01 捨てられた駄犬
「ゴーッ! ジャスティース!!」
パーティの尖兵を勤めていたオッサンは、そんな掛け声とともに尻を蹴飛ばされてしまった。
「うわあっ!?」
バランスを崩し、覗き込んでいたゲートの中に転がり入ってしまう。
……ズドォォォォォォーーーーーンッンッ!!
直後、背後を揺らす重苦しい重低音と、光を奪われる感覚に、オッサンは分断されてしまったことを直感する。
急いで立ち上がると案の定、さっきまで開いていたゲートには巨大な石門が降りていた。
わずかに開いた覗き窓の向こうには、同行していたパーティメンバーが刑吏のように覗き込んでいる。
まるでこれから死刑が執行される囚人を、眺めるかのような目で……!
オッサンは、わずかな光を求めてそこに駆け寄った。
「クリムゾンティーガーさん! いきなり何をするんですか!?」
いつもは温厚なオッサンも、さすがに声を荒げる。
なにせここは地下迷宮の最下層である、地下100階。
しかも近隣にある王国も含め、すべてのモンスターの巣窟を勘案しても、特出した高難易度を誇っている危険な場所なのだ。
モンスターだけでなく、天使や悪魔などの天魔族までもが存在し、覇権をめぐって終わりなき争いを繰り広げるこの場所のことを、人々は『煉獄』と呼んで恐れていた。
そんな地上でも、天国でも地獄でもない場所で、オッサンはパーティと分断されてしまったのだ……!
「こんな危険な場所で、ふざけて蹴ったりして……あぶないじゃないですか!?」
鬼気迫るオッサンに、クリムゾンティーガーと呼ばれた若者は悪びれる様子もなく肩をすくめた。
オッサンより二回り以上も若そうな、ツンツン赤髪のチャラ男である。
いかにも『戦勇者』といった白銀の鎧に、己の顔を映してヘアスタイルをチェックしている。
彼はチラとだけ横目をやると、
「あぁん? 悪ぃねオッサン。えーっと、なんつったっけなぁ? 毎日いっしょに冒険してたのに、名前覚えてねぇや。ミグレアにリンシラ、覚えてっか?」
するとパーティメンバーである、うら若き乙女コンビもそろって首を振り返す。
「そういやウチらもずっと『オッサン』って呼んでたから、本名知らねーや」
と、魔女の帽子とローブを身にまとうギャル少女、ミグレアが答えた。
「えっ、『オッさん』という名前ではなかったのですか? それはそれは失礼いたしました」
ぜんぜん申し訳なさそうでない、白きローブをまとう清楚な少女。彼女がリンシラである。
ふと、ふたりの間に別の男が割って入った。
サラサラの青髪に、『調勇者』独特の貴族のような格好。
顔のつくりとチャラさは赤髪の青年とそっくりだが、この中で彼だけは冒険者ではないようだった。
「えー? 仕事終わりにウチの店から連れ出して、ずーっとこき使ってたクセに、名前すら呼んであげてなかったのー? あーあ、オッサン、かわいそー! キャハッ!」
馴れ馴れしく少女たちの肩に腕を回すどころか、手のひらで胸まで撫でさすっている。
「べつに気にすることなくね? どーせここでバイバイなんっしょ?」
「そうですね。もう会うことのないオッサンの名前なんて、どうでもいいことですね」
ケラケラと笑う少女たち。
オッサンはわけがわからず、覗き窓に顔をめり込ませながら叫んだ。
「これは、どういうことなのですか!? 店長!? ダイヤモンドリッチネル店長!?」
ダイヤモンドリッチネルと呼ばれた青髪の青年は、コホン、と咳払いをひとつすると、初めてオッサンの名前を呼んだ。
「んじゃ、発表しまーす! ゴルドウルフ・スラムドッグくーん! 実をいうと、これはぜんぶ予定されてたことなんだよねぇ。この『煉獄』の最下層で、君にお別れを言おうと思ってたんだよねぇ! キャハッ!」
笑いをこらえるようなダイヤモンドリッチネルの腕から、聖女リンシラが奪われる。
クリムゾンティーガーが俺にもよこせとばかりに抱き寄せ、白いローブごしの膨らみを無遠慮に揉みはじめた。
「あーん、簡単にいうと、クビだよクビ! 何十年か知らんけど勤めてた店も、この俺のパーティも、どちらもお払い箱ってわけ!」
赤髪のクリムゾンティーガーと、青髪のダイヤモンドリッチネル……ふたりは双子のようにそっくりな顔で、腕の中にいる少女の胸を弄びながら……オッサンに半笑いの言葉を浴びせかける。
「キャハッ! ゴルドウルフくん、君、陰でなんて呼ばれてたか知ってる? 『駄犬』だよ、『駄犬』!」
「あーん、そうそう! たいして役に立たねぇだけなら『駄犬』ですむんだけどさぁ、冒険中にあーしろこーしろ言われてマジでウザかったんだよなぁ!」
「いくらゴルドウルフくんが前の店長だからって、新店長の俺にまで指図するなんてさぁ、いいかげんプッツーンってきちゃったんだよねぇ! キャハハハハハハ!」
そしてハモる。
「「だからさ、俺らで話し合って、捨てちまおうってコトになったんだよなー(ねー)!」」
「そ、そんな……!? ゴッドスマイルさんはなんて言ってるんですか!?」
すがるようなオッサンの言葉に、双子の顔が金剛力士像のように歪んだ。
ビキビキビキィッ! と額に稲妻のような青筋が走る。
「……あぁん!? テメ、いまなんっつた!? 我が『ゴージャスティス』一族の首領にして、いま最も神に近いお方……御神勇者のゴッドスマイル様を、テメーみてぇなクソザコが、気安く呼ぶんじゃねぇよっ!?」
「ごっ、ゴッドスマイルさんがあなた方ふたりのお父様というのは知っています! でも私はかつて、ゴッドスマイルさんのパーティメンバーだったんですよ!? 魔王も一緒に倒したし、店……『ゴージャスマート』の立ち上げメンバーでもあるんです! それなのに、こんな仕打ちはあんまりだ……!」
すると、黄色のない信号みたいな青年たちは、お互い顔を見合わせたあと……わかってねぇなぁ、みたいな呆れ顔をつくった。
「……あぁん? あのさぁ、実をいうと、『駄犬』って言いはじめたのも俺たちじゃないんだぜぇ?」
「キャハッ! そうそう、俺たちのお父様にして、いま最も神に近いお方……ゴッドスマイル様がおっしゃってたんだねぇ~!」
「そ、そんな……!? 嘘でしょう!?」
「あぁーん? 嘘じゃねぇーって、マジでウザそうに言ってたぜ。ゴルドウルフのヤツをパーティから切りたくて、冒険中に何度も見捨てたことがあるんだけど、どこに置き去りにしても絶対に帰ってくるって」
「キャハハハハハ! そうそう、まるで飼い主から捨てられたのがわからねぇ『駄犬』みたいに、バカみてぇにシッポを振りながら帰ってきて、マジウゼぇって言ってたねぇ!」
「あぁん。だからさ、俺たちがゴッドスマイル様に提案したんだ。この『煉獄』の最下層に置き去りにしたらどうかって!」
「ここはヤバすぎるモンスターがウヨウヨいるけど、昇降機を使えば最下層まであっという間じゃん? だからいちばん下で置き去りにして、昇降機を引き上げちゃえば……! キャハッ!」
「はぁーん! ヤベェモンスターがウヨウヨいる中、このクッソ広いフロアを100階分も歩いて戻らなくちゃいけないってワケ! そんなん、ザコいオッサンにはぜってー無理だよなー!」
「そ、そん……な……!」
立っているのもやっとなほどに打ちひしがれるオッサンに、さらなる追い打ちがかかる。
「あ、長年勤めてくれた『ゴージャスマート』のことは心配しなくていいよ! 実を言うと俺、捨て犬に成功したら店長から支部長に、そしてすぐに方面部長にしてくれるって、ゴッドスマイル様が……キャハッ! キャハハハハッ!」
満面の営業スマイルで手を広げる、ダイヤモンドリッチネル店長。
もはやその表情は、若くして本部長になった者の尊大さを醸し出しつつある。
「あーん、それと、仕事終わりに付き合ってくれたクエストのほうも、心配いらねーよ! オッサンみたいな老犬じゃなくて、フレッシュな尖兵が見つかったんだ!」
双子が手を広げ、示した先に……人影が立っていた。
丸い頭のシルエットは、ニューカマーのようにスポットライトの下に歩み出る。
明るみになった坊主頭の青年に、オッサンは死ぬ間際の老犬のような情けない唸りをあげた。
「……あああっ!? あなたは、アルバイトのアルさんっ!?」
『ゴージャスマート』では田舎のタヌキのように、純朴な赤ら顔でニコニコしている彼だったが、今は企みが成功した都会のキツネのように、糸目でニヤニヤと笑っていた。
「うっす、ゴルドウルフさん。ゴルドウルフさんのあとは、このアル・ボンコスが引き継ぐっす。『ゴージャスマート』の新店長として、勇者パーティの尖兵として……!」
パチパチパチパチパチ!
そして巻き起こる、4つの拍手。
オッサンの時とは比べ物にならないほど歓迎され、アル少年は後ろ頭をボリボリと掻いて照れている。
……かつてのパーティメンバーだった、戦勇者クリムゾンティーガー、それに付き従う大魔導女ミグレア、聖女リンシラ。
かつての上司であった、調勇者ダイヤモンドリッチネル、それに付き従う新店長のアル。
5つの顔が一斉に、動物の檻を見るかのように、オッサンのほうを向いた。
「さて、ゴルドウルフ・スラムドッグ君! ゴッドスマイル様と、その息子である俺たち……ゴージャスティス一族に何代にもわたって仕えてくれて、ご苦労さん! でもマジ役立たずだから、これにてポイ捨て~! キャハハハハッ!」
「うぇーいっ! おめっとー! ゴルドウルフ・スラムドッグくん! これでキミは晴れて、『駄犬』から『野良犬』になったってわけだ!」
「あとのことは若き勇者様たちと、ミグレアちゃんとリンシラちゃん、そしてこのアルにまかせて、安心して野良犬になってくださいっす!」
「こんな魔物だらけの所、野良犬がマトモに生きてけるワケないじゃん。ってかさぁ、アル、アンタ下級職のクセして、なんで上級職のウチらにちゃん付けなワケ?」
……冒険者のヒエラルキーは、最上位に戦勇者が君臨している。
その下に上級職である大魔導師や騎士が位置している。ちなみに聖女は職業ではないが、上級職の扱いとなる。
最下位は戦士、盗賊、魔法使い、僧侶などの下級職。
この世界に数多に存在する、十把一絡げの冒険者というやつだ。
「そんなことよりも私、お腹がすきました。それにこんな暗くてじめじめして臭いところ、早くおいとましたいです」
「ははぁーん! よぉーし! じゃ、オッサンのお別れパーティだ! 街でパーッと行くかぁ!」
「キャハハハハッ! さんせーいっ! んじゃ、今日はオールね! ミグレアちゃんとリンシラちゃんと遊ぶのも久しぶりだし、ハッスルしちゃおっかな!」
「あんっ、こんな所で腰振らないでください、ダイヤモンドリッチネル様! それに言葉遣いがなんか、オッサンくさーい!」
「うふふ、きっとどこかのオッサンの菌が、感染ってしまったんでしょうね」
「はぁーんっ!? それマジヤバいって! 俺にも伝染るとヤベぇから、さっさと行こうぜ!」
肩を抱き合って昇降機へと戻る、ふた組の勇者カップルと、そのまわりでヘコヘコと媚びへつらうひとりの少年。
ゴンドラの上に乗ってから、ふと思い出したかのように、そして最後の別れを告げるように、ふたりの勇者が声を張り上げた。
「あっ……そうそう野良犬クン! 知ってるとは思うけど、この『煉獄』、ヤバ過ぎて誰も手が付けられなくなったから、封印されることになったのは知ってるよね!? ちなみにそれ、来月だからね! キャハハハハッ!」
「あぁーん、そーそー! あとさぁ、これも知ってるかもしんないけど……お前が今いる檻の中って、野良犬用のケージじゃなくって……ボスフロアだからな!」
「……はっ!?」
それまで言葉を失っていたオッサンは、弾かれたように背後の暗闇を見やる。
そこには……この世のものとは思えない、地獄の底から響くような唸り声。
そしてマグマの裂け目のように光る、6つの瞳が宙に浮いていた。
星のように、見上げるほどの高さで瞬く眼光。
全容どころか、それだけしか見えていなかったが……オッサンにはボスが何者なのかがすぐにわかった。
「け……ケルベロス……!?」
地上最強といわれるレッドドラゴンですら、ひと噛みで喰い殺すという三ツ首の獣……!
魔界にしか存在しないはずの獣も、この『煉獄』では普通に闊歩しているのだ……!
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
地獄の番犬の咆哮と、野良犬の断末魔が、折り重なるようして響き渡る。
勇者一行はゴトゴトと上昇していきながら、足元から奏でられ続ける絶妙なハーモニーを味わっていた。
「……はぁーっ、マジスッキリじゃね?」
その表情は、魔王を討伐した直後のように、実に晴れやかだった。
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