116 ゼピュロス・ライヴ
ホーリードール家では、夕食後のデザートである杏仁豆腐が振る舞われていた。
その席で、
「ああ、辛いのをいっぱい食べたから、みんな汗びっしょりね。このあとはお風呂に入りましょう。あ……そうだシャオマオちゃん、ヘンリーハオチーでは、家族みんなでいちどにお風呂に入る風習があるのよね?」
ジャンボ杏仁のような胸の前で指を絡め合わせ、リインカーネーションが話題を振る。
「たしかにそういう風習はあるね。でもそれは……」
「そうよねっ! じゃあせっかくだから今日はヘンリーハオチー式に、みんなでいっしょにお風呂に入りましょ~!」
とほとんど押し切るような形で、デザートのあとは女性陣10名、男性陣2名での入浴とあいなった。
まばゆい肢体を、バスタオルという名の薄布一枚にラッピングした美少女たち。
シャオマオは、女の子のような華奢な身体を厚手のバスタオルに包み、誰よりも恥ずかしがっていた。
あとは、いつもと変らぬオッサン。
しかしそこはまさに、桃源郷……。
いやまさに、プリン村であった……!
もちろん大変なことになったのだが、シャオマオはそこでゴルドウルフに諭され、『マザー&ビッグバン・ラヴと行く、不死王の国ツアー』の参加を決意した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
プリン村で、米騒動ならぬプリン騒動が起こっていたのと、ほぼ同じ頃……。
ハールバリーにある屋外型スタジアムである『葡萄館』は、熱狂の渦に包まれていた。
観客席にひしめく女性客たちは、声を枯らしてラブコールを送り続けている。
白バラが敷き詰められたフィールド。
その真ん中にはモンスターの群れたち。
モンスター軍団に囲まれていたのは、たったひとりの勇者であった。
無数のマジックスケルトンと、巨大なドラゴンゾンビが前後左右にいるという絶望的な状況。
絶体絶命にもかかわらず、彼は派手なパフォーマンスを繰り広げていた。
全方位からのスポットライトを一身に浴びながら。
この場の注目と声援を独り占めにしていたのは、他ならぬイケメン、他ならぬヒーロー。
歌って踊って戦える、新世代のアイドル勇者……!
ライドボーイ・ゼピュロスであった……!!
『♪Oh~! ゼピュロス!』
彼が歌声とともに、武器である槍を掲げると、
「♪Oh~!! ゼピュロス!!」
10万人ものコールが、それに応じる。
『♪この美しき槍は、すべてを貫くぅ! モンスターの心臓も、レディのハートも!』
義足とは思えないほどの俊敏さで駆け出す。
迎え撃つように、マジック・スケルトンの軍勢が白波のように押し寄せてくる。
『♪さぁ散りゆけ、醜き者よっ! さぁ酔いしれのさ、レディたち!』
槍をほんのひと薙ぎするだけで、数十体の骸骨がまとめて粉々になる。
『♪お前の人生は、このゼピュロスに踏みにじられるためにあるのさ!』
地面に転がった頭蓋骨は、ぐしゃりと踏み潰される。
『♪レディの一生は、このゼピュロスを咲かせるためにあるのさ!』
戦いの最中であるというのに、彼は歌っていた。
そして敵に囲まれているというのに、ダンスのように華麗にターンしながら観客に投げキッス。
『♪レディのビューティに、このゼピュロスは満開さ!』
「キャアアアアアアッ! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
10万単位のラブコールを受けながら、さらなる回転をはじめるゼピュロス。
コマのような片足立ちで、銀盤の貴公子のように。
『♪美しき者が、美しく勝つ! それが勝負、それが闘い、それが戦争!』
真空刃のようなオーラが、あたり一面に広がる。
その丸鋸じみた旋円に触れた瞬間、
ドガッ! バガッ! ドガァァァーーーンッ!!
全方位で白い爆発がおこった。
骨を撒き散らしながら、次々と崩れ落ちていくスケルトンたち。
『そしてそれが恋愛……!』
ピタッと回転を止めたゼピュロスは、ビシッとポーズを決める。
『♪Oh~!! ベイビー! なぜだかわかるかい?』
「わかんなぁ~いっ! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁ~!!」
『それは勝利の女神も、女の子だからさ……!』
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
観客たちは、もうたまらないといった様子で身をよじらせる。
そして同時に、息を呑んでいた。
「ああっ!? ゼピュロス様、あぶないっ!!」
「まわりにいるドラゴンゾンビが、一斉にブレスを……!!」
「逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! ゼピュロスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ゼピュロスを取り囲んでいた小山のようなドラゴンゾンビたちは、一様に鎌首をもたげていた。
しかしゼピュロスは彼らには目もくれていない。
地面に突き立てた愛用の槍を中心に、ポールダンスのようにグルグル回っている。
『心配はいらないさ、子猫ちゃん。ドラゴンゾンビの醜いブレスなどで、ゼピュロスとレディたちとを繋ぐ、この優美なる花園を汚させたりはしないのさ……! ……さあみんな、一緒に!』
バッ! と掲げられる1本指。
それが指揮棒であるかのように、
「美しき者は美しく咲き、醜き者は醜く散るっ!!!!!!」
一糸乱れぬ、黄色い歓声が奏でられた。
瞬転、
「グギャオッ!? グギャオォォォンッ!? グギャォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?!?」
次々と弾け飛んでいく、ドラゴンゾンビの首たち……!
観客のボルテージは、最高潮に達する。
「キャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!! 出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ゼピュロス様の必殺技、ハートスラッシュ・ローリングダンサー!!」
「1000体以上いたはずのマジック・スケルトンと、ドラゴンゾンビ4体を、たった一撃でやっつけちゃうだなんて……!!」
「あああんっ!! もうサイコーーーッ!! ゼピュロス様ぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
「こんなに強いんだったら、「不死王の国」に行くのも、本当にツアー旅行みたいになっちゃう!!」
「あああんっ!! 行きたい行きたい行きたい!! 行きたぁーいっ!!」
「もうなんとしても行っちゃう!! マイホーム買うために旦那が貯めてた貯金、ぜんぶ使ってでも行ってみせるわぁーーーっ!!」
「わたしも! パパに生前贈与してもらってお金を作るわ! してくれなきゃ家出するって脅して!」
『ゼピュロス様と行く、不死王の国』キャンペーン。
その3等賞品である、『ゼピュロス様のスペシャルライヴ』が先般行われた。
そこに集まった10万人のレディたちは、なんとしても特賞を得んがために、新たなる散財を決意したのだが……。
彼女たちの気持ちに、さらに鞭打つかのような発表が、ゼピュロスの口からなされたのだ。
以下は、その全文である。
来月に行われる、特賞の『不死王の国へのツアー』は、偶然にも……。
スラムドッグマートのツアーと同日に行われることになったのさ!(ええーっ!?)
ああ、だが安心してくれたまえ! もちろん一緒に行動することはないのさ!
あっちには醜いメンズもいるようだしね!(笑い)
そしてもうひとつ、嬉しいお知らせがあるのさ!
なんと王国と新聞社が協賛してくれて、最新の伝映魔法が使えることになったのさ!
この技術によって、ツアーの模様はなんと、この国にあるゴージャスマート全店で、生中継されることになったのさ!(ええええーーーーっ!?!?)
しかも当日、『不死王の国』の前の広場には、スペシャルアリーナが設けられる!
巨大なスクリーンで、ツアーの模様をみんなにお届けするのさ!(拍手喝采)
これで特賞を取り損ねたレディたちも、安心!
このゼピュロスの活躍を、特等席で観ることができるってわけさ!(やったぁぁぁぁーーーっ!)
『不死王の国』でのアリーナ視聴は招待制で、抽選で1千名様!
これは『ゼピュロス様と行く、不死王の国』キャンペーンの新しい賞品となるのさ!
そしてゴージャスマートで視聴する場合は、その店で10万¥以上の買い物をしたレディだけの特典となるのさ!
もちろんここにいるレディたちは、このゼピュロスを咲かせるために、みんな来てくれると信じて疑わないよ!
もしかしたら当日は、醜く這いつくばる野良犬の姿を、お見せしてしまうかもしれないけれど……。(大爆笑)
それはこのゼピュロスの美しさに免じて、許してほしいのさ!
このウインクで……ねっ!(失神者続出により、一時中断)
ツアー開始まで、あと1話…!
次回、最後の時を前に、意外な人物が動き出す…!?