120 墓穴へ
ゴージャスマートの、『不死王の国ツアー』における狙いは明白であった。
一方的に巻き込んだスラムドッグマートを、悪者側に仕立て上げ……。
女性たちの憧れである大聖女と、ビッグバン・ラヴを危機に晒させ、その様を公開すれば……。
スラムドッグマートの評判は、地の底に落ちるっ……!
さらに、ゴージャスマートのイメージキャラクターであるライドボーイ・ゼピュロスに、彼女たちを救い出させれば……。
スラムドッグマートの評判は、落ちるどころか粉々に……!
そう。
彼らが企てていたのは、デパートの屋上でありそうな、安っぽいヒーローショーだけではなかったのだ。
まさに、劇場版……!
ライドボーイ・ゼピュロスが、いつもの倍以上の数の戦闘員たちを蹴散らし……!
怪人じみた野良犬は、いつもの十倍の爆発で、吹っ飛び……!
そして最後には、救出したヒロインたちと、とっかえひっかえ熱いキス……!
大・団・円……!!
ちなみに、『不死王の国』で行方不明になったライドボーイたちの救出をメインとしたシナリオも考えられたのだが、それはジェノサイドロアー、ゼピュロス両者が没にした。
ジェノサイドロアーが没にした理由は、行方不明になったライドボーイたちをいまさら助けても、誰も喜ばないだろうということ。
もはや彼らは『あの人は今』レベルで忘れ去られているので、助けたところで視聴者は「誰?」と首を傾げてしまうだろう。
それならば、今をときめく大聖女とカリスマモデルを救出するほうが、よほど劇的であると判断されたのだ。
そしてゼピュロスが没にした理由は、
「生死もわからぬメンズに思いを馳せるくらいなら、死んだ豚に愛ささやきかけるほうがマシさ。そのほうが美味しくなるだろうからね」
ようは、モチベーションの問題であった。
とにもかくにもシナリオは決定され、それにまつわる演出も固まっていく。
ジェノサイドロアーはプロジェクトの効果を最大限にするため、まだ研究途上で一部にしか採用されていない、伝映魔法による国内中継を採用。
今までは新聞の真写のみだった表現に、リアルタイム中継という過去に例をみないメディアを用いたのだ。
これにはゴージャスマートの力だけでは実現できなかったので、王国と新聞各社の協力が必要不可欠であった。
ゴージャスマート各店に配置する、映像投影用の石盤は数が少なく、各新聞社から借りる必要があった。
特設アリーナにある巨大スクリーンに至っては国内には存在しなかったので、大臣のツテで大国から取り寄せる。
そしてハールバリー全土に、魔法による映像を行き渡らせるとなると、相当な数の術者も必要となった。
当然、巨額の金が動く。
やがてプロジェクトは、ハールバリーのゴージャスマートにとって史上最大規模のものへと膨れ上がっていった。
しかしジェノサイドロアーは一切ためらわない。
成功すれば、スラムドッグマートとの女性向けブランド合戦が決着するばかりか、相手を完全に叩き潰せるからだ。
だからこそ、準備には万全を期した。
舞台となる『不死王の国』の設計図を取り寄せ、中継カメラに相当する法玉を埋め込むついでに、罠を制御できるよう改築を指示。
しかし作業する場所が場所だけあって、モンスターからの妨害もあったのだが、施設や作業員への被害はゼロであった。
完成後に何度も行われたリハーサルも、滞りなく終わる。
ジェノサイドロアー、デイクロウラー、ライドボーイゼピュロス……。
この三者の有能さが遺憾なく発揮されたこのプロジェクトは、完璧であった。
まさに細工は流々、仕上げを御覧じろ……といったところか。
そしていよいよツアー当日を迎え、スラムドッグマートはまんまとやってきたのだ。
わざわざ、悪の怪人風の着ぐるみを着て、お姫様を連れて……。
彼らはこれから、レールの上を爆走する、死のトロッコに乗せられるとも知らず……!
嗚呼……!
彼らは、いまだ知らずにいる……!
狼の遠吠えに、追い立てられていることに……!
『不死王の国』という場所に迷い込み、そこが墓場とも知らず……。
穴をただひたすらに、掘り続けていることに……。
深い、深い穴をっ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ライドボーイ・ゼピュロスは、丘のてっぺんにある神殿風の入口から。
後ろに30人の女性ファンたちを従えながら。
ゴルドウルフは、丘のふもとにある地下迷宮風の入口から。
同じく30人の女性をエスコートしながら。
その内訳はリインカーネーション、ビッグバン・ラヴ、シャオマオ。
マネージャーとしてプリムラ、そしてわんわん騎士団と、クーララカを含む護衛集団。
正確には男性2名、女性28名のメンツではあったが……。
ともかくこの、勇者とオッサンという対象的なふたつのパーティは、同日、同時刻に『不死王の国』へと入国する。
そしてその模様は、大画面にゼピュロス、ワイプにオッサンが映し出され、この国じゅうに放映されていた。
『さあっ、勇者と野良犬、善と悪、美と醜……! ふたつの権化がついに、地下迷宮へと足を踏み入れたじゃーんっ!!』
ジャンジャンバリバリの、やかましい実況つきで。
……ズドォォォォォォォォォォォォーーーーーーーンッ!!
それを遮るかのように、巨大なシャッターが落ちたような轟音が鳴り渡る。
両者のカメラは振動とともに揺れながら、ふたつの入口を映した。
『あああああーーーっ!? 地下迷宮に入ったとたん、両者の後ろに、デカイ鉄の壁が降りてきたじゃぁーんっ!? これでもう、出口は塞がれてしまったじゃぁーんっ!?』
「ええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
信じられないような悲鳴をあげる観客たち。
『しかも、スラムドッグパーティのほうは、後続の護衛たちと分断されてしまったじゃぁーんっ!!』
それは、さっそくの仕掛けであった。
オッサン側は、リインカーネーション、ビッグバン・ラヴ、シャオマオ、プリムラ。
叩いた音すら届かない、分厚い鉄壁の向こうには、わんわん騎士団とクーララカや護衛たち。
『スラムドッグマートはいきなり、24名も脱落してしまったじゃぁぁぁーーーんっ!!』
テーレッテレー! とおちょくるような効果音が奏でられた。
同時にステージの背後から、壁のようなものがせり上がってくる。
スコアボードのようなそれには、こうなることがわかっていたかのように、
勇者様チーム のこり31名
野良犬チーム のこり06名
現状のパーティ人数が、デカデカと……!
これはもちろんゴージャスマートからの罠。
野良犬の無能さを引き出すための、最初の仕込みであった。
入口で取り残されてしまった護衛は、リインカーネーション専属。
大聖女が聖務を行う際には、ボディガードとして必ず付き添う者たちである。
そしてメンバー全員、手練れの女騎士としても名高い精鋭集団であった。
しかし彼女たちがいては、せっかく仕込んだ妨害を阻止されてしまう可能性がある。
ならば早期に分断することを画策したのだ。
大聖女を守るのを、ふざけた格好の尖兵だけにしてしまえば、やりたい放題。
その無能さを、これから待ち受ける罠で、これでもかと強調することができるのだ……!
野良犬、ジ・エンドっ……!!
……と、思い込んでいるのは、穴を深く掘りすぎて、もはや自力では脱出できなくなった者たちだけであった。
ざまぁ開始まで、あと2回…!