112 新必殺パンチ
ジェノサイドロアー vs ゴルドウルフ……。
女性客を奪い合う商戦は終始、王様優勢で進んでいた。
チャンピオン得意の、相手をコーナーに追い詰めての滅多打ち……!
『ゼピュロス様とキッスキャンペーン』という名の重いパンチの連続で、一気にこのラウンドで決めにかかろうとしていた。
対する野良犬は、ガードを固めてひたすら耐える……!
合間に『無料修理キャンペーン』という名のボディーブローを放っていたのだが、取り返したダメージはわずかであった。
彼のセコンドである聖女たちは焦って打ち合いを指示した。
しかし彼はそうしなかった。
なぜならば、いま打って出たところで、いたずらにスタミナを消費するだけだと本能で知っていたからだ。
そして、好機を待っていたのだ。
サナギのように、なにをされてもじっと動かず……。
しかし羽化を待つかのように、したたかに……!
やがて、その瞬間がやって来る。
リング外から乱入した、『女子高生カリスマモデル』という名のラウンドガールたち……!
彼女たちはゴングやパイプ椅子を手にしており、悪役レスラーさながらにチャンピオンに襲いかかったのだ……!
予想だにしなかった奇襲に、たまらずリング中央までよろめくチャンピオン。
もちろんその瞬間を、チャレンジャーが見逃すはずもない。
岩戸のようであった彼のガードが、ついに開かれる……!
シューズを鳴らして突っ込んでいく。
懐に潜り込み、下からえぐりこむように放たれたのは、なんと……!
オッサンがこの瞬間のために用意しておいた、新必殺パンチ……!
それはパンチの名前を明かすだけで、その威力のほどがわかる、恐ろしいものである。
そしてチャンピオンだけでなく、セコンドすらも標的にしていることが……!
その拳に与えられた、名はなんとっ……!
『マザー&ビッグバン・ラヴと行く、不死王の国』キャンペーン
いま『スラムドッグマート』をご利用いただくと、女性のお客様に限り、その場で結果のわかるクジを1枚差し上げております。
特賞:マザーとビッグバン・ラヴと行く、不死王の国ツアー(1名様)※1
1等:マザーとビッグバン・ラヴとの握手(100名様)※2
2等:マザーとビッグバン・ラヴのサイン色紙(1,000名様)
3等:マザーとビッグバン・ラヴのミニライブ(10,000名様)※3
残念賞:ゴルドくんに飛びつこう券(100,000名様)※4
無料サービスのご利用でもクジを差し上げておりますので、当店を利用すればするほどチャンス倍増!
この機会に是非、『スラムドッグマート』にお立ち寄りください!
※1 ゴルドくんのマスクを被った尖兵も同行します。
※2 マザーはハグしてくる場合があります。
※3 スラムドッグマート各店で行われる、ステージイベント形式となります。
※4 残念賞のクジ1枚につき1回、ゴルドくんに飛びつくことができます。
このキャンペーンは大いなる話題を呼ぶ。
なにせあの高名なるホーリードール家のマザーと、有名モデルであるビッグバン・ラヴとともに、冒険することができるのだ。
彼女たちに憧れる女の子たちは、目の色を変えてスラムドッグマートに殺到した。
ちなみに当初、『不死王の国』に行くのはマザーではなく、プリムラの予定だったのだが、
「イメージキャラクターのママがお留守番だなんて、おかしいわぁ!? それに以前もママはお留守番してたのよぉ!? プリムラちゃんばっかり! ずるいずるい、ずるーいっ!! ママもつれてって! つれてってつれてって! つれてってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!!」
『不死王の国』がかつて『蟻塚』であった頃、連れて行ってもらえなかったマザーの鬱憤が爆発。
ジャックナイフのように暴れ倒したので、今回ばかりはゴルドウルフが折れたのだ。
理由としては、マザーの言い分ももっともだと思ったことと、行先が危険な場所ではなかったため。
なにせオッサンは、『不死王の国』の陰のオーナーでもある。
モンスターの配置も罠も、すべてが思いのままで、自分の家の庭と同じくらいの勝手知ったる場所であったからだ。
もはや女性客大量獲得は間違いなし、大成功は間違いなしのこのキャンペーン。
しかし、もうひとつ狙っている獲物がいることに、お気づきだろうか。
……狼というのは、群れで1匹の獲物を狩る。
しかし一匹狼である魔狼には、それはできない。
いや……する必要がない、と言ったほうが正しいだろうか。
なぜならば、魔狼は……。
獲物の前には一切姿を見せず、遠吠えだけで、獲物を追い詰め……。
その恐怖だけで、獲物を仕留めるという……!
しかしまだ、彼らは知らない……。
魔狼の遠吠えに、誘われているということに……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「キャンペーンの特等をホーリードール家に送りつけて、記者のモノたちにその噂を流したのに……うまくいかなかったねぇ」
「ホーリードールのレディたちは、みんな恥ずかしがり屋さんなのさ。そして誰もいない月夜の花園で、このゼピュロスの迎えを待っている……。今夜もきっと、月をゼピュロスに見立ててキッスの練習さ」
「ふぅ……。そんなことよりも、まさか『ビッグバン・ラヴ』がスラムドッグマートにつくとは……」
「うん、あと少しで撤退っていうところだったのに、惜しかったねぇ」
「そのレディたちのことは、ゼピュロスは知らないが……ハートを盗んだ覚えはあるのさ」
「しかし、これはチャンスと考えるべきだな。スラムドッグマートは『ビッグバン・ラヴ』獲得のために、巨額のギャラを支払っているだろうからな」
「ってことは……これが最後の反撃ってこと?」
「醜き者がすがるのは、金しかないのさ。ホーリードールのレディたちのハートを、金で縛り付けているようにね」
「ふぅ、そうだな。ここを乗り切れば、スラムドッグマートはスタミナ切れを起こすだろう」
「でも、どうやって乗り切るの? あっちの新しいキャンペーンはかなり好評みたいだけど……」
「このゼピュロスはそうは思っていないさ。いまのレディたちはあくまで、蜜を集める蜂のようなもの……。いくら花々を飛び回ったところで、最後に戻ってくるのはゼピュロスという名の女王蜂の元なのさ」
「ふぅ……。とにかくふたりとも、もうひと働きしてもらうぞ。こちらもキャンペーンの第2弾を行うんだ。その内容は……」
「……あっ、なるほどぉ! そのキャンペーン、いいね! 相手のよりずっと話題性が上だから、女性客もぜんぶ奪い返せちゃうし……! いやそれどころか、スラムドッグマートはもうハールバリーで……いや、この国でお店ができなくなっちゃうかも!?」
「そうだ。むしろそれだけの規模にする必要がある。やれるか、デイクロウラー?」
「まかせて! ボクを呼んでくれたのは、このためだったんだね!」
「ゼピュロスはどうだ? 多少の危険は伴うが、相手は大聖女にカリスマモデル……相手にとっては不足はないだろう?」
「ふふっ、このゼピュロスにかかれば造作もないこと……。肩に乗せた小鳥を愛でながらでも、やってみせるさ」
次回、ゴージャスマート側のキャンペーンが明らかに!
もうバレバレかもしれませんが、ご期待ください!