表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

232/806

122 第一の裁き

『なななっ、なんとぉ!? 不死王の国を支配しているというアンデッドモンスター、リッチがいきなり現れたじゃんっ!? これにはさすがのジャンジャンバリバリも、寿命が縮みそうじゃんっ!?』



『我が国の外で、拡声魔法による騒音をまき散らしているのは貴様か! 勇者と野良犬の命が惜しければ、我が余興の助勢をせい!』



『くっ……! 野良犬は別にどうなってもいいじゃん! でもゼピュロス様の身になにかあっては、この世界の半分の人間を悲しませることになるじゃん! 言いなりになるしかないじゃん!』



 自称リッチと、司会進行のジャンジャンバリバリが尺を稼いでいる最中、アリーナの観客席では大勢のスタッフたちが働き蟻のように動き回っていた。


 客席のまわりを囲んでいたロープが外され、巨大な看板が2枚、左右に分かれる形で運び込まれる。


 右側の看板は、耽美なるゼピュロスのイラストで、その足元はちょうど白バラの花園。

 左側の看板は、邪悪なる野良犬のイラストで、その足元はちょうどゴミ捨て場になっている。


 準備完了を確認したジャンジャンバリバリは、ステージ上を走り回って観客に説明をはじめた。



『勇者チームと野良犬チーム、助けてほしい方の看板に移動するじゃん! ゼピュロス様を助けたいレディは、右側に移動するじゃん!』



 そもそも希望者はゼロだと思っているのか、左側の説明は省略された。

 そして、すかさずリッチの補足が入る。



『1千人いるそなたらが、勇者と野良犬の運命を決めるのだ! 移動した人数が多いほど、その者に対しての裁きは軽くなると知れい! まぁ、ないとは思うが、ここにいる全員の支持を得ることができたら、得たほうの裁きは無しにしてやろう!』



 ちなみに観客はピッタリ1千人ではない。

 コネでのねじ込みもあったので、数は1千人を少しオーバーしている。



『さあっ! 我が余興のために、動け! 動くのだ! フハハハハハハハハハハハハハハ!』



「では、移動を始めてください! 時間はありますから、ゆっくり、押さないで!」



 リッチの高笑いと、スタッフの誘導を合図に、動き始める観客たち。

 まるで訓練ではない避難をするような、真剣な面持ちで。



 デンデケデンデンデンデンデン! デンデケデンデンデンデンデン!



 ドラムを基調とした重苦しいBGMが、より一層緊張を煽る。


 それが規定ルートであるかのように、1千人もの女性たちは右側にうねった。

 そして、まるでそこが出火場所であるかのように、センターラインより左側には誰も近寄ろうとはしなかった。


 ……当然といえば当然である。

 なにせ彼女たちはゼピュロスを応援するために、こんな山奥まで来ているのだ。


 それに野良犬サイドはゴミ捨て場なので、衛生的にも近寄りたくないという気持ちがあるのだろう。



『よぉし、ではあと10秒で締め切りだ! ……10! 9! 8!』



 リッチのカウントダウンにも、ピクリともしない観客たち。

 みなの気持ちが一つになっているかのように、誰も動かない。



『心変わりをするなら、今のうちだぞぉ! ……7! 6! 5!』



 誰も心変わりなど、するはずがない。

 なぜならば、美しく優雅で善良な勇者と、醜く貧相で邪悪な野良犬……。


 そもそも土台からして、勝負になどなっていないからだ。


 地下迷宮(ダンジョン)内部では、外からの声だけが漏れ聞こえてくる。

 得票数がわからないので不安がる女性陣たちに向かって、男たちはこ言った。



「人の心は移ろいやすいものさ。でも、この世にひとつだけ変わらないものがある。それはこのゼピュロスの美しさと、ゼピュロスを想うレディたちの気持ちさ」



「落ち着いてください。何があっても騒がないことです。その場から動いてはいけませんよ」



 ゼピュロスは女性たちに囲まれながら、それとは真逆に、オッサンは女性たちと離れながら。


 ふたりとも、知っていたのだ。


 ゼピュロスは、自分が無罪になるということを。

 オッサンは、裁きは自分を優先して狙ってくるだろうということを。



『さあっ! 善悪の彼岸は、もう間もなくだっ! さぁ祈れっ、そして唱和しろっ! ……4! 3! 2!』



「よん! さん! にぃ! いちっ! ……ぜろぉぉぉぉーーーっ……!!」



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!



 観客たちのカウントアップと同時に、花火が打ちあげられ、青空に爆音が振りまかれた。

 その場にいた全員が、天を仰いでいる。



『……命運は決したっ! さぁ、数えよ! 罪の重さを! 己の人望のなさを! そして裁きの重さに、現世(うつしよ)で歩んできた愚かなる道を、後悔するがよいっ!』



『もう、数えるまでもないじゃん! レディたちは全員、ゼピュロス様のほうに……って、ええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーっ!?!?』



 視線を客席に戻したジャンジャンバリバリは、素でひっくり返っていた。


 いままでは荒れ野同然だった、不毛なるその地に……。

 何者かが、降り立っていたからだ……!


 それは、野良犬のマスクを被った、幼き少女たち……!

 マスクの横から飛び出た金髪のツインテールに、マスクに乗せた赤ずきん、マスクの上からメガネ……!


 そう、他ならぬ、『わんわん騎士団』……!

 彼女たちはゴルドウルフらと分断されたあと、密かに観客席に紛れ込んでいたのだ……!



「なによ、そんなにびっくりして! アタシたちは締め切られる寸前にコッチに移動したのよ!」



「このツイストポテト、団員1号の髪の毛みたいのん」



「って、人の頭にポテトくっつけんじゃないわよっ、団員2号! しかもそれ、ゴミ捨て場にあったやつでしょうが!?」



「これでいつハゲても安心のん」



「アンタの毛をむしってあげましょうか!?」



「ああっ、こんなにいっぱい食べ物が……もったいないですぅ~!」



「って、今はそんなのどうでもいいでしょうが、団員3号! それよりもいくわよっ、せぇーのっ!」



「「「……わんわん騎士団は、野良犬を支持するっ!!」」」



 わーわーと、シュプレヒコールをあげる子供たち。

 勇者サイドにいる1千人以上の女性たちから睨まれても、ひるむことなく。



『よぉし! 勇者の支持、1027名! 野良犬の支持、3名! それに見合った裁きを、それぞれに下すとするぞぉ! まずは、勇者からだぁ!』



「イヤァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!?!? ゼピュロス様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ゼピュロスに、ひっしと抱きつく女性陣。

 すがりつく女たちの頭を撫でているゼピュロスは、なおも余裕たっぷりであった。



「きっとこのゼピュロスを困らせようと、3匹の子猫ちゃんがイタズラをしたんだね。でも大丈夫、ゼピュロスには幸運の女神がついているのさ。美しき者が散ることなど、決して……」



 その刹那、誰もが目にしていた。


 勇者の天辺。

 豊穣なる黄金の丘のような、美しき御髪(みぐし)をたたえるその場所に。


 天蓋のような、黄金の金ダライが、降り注ぐ瞬間を……!



 ……ドッ!! グワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 それは、かっこいい決め台詞の真っ最中。

 顔をアップで捉えられていたのが、彼にとっての何よりもの奇禍(きか)であった。


 美しかった顔は潰されたように歪み、肩にめり込まんばかりに沈む。


 しかし目玉だけは飛び出さんばかりに見開かれ、ぎょろりとした血走りのカメラ目線。

 まるで天使の正体が悪魔だと判明した時のような、恐ろしい形相であった。


 しかも、邪悪なうえにカッコ良い様でもなかったのが、不幸中の不幸。


 続けざまに、ポップコーンのように弾け飛んでいく、白い差し歯。

 残った歯によって、噛み切られた舌から、ピュッと血が飛び出る。


 スクリーン全面に映し出されていた、その間抜けな顔は、さながら三流悪魔……!

 しかもインプのような、いいとこナシの雑魚悪魔のよう……!


 それはほんの一瞬の出来事であったが、このハールバリー小国に住む多くの女性たちの脳裏に、確かに焼き付けられていた。

とりあえず、軽いジャブからスタートです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ