124 継続か中断か
勇者と野良犬、ふたつのパーティに立ちはだかった、不死王リッチが描かれた壁。
突然しゃべり出したそれは、『不死王の国』の外に詰めかけた観客たちを使い、その支持数によって両者に裁きを下した。
そして勇者には黄金の金ダライを、野良犬には身の丈の倍ほどもある石像を、彼らの頭上に降らせたのだ。
タライが脳天にガンギマリしたゼピュロス。
いつものウインクとは違うタイプの星が飛び出してしまった彼は、まずその初めての激痛に呻いた。
「ぐっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そして次に、自分の顔がどうなったのかを気にする。
しかし公に確認するわけにはいかなかった。
なぜならば彼は事あるごとに、こんなことをのたまわっていたから。
「えっ? そんなに美しいと、鏡に映った自分に見とれるのではないかって? いや、鏡には偶然映ることがあっても、自分からは見たことは一度もないのさ。いつだって美しい者には、必要のない行為だからね。考えてごらん、太陽や月が、鏡を気にしている姿を見たことはあるかい?」
なので彼は転げ回るドサクサを利用して、鎧の籠手に仕込んである手鏡で、自分の顔を確認した。
そこには、ひどい歯槽膿漏になってしまったかのように、口からダラダラ流血する自分が。
前歯をもっていかれて、欠けた櫛のように歯抜けになってしまった自分が……!
いつも当然のように備わっていた『美しさ』は、そこには微塵もなかった。
初めての屈辱に、さらに激しく呻く勇者様。
「んぐっ!? んぐっ!? ふぐぐっ!? ぐっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
彼は這いつくばったまま、どこかに飛んでいった差し歯を死に物狂いで集め、元通りにしようとする。
それは後ろ姿で、そして大写しこそ避けられたものの……。
ハールバリー全土にいる、彼のファンにあますことなく届いてしまった。
かわりに大写しになっていた野良犬はというと、金ダライの何倍もの重圧があろう石像を、たったひとりで受け止め……。
胸に抱いた大聖女を、しっかりと守り抜いていた。
それはさながら、ヒーローがヒロインを守り切った映画のワンシーンのよう。
観客のちびっこ三銃士は大盛り上がり。
そしてすかさず勇者サイドのファンたちに呼びかけはじめる。
「やった! やったやったやったぁ! さっすがゴル……ドくん! みんな見た!? アレがアタシたち『わんわん騎士団』のマスコットキャラクター、ゴルドくんよ! あんなネズミみたいな勇者とは格が違うのよ!」
「こっちに来るなら今のうちのん。ファンというのは年功型。歴が長いほど偉いとされるのん。手のひらを返すなら、お早めにどうぞのん」
「み、みなさんもいっしょに、こっちでゴルドくんを応援しましょ~!」
しかしこの勧誘は、手応えなく終わる。
元通りに復活して立ち上がったゼピュロスが、こんなことをのたまわったからだ。
「レディたち、大丈夫かい? タライを避けることは造作もなかったが、まわりにいたレディたちを守るため、このゼピュロスが受け止めてあげたのさ」
『わ、我が身を犠牲にしてパーティメンバーを守るだなんて、す、素晴らしいじゃんっ! ゼピュロス様、バンザイじゃんっ!』
ジャンジャンバリバリが悪いムードを消し去るようにステージの上で叫び回ると、声の大きい観客たちも乗っかった。
「そうよ! 私はわかっていたわ! ゼピュロス様はタライを見抜いていたけど、あえてよけずに受け止めたって!」
「そうそう! ゼピュロス様ほどファンを大切にする勇者様はいないの! だから私もファンなのよ!」
「野良犬が守ったのはひとりだけだったけど、ゼピュロス様が守ったのは30人! やっぱり、勝負にもならないわ!」
「それにあの野良犬は、相手が大聖女様じゃなければ見捨てていたに違いないでしょうね!」
「きっとそうよ! でもゼピュロス様はそんなことはしないわ! ああやって30人全員を守り抜いたのが、なによりの証拠よ!」
「そんなゼピュロス様のお気持ちもわからないなんて、ファン失格よねぇ! でもそんな馬鹿な子は、この中にはいないわよねぇ?」
「当たり前じゃない! さぁ、みんなで一緒に、ゼピュロス様の素晴らしさを称えましょう! せぇーの!」
「キャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!! ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ちなみに彼女らは、ファンのフリをして観客席に紛れ込んでいる、ゴージャスマートのスタッフたち。
ようは予期せぬトラブルがあった場合に、世論の暴動を抑え、元通りに誘導するための人員。
マイナスイメージというのは司会者やスタッフが取り繕うだけでは足りず、等身大のファンが声をあげるほうが、より効果的であるというのを見越しての配置である。
ゼピュロスが醜態を晒してしまったせいで、ファンの心はわずかに離れつつあった。
しかしスタッフ一丸となったフォローにより、ファンの忠誠は、再び強固なものに……!
「ああっ、素敵! 私たちみたいな普通のファンまで守ってくださるだなんて!」
「本当に、本当に最高っ! ゼピュロス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」
「私たちは一生、ゼピュロス様についていくことを誓いまぁぁぁぁぁぁーーーーーーすっ!」
再びゼピュロス一色になった観客席に、ホッと胸をなで下ろす関係者たち。
しかし彼らの心には、晴れようのない暗雲が立ちこめつつあった。
そして舞台裏は、すでにてんやわんや……!
「おいっ! 入口を塞いでいる鉄の壁を開けろ! 中にスタッフを送り込んで、ここから先の仕掛けを再チェックさせるんだ!」
「は、はい! でもさっきから仕掛けを作動させてるんですが、動かないんですっ!」
「なんでだよっ!? リハの時は何にも問題なかったじゃねぇか!」
「わかりませんっ! 突然仕掛けが故障したとかしか……!」
「しょうがねぇな! ちょっと時間はかかるが、避難誘導用の非常口を使え!」
「はい、すでに人を向かわせています!」
「……だ、ダメでしたぁ!」
「どうした!?」
「非常用の通路が落盤していて、通れなくなってます!」
「なんだとぉ!? 非常口は東西南北に四箇所あるはずだろ!?」
「そうなのですが、四箇所全部、落盤してました! 最終チェックの時には、どこも問題なかったのですが……!」
「くっそぉ! なんだってこんな時に落盤が起こるんだよっ!? 他に中に入る方法はねぇのか!?」
「はい、非常口がダメとなると、もう他には……!」
「ってことは……おいっ!? ゼピュロス様はマジで閉じ込められたって事じゃねーか!」
「そ、そうなります! あとの救出手段としては、鉄の壁を破壊するか、落盤を取り除くしか、方法が……!」
「それはどのくらいかかるんだ!?」
「二日もあれば、なんとか!」
「遅ぇよっ!? その前にツアーが終わっちまうだろうがよっ!?」
「はい、ですからジャンジャンバリバリ様に外から呼びかけてもらって、ゼピュロス様に、その場にとどまっていただくんです! 動かなければ、想定外の罠に引っかかることもありませんから!」
「そんなことしたら、イベントがメチャクチャになるじゃねぇーか!」
「でもゼピュロス様をお救いするには、それしか方法は……!」
「ううっ……! 本部におられるジェノサイドロアー様に、伝声で確認する! 俺はある程度の判断は任されているが、さすがにコレは独断でやるわけにはいかん!」
……そして大本営より下された決断は、
続・行……っ!
「ゼピュロスの救出は、その時点でイベントの失敗を意味する。しかし続行すれば成功の可能性は残る。どちらが最適かは、考えるまでもないだろう」
彼は、ためらうことはなかった。
すべては必要か、必要でないか、それだけであった。
必要があるからこそ、ニーズに合う商品を開発し、
必要があるからこそ、部下である店員たちを大切にし、
必要があるからこそ、父親を最果てに飛ばし、
必要があるからこそ、スラムドッグマートを潰す。
そして、必要があるからこそ……。
勇者の生命を天秤にかけ、非情ともいえる判断を下したのだ……!
「続行すると、ゼピュロスが危機に晒される? ふぅ……それは『成功』のために、考慮する必要があるモノなのか?」
いや……!
天秤にすら、かけていなかった……!
次回、さらなる罠が、襲いかかる…!