115 楽しきディナー
北東の国『ヘンリハオチー』よりはるばるやって来たという、シャオマオという少女。
彼女は偶然訪れたスラムドッグマートにおいて、『マザー&ビッグバン・ラヴと行く、不死王の国』キャンペーンの特等を引き当てた。
当選者の手続きをするために、流されるように接客スペースに案内されたのだが、
「やっぱり……受け取れないね! シャオマオ、ここに観光に来たわけではないね!」
そして切々と語りはじめた。
……彼女には、『マオマオ』という姉がいた。
姉はヘンリーハオチーにツアーでやって来ていた『ライクボーイズ』に一目惚れ。
なかでも握手会で、初めて女の子扱いしてくれたライドボーイ・ゼピュロスに心酔。
その想いは日増しに強くなっていき、姉はハーレム入りを夢見てハールバリーへと旅立っていったという。
しかし戻ってきたのは、いつも元気だったが彼女が、嘘のように物言わぬ……変わり果てた姿であった。
シャオマオは、暴漢に襲われたという姉の敵討ちを決意する。
しかし旅立つには一族のなかで一人前と認められる必要があり、それには厳しい試練をこなす必要があった。
修行に修行を重ねたシャオマオは、血の滲むような努力で試練を突破。
それから半年ほどの月日を費やし、このハールバリーへとやって来たのだ。
少女はいつも憂いを帯びているかのような瞳で、話し続けた。
しかし最後には、決意とともにキッと顔をあげる。
その姿に姉と同じ強さを、ゴルドウルフは見ていた。
「だから、シャオマオ……! 遊んでいる時間などないね! マオマオの仇を……!」
しかし言い終える早く、彼女の身体はかっさらわれてしまう。
「あぁんっ! シャオマオちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
涙ぐんで話を聞いていた姉妹、その片割れが突進していたのだ。
「あぁぁんっ! こんな遠くまでひとりで来るだなんて! 辛かったでしょう!? 寂しかったでしょう!? 大変だったでしょう!? もう大丈夫! ママが、ママが、ママがいまちゅからね~っ!!」
「そうです、お姉ちゃん! このままシャオマオさんをお帰しするわけにはまいりません! ご迷惑をかけたおわびに、今夜は我が家へお泊まりいただくというのはいかがでしょう!?」
「それはグッドアイデアね、プリムラちゃん! ささ、シャオマオちゃん、ママといっしょにあったかいお家に帰りましょうねぇ~。ママ、今日はシャオマオちゃんのために、いっぱいごちそう作っちゃう! いいでちゅよねっ!? ゴルちゃん!?」
さっそく連れ去ろうとしているリインカーネーション。
彼女の胸に埋もれたままのシャオマオは、目を白黒させるばかりであった。
確認を求められたゴルドウルフは、少し考えるような素振りをしたあと、
「私は一向に構いません。あと、一応お知らせしておきますと、シャオマオさんは男性ですので……」
「「ええーーーーーーっ!?!?」」
姉妹は涙が乾かんばかりに、カッと目を見開く。
「そ……それは本当なのですか、シャオマオさん!?」「本当なの、シャオマオちゃん!?」
ふたりに問い詰められ、コクコクと頷くシャオマオ。
マザーに抱きすくめられて、三つ目の胸になってしまったかのような彼女……。
いや、彼は、溺れる人のように叫んだ。
「やっぱりみんな、女の子だと思ってたね……! シャオマオ、れっきとした男の子ね……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「男の子でも女の子でも、シャオマオちゃんはシャオマオちゃんよ」
結局、シャオマオはマザーに押し切られる形で、ホーリードール家に厄介になることになった。
ちなみに『マザー&ビッグバン・ラヴと行く、不死王の国』キャンペーンの対象は女性限定のはずなのだが……。
「私も最初は女性だと思ってクジをお渡ししたのですが、シャオマオさんの話を聞いているうちに、途中で男性だということに気付きました。とはいえもう差し上げてしまったものなので、取り消すこともないでしょう」
オッサンの粋な計らいにより、特賞はそのまま彼の手に残ることになった。
そしてホーリードール家の食卓には、ヘンリーハオチーの料理が並ぶ。
「ママ、ヘンリーハオチーには何度か行ったことがあるのだけれど、お料理を作るのは初めてなの。うまくできたかはわからないけど、たくさん食べてね、シャオマオちゃん! じゃあみんなで、せーの!」
「「「「「「「「「「「「いただきまーすっ!」」」」」」」」」」」」
「ねぇシャオマオ、この白いのが浮いたの、なんて料理なの?」
「それは『マーボードウフ』ね。辛いから気をつけるね」
「ふーん。どうでもいいけどシャオマオ、アンタってなんか心配性よねぇ。このくらいのだったら平気よ、って辛ぁーっ!? ……ちょっとミッドナイトシュガー! またやったわねぇ!?」
「ばれたのん。そう言うと思って、辛いのを足しておいたのん。未知との遭遇を果たしたような顔をしているのん」
「アンタも未知との遭遇をさせてあげましょうか!?」
「ううっ、おいひい、おいひい~! お給料日前なのに、こんなおいひいものが食べられるだなんてぇ~!」
「ってグラスパリーン、なに泣きながら食べてんのよ」
「どさっ、のん」
「ひええええっ!? からーいっ!?」
「メガネにヒビが入ったのん」
「でもシャオマオは平気なのね」
「このくらいの辛さなら、いつも食べてるね」
「だそうよ、グラスパリーン、ミッドナイトシュガー! 我ら『わんわん騎士団』が負けるわけにはいかないわ! アイツの倍の辛さに挑戦してこそ騎士道よ!」
「はっ、はひぃぃ~~~っ!?」
「わからなみが深いのん」
「ほらシャオマオ、もっと食べろ! お前は私と同じ剣士なのだろう!? それに男がそんなことでどうする!」
「そーそー! ダッグの十匹くらいは食べないと!」
「プルは食べ過ぎですよ。少しは遠慮するのです」
「うふふ、いいのよルクちゃん。みんないっぱい食べてね! やっぱりみんなを呼んで良かったわぁ、大勢でごはんを食べると、それだけ美味しくなるものね!」
「あんっ、今日はお招きいただき、ありがとうございます。マザー・リインカーネーション様」
「もう、ミスミセスちゃんったら、そんな他人みたいに……。そういえば今日は、マセリアちゃんはどうしたの?」
「マセリアちゃんは友達の家にお呼ばれしてて……あはんっ、すみません。そういえば今日は、『ビッグバン・ラヴ』のおふたりもお呼びしたんですよね?」
「あの子たちはお料理を作ってる時まではいたんだけど、仕事を抜け出して無理して来てくれたみたいで、マネージャーさんから連れもどされちゃったの。ふたりとも、すごく残念そうにしてたわ」
「おじさま、こちらチャーハンというお料理です。そしてこちらはエビチリというお料理です。たくさん召し上がってくださいね。他にはなにかお取りしましょうか? あっ……おじさま、ほっぺたにお弁当がついております。お取りさせていただいてもよろしいですか?」
「プリムラさんの口の端にも、ごはん粒がついてますよ」
「おっ、おじさまが、わ、わたしのごはん粒を、お口にっ……!? こ、これはもう、間接キ……!?」
「どうしたんですか、プリムラさん?」
「はっ……はっふぅ……!」
「プリムラさん?」
「あっ……!? す、すみませんっ、おじさまっ! つい嬉しさのあまり、『プリン村』に旅立っておりました……!」
「ぷりんむら?」
「はい。わたしの頭の中にあります、想像上の村でして……あっ!? い、いえっ! なんでもありませんっ!」
「ごりゅたん、パイたんのも、たべうー!」
「ゴルちゃん、ママのもたべうー!」
「口のまわり、米粒だらけにしてるのん」
「アタシたちも負けてられないわよ! ほらグラスパリーンは、この米粒を……!」
「はっ、はいっ! って辛ぁーっ!?」
「本能のままとしか思えない生き様のん」
「あら? シャオマオちゃん、どうしたの? 急にうつむいちゃって……ママのごはん、美味しくなかった?」
「……違う……違うね。リインカーネーション様のごはん、とっても美味しいね……! それに、それに……。こんな賑やかな食事、久しぶりね……! 故郷のヘンリーハオチーを思い出してしまったね……!」
「ったく、男のクセして泣くんじゃないわよ、ホラ、これ食べて……」
「あ……ありがとうね。って、辛ぁぁぁぁぁぁーーーっ!?」
「やっと『辛い』って言わせることができたわね」
「手強い相手だったのん」
その夜、ホーリードール家の屋敷からは……。
ヒーヒーという悲鳴、そして笑い声が、いつまでも絶えなかった。
次回、ゼピュロスの実力が明らかに!