119 茶番も出花
3面のスクリーンを支配していたのは、待ちに待った勇者の美貌ではなかった。
眼は血走り、鼻息は荒く、口のまわりは血だらけ……!
空腹に狂うあまり、人を襲ってしまった野良犬のような、不気味な顔面……!
「キャアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!?!?」
悲鳴に包まれる場内を、さらなる恐怖が上書きする。
『ハァ、ハァ、ハァ……! 貴様ら、なぜ、スラムドッグマートに来ない……!? 殺してやる……! スラムドッグマートに来ないヤツらは、みんなみんな殺してやるっ……!』
犯行声明のようなメッセージのあと、
ドドドドドッ……!!
野良犬マスクの男たちが、ステージの上になだれ込んできた。
全員、世紀末のようなファッションで、手には安物の棍棒やナイフを手にしている。
居合わせたジャンジャンバリバリは、大げさに腰を抜かしながら叫んだ。
『あっ!? あっ!? あっ!? ああっ!? あああーーーっ!? この被りものは、見たことあるじゃんっ! そうだ、スラムドッグマートじゃん! スラムドッグマートの刺客が、このイベントをメチャクチャにしようと、乗り込んできたんじゃあーーーーーーんっ!?』
「イャアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!?!?」
打てば響くようなリアクションを返す観客たち。
茶番は続く。
『そうじゃん! 今日はスラムドッグマートも、この『不死王の国』でツアーを行う日だったんじゃん!』
『その通りよ! 我々はお前たちのツアーをメチャクチャにして、ゴージャスマートの評判をズタズタにしてやるつもりで来たんだ! さぁ、我らのスラムドッグマートに買い物に来ると誓え! でないと順番に殺してしまうぞぉ!』
『たっ、大変じゃん! こ……こんな時は……! そうだ、ゼピュロス様じゃん! みんな! ゼピュロス様に助けを呼ぶじゃん! せぇーのっ!』
「ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
『ダメじゃん! もっともっと元気を出すじゃん! ゼピュロス様は、みんなの声援がエネルギーになるんじゃん! もっともっと大きな声でっ! せぇーのっ!』
「ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
デロデロデロデロデロデロデロデデーーーーーーーーーーーーーーン!!
重厚なるピアノの旋律が、ステージから客席へ駆け抜けていく。
そして、どこからともなく声が……!
『……愚者は己の愚かさに気付かない。それと同じように、醜き者は、己の醜悪さに気付かない……!』
ドォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!
アリーナの四方八方から、爆音とともに花びらが噴出する。
ステージ前では、ひときわ大きな花の嵐が巻き起こっており、その中にはシルエットが……!
『だからこそ、金や力にすがり、罪を重ねる……! そう、すべての罪は、醜さなのさ……!』
『だ……誰だっ!?』
野良犬が叫ぶと同時に、スクリーンはそのシルエットをアップで捉えた。
『罪を憎まず、醜さを憎む……! ライドボーイ・ゼピュロス、ここに降臨なのさっ……!』
「キャアアアアアアアアアッ!!!! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
咲き誇るようなポーズを取りながら現れたゼピュロス。
観客たちの興奮は、一気に最高潮に達する。
『愚かなる野良犬たちよ、よく聞くがいい。レディたちのハートを惹き寄せるのは、力でも、金でもない……! そう、美しさ……! 美しさがすべてなのさ……!』
『そんなわけあるかっ! 金と力で手に入らないものは何もないんだ! おいっ、野郎ども、ゼピュロスをやっちまえ! そうすれば、ゴージャスマートはおしまいだ!』
『やはり愚者は、己の愚かさに気付かない……! 醜き者は、醜く散らすしかないのか……! ちょうどいい。このスペシャルアリーナ限定販売の「キッシングブレード」で、醜いメンズたちが散りゆく様に、ツマほどの彩りを添えてあげるのさ……!』
ゼピュロスが構えを取った瞬間、ステージの隅にいたジャンジャンバリバリが、合いの手を入れるように叫んだ。
『ゼピュロス様が来てくださったじゃん! それでは例のヤツを、みんな一緒に! ……せぇーのっ!』
「美しき者は美しく咲き、醜き者は醜く散るっ!!!!!!」
観客たちは息ピッタリに、ゼピュロスの決め台詞を天に轟かせる。
そして戦闘開始。
『このっ、死ねぇーっ!』
『うわーっ! やられた!』
その様は学芸会のようだったが、観客たちは大喜び。
「キャアアアッ!! 素敵っ!! ゼピュロスさまーっ!!」
『くそっ、負けるか! おりゃー!』
『な、なんて強さだぁーっ!?』
「やれやれ! やっちゃえーっ! 醜い野良犬を、やっつけろーっ!!」
『だ、だめだぁ、全然勝てない!』
『スラムドッグマートの武器が、まるで歯が立たないだなんてぇーっ!?』
キリキリと舞いながら、ステージに残った最後の野良犬がハケていく。
『こうなったら、最後の手段だぁーっ!』
ダミ声とともに、切り替わるスクリーン。
そこには、『不死王の国』の丘のふもとにある、もうひとつの入口にたどり着いたゴルドウルフたちの姿が映っていた。
彼らが馬車を降りるなり、カメラのような木箱を担いだゴージャスマートのスタッフたちが突撃。
護衛の者たちごと取り囲んで、もみくちゃにする。
まずは「あらあら、まあまあ」といった表情で驚くリインカーネーションを捉えた。
『いやあっ! 助けてゼピュロス様! スラムドッグマートが、私たちを地下迷宮に連れ去ろうとしているの!』
次に、うざったそうにするビッグバン・ラヴのふたり。
『ずっと、無理矢理言うことを聞かされてたの……! でも、もう用済みだって……!』
『このままじゃ、大聖女様も私たちも殺されちゃう! 助けてゼピュロス様!』
まるで画と音が合っていない、ひどいアフレコであった。
しかし観客たちは悲痛な叫びをあげ、ブーイングを送る。
最後に、とぼけた顔の着ぐるみがアップになると、
『商売でも、力ずくでも勝てないとなれば……! この女たちを利用してやる……! グフフフ……! ライドボーイ・ゼピュロスよ……! ひとあし先に地下迷宮で、待っているぞ……!』
モンスターが人語を喋っているかのような、悪意でコテコテに装飾された気持ちの悪い声が、会場中にこだました。
次回、不死王の国へ…!
そしてざまぁ開始まで、あと少しです!