114 特賞のゆくえ
それは、あどけない顔つきの女の子だった。
お団子頭なので、かなり幼く見える。
瞳は大きく、たっぷりの光をたたえていたが、どこか心許ない色がつきまとっている。
王都ハールバリーの喧噪を、人にぶつかりそうになりながらフラフラと頼りなく進んでいる
身体は小さく人の波に隠れそうであったが、光沢があり色鮮やかな道士服のおかげで誰よりも目立っていた。
背中には大きな布袋を担ぎ、さらには身長と同じくらいの曲刀を背負っている。
少女は通りかかった店の前で、ふと足を止めた。
見上げた看板は、『ゴージャスマート』……。
彼女の地元にもある、冒険者のための店だ。
そういえばここまで来る旅の途中で、薬草を使い切っていたことを思い出す。
都会のゴージャスマートはこじゃれていて、ちょっと気後れしたが、勇気を振り絞って入店しようとした。
が、
「いまこのお店は他のレディたちでいっぱいなのさ。あっちに並ぶのさ」
入り口にいる、馴れ馴れしくてヘンテコな口調の店員に止められてしまった。
たしかによく見ると、店の中は鬼気迫る女性客でひしめきあっている。
そして店から少し離れた所には、入店を今か今かと待ち望む、長蛇の列が……。
列は通りにある他の店の入り口を塞ぐように続いており、どこの店主もあからさまに迷惑そうにしている。
しかし店員はどこ吹く風で、
「レディのそのカラフルな衣装も、悪くはないのさ。しかしゼピュロス様を振り向かせたいのなら、『キッシング』シリーズをおいて、他にはないのさ。当店にて、絶賛発売中なのさ」
なにを言っているのかわからなかった。
そして田舎娘を見るかのような、嘲笑と蔑みの入り交じった視線が、少女にはたまらなく怖かった。
ぺこりと一礼したあと、逃げるように駆け出す。
きつく目を閉じて、恐怖を振り払うように、どこまでもどこまでも……。
……ボインッ!
「キャッ!?」
ふと悲鳴と、無限のやわらかさに包まれる。
その直後、弾き飛ばされた。
何かにぶつかったはずなのに、痛くない……?
尻餅をついたまま瞼をあけると、そこには……。
「いたたた……」
ホウキを持ったまま倒れている、女の子がいた。
まるで女神の生まれ変わりのような、息を呑むほどの美少女。
しかも同い年くらいなのに、身体つきは向こうのほうが全然大人っぽい。
少女は思わず見とれそうになったが、自分がぶつかってしまったのだと、慌てて助け寄ろうとする。
しかし、
「プリムラ様にぶつかるとは、なんたる無礼な!」
「妙ちきりんな格好をしおって! さてはプリムラ様のお命を狙いにきた、異国の者だな!?」
「ホーリードール家の聖女様にぶつかって、ごめんなさいですむと思うな!」
「今ここで首を斬り落として、その罪深さを知らしめてくれるわ!」
「よぉし、プリムラ様にとくとご覧にいれましょうぞ! この俺の正義の剣を!」
「いいや、やるのは俺だ! ひとりだけプリムラ様の前でいい格好をしようとするな!」
「くっ、ならば皆で一時に、この不届き者を滅多刺しにするというのはどうだ!?」
「おお、それならここにいる全員、プリムラ様の前で武勲を立てることができるな!」
「それに、跡形がなくなるまでズタズタにしてしまえば、掃除の手間も省けるだろう!」
……ジャキンッ!
問答無用で少女を取り囲んだ男たちは、一方的に物騒な取り決めをしたあと、一斉に腰のものを抜いた。
少女は恐怖のあまり、声も出ない。
騒ぎを聞きつけ集まった野次馬は、誰も止めに入ろうとはしなかった。
「ああ、あんな小さな子が……」と痛ましい表情で、ただただ眺めているだけ。
白昼堂々と、振り上げられる刃。
陽光を受けたそれは、あたたかいはずの日差しを、背筋も凍るような冷たい光へと変えていた。
今まさに、滑るような光沢とともに振り下ろされようとしていた、その瞬間……!
「お、おやめくださいっ!!」
プリムラが、少女を抱きしめて庇った。
震えを感じとった聖女は、さらに少女をきつく抱きしめる。
「あ、危ない、プリムラ様!?」
「もう少しで、あなた様を斬るところでしたぞ!?」
「なぜそんな不届き者を庇い立てなさるのか!?」
プリムラはキッと顔をあげると、下っ端勇者たちに懸命に抗議する。
「ぶつかっただけで人を斬るだなんて、あんまりです! それに、このお方は悪くありません……! わたしがぼんやりしていただけです!」
男たちは剣を降ろしながら跪くと、暑苦しい涙を流し始めた。
「おお、プリムラ様……! あなた様というお方は、なんと慈悲深い……!」
「さすがは名高い、ホーリードール家の聖女様……! 庶民が無断でお身体に触れただけでも、その手を斬り落とされてもおかしくはないほどの、お方だというのに……!」
「我ら勇者は、この命をかけて一生、プリムラ様をお守りしますぞ!」
「というわけで、さっそくお近づきの印に、ランチなどいかがでしょう!?」
「おお、それは名案だ! 勇者だけが入れる、王都きってのレストランがありますので、そこへ……!」
この手の誘いは、プリムラは通り雨のごとく何度も受けてきた。
なので断り方も手慣れたものであった。
「ありがとうございます。でも、お気持ちだけ頂いておきます。こちらの大切なお客様を、ご案内しないといけませんので」
そそくさと立ち上がると、少女を介助しながら店の中へと歩いていく。
そして、そっと耳打ち。
「このまま行かれては、あの勇者様たちにまた捕まってしまうかもしれません。お店の中でほとぼりが冷めるまで、お休みになってください。こんな事に巻き込んでしまって、申し訳ありません」
心の底からすまなさそうに謝るプリムラ。
少女は異国の地からやって来たが、聖女の名門であるホーリードール家を知っていた。
他の有名聖女と同じく、威張り散らしている印象を持っていたのだが……全然違うことに驚く。
しかし少女は心配性でもあった。
もしかして高いものを売りつけられるのでは……と身を固くしていると、
「とても怖かったのですね。本当に申し訳ありませんでした。お詫びにお紅茶をお淹れさせていただいてもよろしいですか? おじさまから教わった、とっても気持ちが安らぐハーブティーがあるんです」
「おじさま」のあたりで本当に幸せそうな笑顔を浮かべるプリムラ。
少女の不安は、それだけでだいぶ和らいだ。
スイングドアを押して店内に入ると、そこは冒険者の店だった。
少女は自分のしようとしていたことを思い出す。
「あ、あの……薬草を……」
「えっ? 薬草をお求めになりたいのですか? それでは、わたしのほうからご案内させていただいてもよろしいですか? 最近はわたしも仕入れ市場に伺って、おじさまから良い薬草の見分け方をお教えいただいております。まだ不束ではありますが、一生懸命がんばって、ご案内させていただきますので!」
小さくガッツポーズをとって、やる気をアピールしてくるプリムラ。
おじさまとの朝のひと時を思い出しているのか、その微笑みはまるで新妻のよう。
幸せに満ちあふれ、すべてが輝いて見える者の笑顔であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少女はプリムラの案内で薬草を見繕ってもらうと、それを握りしめて会計カウンターに並んだ。
カウンターの前には女性客がずらりと列を作っており、皆なぜか荒い息で、武器や鎧を抱えている。
「あっ、お客様。そちらは臨時の買い取りカウンターとなっております。誠に恐れ入りますが、お会計のほうはお隣のカウンターにお申し付けください」
プリムラからそう言われた少女は、隣のがら空きのカウンターへと向かった。
そこにはコワモテのオッサンが待ち構えていて、ちょっと気後れしてしまう。
しかし彼は、印象とは真逆の柔らかな笑顔で応対してくれた。
「いらっしゃいませ、当店は初めてのようですね。ありがとうございます。すぐに使うのでしたら、結束を切りましょうか? 調合されるのでしたら、指定の大きさに刻んでのお渡しもできますが」
同じ都会にあっても、さっき行った『ゴージャスマート』とはずいぶん違うなぁ、と少女は思った。
「はい、こちらお品物になります。それと、いま当店はキャペーンをやっておりまして、1回のご利用につき1枚、クジを差し上げております。どうぞ」
紙袋に入った薬草と、野良犬のイラストが入った三角クジを受け取った少女。
特に期待もせずに、ペリッとめくってみると、そこには……。
黄金色に輝く、『特賞』の二文字が……!
……カラン! カラン! カラン!
直後、ハンドベルの音が店内に鳴り渡る。
「特賞、『マザーとビッグバン・ラヴと行く、不死王の国ツアー』が当たりました! おめでとうございます! お客様のお名前は!?」
少女は、まだ状況が飲み込めていないかのように……ポカンとしたまま答えた。
「シャオマオ……ヘンリーハオチーから来たね」
ざまぁの面子が、これで揃いました!