118 不死王の国ツアー
『マザー&ビッグバン・ラヴと行く、不死王の国』キャンペーンの特賞である、不死王の国ツアー。
当日はスラムドッグマートのハールバリー1号店において、記念式典が行われた。
リインカーネーションとビッグバン・ラヴ、そして当選者であるシャオマオ、それに着ぐるみのゴルドくんを加えたトークショー。
本来はゴルドくんは、顔だけを覆う被り物だけ着用して登壇する予定であった。
声はそのままだと渋すぎるので、変声魔法のかかったマスクを口に着用したのだが……。
ごつごつした傷だらけの五体はそのままなので、顔以外は明らかなるオッサン……。
しかもそれがカートゥーンのような甲高い声で語りかけてくるので、想像以上の強烈キャラになってしまったのだ。
ちょうどその場に居合わせた、わんわん騎士団曰く、
「暇つぶしに子供を殺してそうね」
「闇が深すぎるのん。深淵レベルのん」
「ひいぃ、こわいぃぃぃ~!!」
とさんざんな評価だったので、急遽マザーの手によって着ぐるみが作られることになった。
しかしこれはオッサンにとっては、計算外のことであった。
なぜならば彼は、尖兵を務めるときは極力薄着を心がけているからだ。
地下迷宮を先行して、後続のパーティを罠やモンスターの奇襲から守る尖兵にとって、環境の変化を感じ取ることは何よりも重要なことである。
わずかに肌に感じる隙間風から、隠し通路を。
わずかな残り香を嗅ぎ、毒ガスや爆発の罠を。
わずかなノイズを聴きわけ、水のある場所を探り当てる。
そして踏みしめる足裏の感触で地形の変化を。
肌を通して伝わってくる気温の変化で、今どのあたりにいるかを判別する。
さらには全身で感じる殺気でモンスターの存在を。
わずかな気流の乱れだけで、迫り来る不意打ちの刃を感じとらなくてはならないのだ。
分厚い着ぐるみなどを身につけてしまったら、それらの大半が封じられてしまうことになる。
オッサンは着ぐるみ製作者であるマザーに、いくつかの注文をつけた。
「手のひらと足の裏の生地は薄くしておいてください。そして鼻の穴は大きく開けて、後ろの首筋のところにも少しだけ隙間を開けておいてください」
そうして出来上がったのは、『なりきりゴルドくん スペシャルバージョン』。
この特別な着ぐるみには、いくつかの秘密の機能が盛り込まれているのだが、それはおいおい明らかになるであろう。
とにもかくにもその着ぐるみのおかげで、当日は観客をドン引きさせずにすんだ。
つつがなく式典を終えた一行は、大勢の従業員と常連客たちに見送られて、商隊のように複数台の馬車を連ねて出発した。
本来のメインターゲットであるはずの女性客の姿は、その場にはほとんどいない。
無理もないだろう。
今日はゴージャスマートでも、同じ不死王の国ツアーが行われている。
その模様が全店でライブ中継されるとあって、女性客はみんなそっちに取られてしまったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『不死王の国』は、古代の神殿のように高台の上にある。
近くに街や村のない山奥にあるので、普段であれば人気はほとんどない。
たまに、命知らずの勇者パーティの姿が見られるくらいである。
しかし今日は野外のライブコンサートのごとくの盛況ぶりであった。
なにせ1千人ものゼピュロスファンがこの地に押し寄せたのだ。
『不死王の国』のある丘の上は、森に囲まれた広場になっているのだが、この日にあわせて大幅な開墾が行われた。
草原になった広々とした大地には、ロープで区切られた観客席。
椅子ひとつない立ち見であるが、ひしめきあう観客たちはは文句ひとつ言わずステージを見上げている。
神殿に向かう階段の段差を利用して、少し高い所に設置されたステージ。
そのさらに上、階段をあがりきった神殿の入口には、3面の巨大な長方形の板が立てられている。
これは最新の魔法技術である、『伝映魔法』の映像を投射するための触媒で、魔法石を削り出して作られたもの。
今風に言うなら、『オーロラビジョン』というやつだ。
そして、今まで何も映し出されていなかったそこに、ついに……!
『……ジャンジャン、バリバリじゃあ~~~んっ!!』
ファンキーなかけ声とともにステージに登壇した、ある人物が映し出された。
ジャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
舞台裏のオーケストラが、一斉に爆音を奏でると、
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!」
観客は一斉に彼に手を振った。
腐ったブロッコリーのような頭にサングラスをかけ、ラメだらけのスーツを恥ずかしげもなく着こなす、ファンキーな男……!
その名はっ……!?
「ジャンジャン、バリバリィィィィィィィィーーーーーーーーーッ!!」
観客たちの声援に、男は応えた。
『そう! この俺こそがっ! 「ゼピュロス様と行く、不死王の国」スペシャルアリーナの司会に抜擢された、ジャンジャンバリバリじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
拡声魔法で大増量された声が、山びこのようにあたりにこだまする。
ジャンジャンバリバリは、権天級の導勇者。
勇者関連のイベントでのMCを専門とする、それなりに有名な人物である。
『もうみんな、売店のゼピュロス様応援グッズは……ってもう買ってるじゃぁ~んっ!!』
ゼピュロスの顔が描かれたパネルや団扇、そして横断幕をかかげる客席を見て、大げさに腰砕けになるジャンジャンバリバリ。
ちなみに台本では、売店の売り上げが芳しくない場合、買うまでステージの進行をストップする予定であった。
ゼピュロスがスクリーン上だけに現れ、
『レディの愛がないと、このゼピュロスは羽ばたけないのさ……!』
などとのたまい、売店に扇動する手筈であった。
しかし売店はどこも、完売御礼……!
袋に似顔絵が描かれただけの『ゼピュロス様わたがし』から、ゼピュロスの巻き毛をイメージしたという『ゼピュロス様ツイストポテト』に至るまで、すべて……!
『よぉし、ゼピュロス様をお迎えする準備は万端のようじゃん! それじゃあさっそくお呼びするじゃんっ! ゼピュロス様、どうぞじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
ジャンジャンバリバリを映し出していたスクリーンが、ぱっと切り替わる。
しかし次に出てきたのは、ゼピュロス様の美しい御尊顔ではなかった。
血にまみれた、野良犬のマスクを被った、謎の男……!
たったいま誰かを殺してきたような、恐るべき顔面の、超どアップだったのだ……!
次回、野良犬、参上…!