝負にもならないわ!」
「それにあの野良犬は、大聖女様が見ていなければ見捨てていたに違いないでしょうね!」
「きっとそうよ! でもゼピュロス様はそんなことはしないわ! たとえ誰が見ていなくても、お助けになっていたに違いないわ!」
「そんなゼピュロス様のお気持ちもわからないなんて、ファン失格よねぇ! でもそんな馬鹿な子は、この中にはいないわよねぇ?」
「当たり前じゃない! さぁ、みんなで一緒に、ゼピュロス様の素晴らしさを称えましょう! せぇーの!」
「キャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!! ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
勇者パーティと野良犬パーティを同時に襲った、奈落への罠……。
この一連のトラブルは図らずとも、両パーティにとっては観客たちへのアピールタイムとなった。
そして、ツアーを再開した一行の前に、またしても立ち塞がる。
不死王の描かれた、大いなる壁画が……!
次回、第二の審判を前に、両者は…!?