121 待ち構えていたモノ
ツアー開始早々、出口を塞がれてしまったふたつのパーティ。
アリーナの観客たちは騒然となる。
付き従っていた30人の女性たちは、ゼピュロスが残していく香りに夢見心地になって後に続いていたのだが、急に絶望に突き落とされたかのように真っ青になった。
誰もが鉄の壁に張り付いてドンドンと叩き、助けを呼び求める。
しかしゼピュロスだけはその場から動こうとはしなかった。
どこからか取り出した薔薇に、そっと唇を寄せると、
「落ち着くのさ、レディたち。こう考えてはどうだい? 外部からの邪魔は、これでなくなったと……。いまゼピュロスが愛でている、この薔薇と同じようになれるとね」
「ぜっ……ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」
たったの一言で、一気に30人の従者たちのハートを……いや、それどころかアリーナの1千人を……。
いやいや、各地のゴージャスマートで視聴している、何10万という女性たちのハートを、わし掴みにしたのだ……!
「すごい! すごすぎます、ゼピュロス様っ!」
「どうしてそんなに落ち着いていられるのですかっ!?」
その答えは『何度もリハーサルしたから』なのだが、
「ゼピュロスのハートは、こんな鉄の塊ではびくともしないのさ。絶大な権力でも、非道なる暴力でも……。ましてや金や宝石などでもないのさ。唯一、動かすことができるのは……そう、君たちレディだけなのさ……!」
示し合わせたように寄ったカメラに、星の出るようなウインクをキメるゼピュロス。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
掴みは、オッケー!
かたや野良犬サイドはというと、
「ああん、怖いでちゅねぇ! ママがついてまちゅよー!」
と、言いながらゴルドくんの着ぐるみにひっしとハグする大聖女。
不安そうに着ぐるみの端をつまみながら、鉄の壁を見上げるプリムラ。
「へぇぇぇーーっ!? ちょ、マジぃ!? マジで出られなくなくない!?」
「これ、ヤバいんじゃ……」
「た……大変なことになってしまったね!」
壁を蹴ったり叩いたりしているビッグバン・ラヴとシャオマオ。
ゼピュロスと同じく、その場を一歩も動かずにゴルドくんは言った。
変声魔法のかかった、調子外れの声で。
「とりあえず、先に進みましょう。この『不死王の国』には他にも出口がありますから」
「ちょ、ゴルドっちってば、なんでそんなに落ち着いてられるん!?」
「ふーん、クールじゃん」
ちなみにビッグバン・ラヴのふたりは、スラムドッグマートのイメージキャラクター就任の際に、ゴルドウルフと挨拶を交わした。
だがそれっきりだったので、これがギャルとオッサンの初絡みであるといえる。
しかし、彼女たちは気付いていない。
着ぐるみの中身が、ゴルドウルフであることに……。
ゴルドくんの中身は、トップシークレットという事になっている。
スーツアクターの中の人は、夢を壊さないためにも極秘であるべき、という精神に則っての配慮。
この国の全土に放映されるのであれば、なおさらのことであった。
それどころかこの事実は、スラムドッグマートで働くほとんどの者たちも、そしてジェノサイドロアーやゼピュロスなどの、ゴージャスマート関係者ですらも知らない。
気付くよしもないだろう。
スラムドッグマートは個人商店とはいえ、国じゅうに展開している一大チェーン店。
そのトップに立つ人間が、率先して着ぐるみに入るなど、到底考えられないことだからだ。
「こんな時にも落ち着いてるだなんて、さすがはゴルちゃ……ゴルドちゃんねぇ」
その言い直しにどれほどの効果があるのかはわからないが、あの大聖女ですら秘密を守ってくれている。
「いい子のゴルドちゃんは、ママがなでなでしてあげまちゅ。すりすりしてあげまちゅ。ぎゅーってしてあげまちゅ。チューしてあげまちゅ~っ!」
いや、むしろ彼女は知らないフリをすることで、着ぐるみごしとはいえゴルドウルフの身体を好き放題に触り倒すことのできる自由を謳歌していた。
いつもであれば抱きつく寸前に肩を掴まれて阻止されるのだが、抱きつかれてなんぼの着ぐるみがそれをするわけにはいかないのを知っていたのだ。
もはやどちらが犬かわからないようなビジュアル。
オッサンは、ひとつにならんばかりに身体にめりこんでくる大聖女を、申し訳程度に撫で返しながら……みなにこう言った。
「私はここに何度か来たことがありますので、ある程度の構造は知っています。とはいえ、だいぶ改築されているようですが……。とりあえず先へ進みましょう。私が尖兵として先導しますので、みなさんは少し離れてついてきてください。光源はじゅうぶんにあるようですが、足元に気を付けて」
鉄の壁が降りて、外からの光は遮断されてしまった。
しかし壁のかがり火や天井の輝石によって、地下迷宮内は昼間のように明るい。
勇者の活躍を、野良犬の失態を、しっかりと撮影して世に送り出すためであろう。
ゼピュロスとゴルドくんはほぼ同時に、女性陣を引き連れて再び進み始めた。
ちなみにではあるが、勇者が先陣を切って進むというのは珍しい。
野外でのモンスター狩猟ならともかく、地下迷宮探索ともなると、尖兵を先頭に立たせて警戒しながら進むのが普通だからだ。
しかしゼピュロスはリハーサルを重ねているので構造は熟知しており、瞼を閉じていても先に進むことができる。
その余裕たっぷりな様は、さらに視聴者のハートをくすぐった。
「危険な場所におられるというのに、あんなに堂々と、しかもあんなに優雅に歩かれるだなんて!」
「素敵っ! まるでファッションショーを見ているみたい!」
「ゼピュロス様にかかれば、地下迷宮もキャットウォークでしかないのね!」
「見て見て! それに比べて、あの野良犬の歩き方ったら!」
「なんかへんな棒みたいなので床を叩きながら進んでるわね!」
「あんなにビクビクしちゃって……! 本物の野良犬みたい!」
両者の探索スピードと評価は対象的であった。
しかしながらジェノサイドロアーが計算して設定したルートは、両者を同時にある場所へとたどり着かせた。
それは、大きな袋小路の部屋であった。
行き止まりかと思われたが、どこからともなく突然、
『……待ていっ!!』
落雷のような声が、ごうと轟いた。
ビクッ!? と子供のように身体を縮こませる女性陣。
男ふたりは微動だにせず、壁を見上げている。
そこには、深紅のマントをはおった黄金の骸骨の姿が、壁一面を使って描かれていた。
『ここは、「不死王の国」……! そして我が名は、不死王リッチ……! またの名をバルルミンテ……! 死者のみ存在が許されるこの地で、生あるそなたらが何とする……!? この先に進みたければ、我が裁きを受けよ……!』
悲鳴飛び交うのもかまわず、声は続けた。
『今日は何故かは知らぬが、外に大勢の人間がおるようだな……! ならばその者たちに、そなたらの命運を委ねてみるとしようぞ……! 「不死王の国」の外に集いし、女人どもに告ぐ……! いまからそなたらは、勇者と野良犬……どちらを裁くべきか、判断を下すのだ……!』
「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
観客たちの驚愕は冷たい隙間風のように突き刺さり、地下迷宮内にいる者たちにまで届いていた。
次回、いよいよ最初のざまぁです!