表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

234/806

124 継続か中断か

 勇者と野良犬、ふたつのパーティに立ちはだかった、不死王リッチが描かれた壁。


 突然しゃべり出したそれは、『不死王の国』の外に詰めかけた観客たちを使い、その支持数によって両者に裁きを下した。


 そして勇者には黄金の金ダライを、野良犬には身の丈の倍ほどもある石像を、彼らの頭上に降らせたのだ。


 タライが脳天にガンギマリしたゼピュロス。

 いつものウインクとは違うタイプの星が飛び出してしまった彼は、まずその初めての激痛に呻いた。



「ぐっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 そして次に、自分の顔がどうなったのかを気にする。

 しかし(おおやけ)に確認するわけにはいかなかった。


 なぜならば彼は事あるごとに、こんなことをのたまわっていたから。



「えっ? そんなに美しいと、鏡に映った自分に見とれるのではないかって? いや、鏡には偶然映ることがあっても、自分からは見たことは一度もないのさ。いつだって美しい者には、必要のない行為だからね。考えてごらん、太陽や月が、鏡を気にしている姿を見たことはあるかい?」



 なので彼は転げ回るドサクサを利用して、鎧の籠手(ガントレット)に仕込んである手鏡で、自分の顔を確認した。


 そこには、ひどい歯槽膿漏になってしまったかのように、口からダラダラ流血する自分が。

 前歯をもっていかれて、欠けた櫛のように歯抜けになってしまった自分が……!


 いつも当然のように備わっていた『美しさ』は、そこには微塵もなかった。

 初めての屈辱に、さらに激しく呻く勇者様。



「んぐっ!? んぐっ!? ふぐぐっ!? ぐっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 彼は這いつくばったまま、どこかに飛んでいった差し歯を死に物狂いで集め、元通りにしようとする。


 それは後ろ姿で、そして大写しこそ避けられたものの……。

 ハールバリー全土にいる、彼のファンにあますことなく届いてしまった。


 かわりに大写しになっていた野良犬はというと、金ダライの何倍もの重圧があろう石像を、たったひとりで受け止め……。

 胸に抱いた大聖女を、しっかりと守り抜いていた。


 それはさながら、ヒーローがヒロインを守り切った映画のワンシーンのよう。


 観客のちびっこ三銃士は大盛り上がり。

 そしてすかさず勇者サイドのファンたちに呼びかけはじめる。



「やった! やったやったやったぁ! さっすがゴル……ドくん! みんな見た!? アレがアタシたち『わんわん騎士団』のマスコットキャラクター、ゴルドくんよ! あんなネズミみたいな勇者とは格が違うのよ!」



「こっちに来るなら今のうちのん。ファンというのは年功型。歴が長いほど偉いとされるのん。手のひらを返すなら、お早めにどうぞのん」



「み、みなさんもいっしょに、こっちでゴルドくんを応援しましょ~!」



 しかしこの勧誘は、手応えなく終わる。

 元通りに復活して立ち上がったゼピュロスが、こんなことをのたまわったからだ。



「レディたち、大丈夫かい? タライを避けることは造作もなかったが、まわりにいたレディたちを守るため、このゼピュロスが受け止めてあげたのさ」



『わ、我が身を犠牲にしてパーティメンバーを守るだなんて、す、素晴らしいじゃんっ! ゼピュロス様、バンザイじゃんっ!』



 ジャンジャンバリバリが悪いムードを消し去るようにステージの上で叫び回ると、声の大きい観客たちも乗っかった。



「そうよ! 私はわかっていたわ! ゼピュロス様はタライを見抜いていたけど、あえてよけずに受け止めたって!」



「そうそう! ゼピュロス様ほどファンを大切にする勇者様はいないの! だから私もファンなのよ!」



「野良犬が守ったのはひとりだけだったけど、ゼピュロス様が守ったのは30人! やっぱり、勝負にもならないわ!」



「それにあの野良犬は、相手が大聖女様じゃなければ見捨てていたに違いないでしょうね!」



「きっとそうよ! でもゼピュロス様はそんなことはしないわ! ああやって30人全員を守り抜いたのが、なによりの証拠よ!」



「そんなゼピュロス様のお気持ちもわからないなんて、ファン失格よねぇ! でもそんな馬鹿な子は、この中にはいないわよねぇ?」



「当たり前じゃない! さぁ、みんなで一緒に、ゼピュロス様の素晴らしさを称えましょう! せぇーの!」



「キャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!! ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 ちなみに彼女らは、ファンのフリをして観客席に紛れ込んでいる、ゴージャスマートのスタッフたち。


 ようは予期せぬトラブルがあった場合に、世論の暴動を抑え、元通りに誘導するための人員。


 マイナスイメージというのは司会者やスタッフが取り繕うだけでは足りず、等身大のファンが声をあげるほうが、より効果的であるというのを見越しての配置である。


 ゼピュロスが醜態を晒してしまったせいで、ファンの心はわずかに離れつつあった。

 しかしスタッフ一丸となったフォローにより、ファンの忠誠は、再び強固なものに……!



「ああっ、素敵! 私たちみたいな普通のファンまで守ってくださるだなんて!」



「本当に、本当に最高っ! ゼピュロス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」



「私たちは一生、ゼピュロス様についていくことを誓いまぁぁぁぁぁぁーーーーーーすっ!」



 再びゼピュロス一色になった観客席に、ホッと胸をなで下ろす関係者たち。


 しかし彼らの心には、晴れようのない暗雲が立ちこめつつあった。


 そして舞台裏は、すでにてんやわんや……!



「おいっ! 入口を塞いでいる鉄の壁を開けろ! 中にスタッフを送り込んで、ここから先の仕掛けを再チェックさせるんだ!」



「は、はい! でもさっきから仕掛けを作動させてるんですが、動かないんですっ!」



「なんでだよっ!? リハの時は何にも問題なかったじゃねぇか!」



「わかりませんっ! 突然仕掛けが故障したとかしか……!」



「しょうがねぇな! ちょっと時間はかかるが、避難誘導用の非常口を使え!」



「はい、すでに人を向かわせています!」



「……だ、ダメでしたぁ!」



「どうした!?」



「非常用の通路が落盤していて、通れなくなってます!」



「なんだとぉ!? 非常口は東西南北に四箇所あるはずだろ!?」



「そうなのですが、四箇所全部、落盤してました! 最終チェックの時には、どこも問題なかったのですが……!」



「くっそぉ! なんだってこんな時に落盤が起こるんだよっ!? 他に中に入る方法はねぇのか!?」



「はい、非常口がダメとなると、もう他には……!」



「ってことは……おいっ!? ゼピュロス様はマジで閉じ込められたって事じゃねーか!」



「そ、そうなります! あとの救出手段としては、鉄の壁を破壊するか、落盤を取り除くしか、方法が……!」



「それはどのくらいかかるんだ!?」



「二日もあれば、なんとか!」



「遅ぇよっ!? その前にツアーが終わっちまうだろうがよっ!?」



「はい、ですからジャンジャンバリバリ様に外から呼びかけてもらって、ゼピュロス様に、その場にとどまっていただくんです! 動かなければ、想定外の罠に引っかかることもありませんから!」



「そんなことしたら、イベントがメチャクチャになるじゃねぇーか!」



「でもゼピュロス様をお救いするには、それしか方法は……!」



「ううっ……! 本部におられるジェノサイドロアー様に、伝声で確認する! 俺はある程度の判断は任されているが、さすがにコレは独断でやるわけにはいかん!」



 ……そして大本営より下された決断は、



 続・行(ゴー・ア・ヘッド)……っ!



「ゼピュロスの救出は、その時点でイベントの失敗を意味する。しかし続行すれば成功の可能性は残る。どちらが最適かは、考えるまでもないだろう」



 彼は(●●)、ためらうことはなかった。

 すべては必要か、必要でないか、それだけであった。


 必要があるからこそ、ニーズに合う商品を開発し、


 必要があるからこそ、部下である店員たちを大切にし、


 必要があるからこそ、父親を最果てに飛ばし、


 必要があるからこそ、スラムドッグマートを潰す。


 そして、必要があるからこそ……。

 勇者の生命を天秤にかけ、非情ともいえる判断を下したのだ……!



「続行すると、ゼピュロスが危機に晒される? ふぅ……それは『成功』のために、考慮する必要があるモノなのか?」



 いや……!

 天秤にすら、かけていなかった……!

次回、さらなる罠が、襲いかかる…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ・・・相変わらずドライなロアー君・・・(汗) でも理由はどうあれ、部下を大事にし、ニーズに答えている点は良いんじゃないでしょうか? 勇者一族から離れて、オッサンのように自分の派閥を作れば、…
[一言] ロアー!良いぞ!そのまま◯せ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ