111 ラウンド・ツー
スラムドッグマートとゴージャスマートの、女性冒険者向けのブランド対決は第2ラウンドを迎えた。
ゴージャスマートは巨額を投じたプロモーション『ゼピュロス様とキッス』キャンペーンを打ち出す。
これが大当たりし、スラムドッグマートをリング際に追い詰め、滅多打ち状態に入る。
ジェノサイドロアーは、ひとりの客に負担を強いるようなこのキャンペーンの不毛さを、よく理解していた。
しかしながら売上で絶大なる差をつけることで、スラムドッグマートの撤退を狙っていたのだ。
ハールバリーにおけるスラムドッグマートの、主な女性顧客は中流以下。
自由に使えるお金が、そう多くはない層である。
彼女たちが『ゼピュロス様とキッス』キャンペーンに夢中になって、ゴージャスマートのほうに優先的にお金を落とすようになれば……。
当然、スラムドッグマートのほうにはお金が回らなくなる。
それと同時に、スラムドッグマート店内の一角を占めている、パステルカラーに彩られた売り場からは客が消えていく。
閑古鳥が閑古鳥を呼んで、さらなる負のループに陥るという寸法である。
そうなるとスラムドッグマートの女性向けブランドは、関係者からは『稼げない商品』というレッテルが貼られる。
そんな役立たずの商品をいつまでも飾りつけて、貴重な売り場を無駄にする者などいないだろう。
売り場は少しずつ縮小されていき、そして最後はブランド自体が消滅……。
それこそがジェノサイドロアーの描いた、狙いだったのだ。
事実、スラムドッグマート各店の店長たち、特にフランチャイズのオーナーからは新ブランドの売り場を縮小したいという申し出があった。
しかしゴルドウルフはそれを許可しなかった。
ブランドに対する売上目標を引き下げることで対応。
そして対抗措置として行ったのは、『無料修理』キャンペーン。
これには、反対の声も多くあった。
なぜならば、どちらの施策も利益を産み出すための措置ではなかったからだ。
特に後者の施策などは、利益が潤沢に出てから行うべきタイプのものである。
これでは自分の腹が満たされていないのに、他人に施すようなもの……。
利益を追求することが第一のはずの企業にとっては、ありえない経営判断だったのである。
ゴルドウルフは店長クラスの人間を集め、時には現地に赴いていってフランチャイズのオーナーたちに自分の考えを説明。
あえてゴージャスマートとは真逆の、消費者を消費させないスタイルのキャンペーンで、お金では決して買えない『信頼』を勝ち取るチャンスだと訴えたのだ。
……ただの『消費』には何も残りません。
そして悪い買い物には、悲しみや怨みが残ります。
しかし良い買い物の場合は、たとえその物が失われたとしても、それにまつわる思い出や信頼が残るのです。
我々がお金を受け取るのは、ほんの一瞬の出来事です。
しかしお客様は手にした品物を、一生をかけて使ってくださるかもしれないのです。
私は、プリムラさんの作ってくれた女性向けブランドは、一生をかけて使うだけに値し、そして多くの良い思い出を残してくれると信じています。
この論説に、店員たちの心は動かされた。
今は冬の時代でも、ともに身を寄せ合って冬を乗り越えるだけの意識が醸成されていったのだ。
オッサンはここから、早春を目指すためにさらなる一手を打つつもりでいた。
しかしそれよりも早く、助け船が現れる。
『大魔導女学園』の教材採用という、救いの手が……!
これは説明するまでもないかもしれないが、スラムドッグマートの窮地を見かねた大魔導女ミグレアが、学長である父親に掛け合ってくれたことにより実現した。
さらにミグレアは、自らがプロデュースしているモデルユニット『ビッグバン・ラヴ』をスラムドッグマートに派遣。
話題作りに協力してくれたのだ。
以下は、スラムドッグマートで買い物をしたあと、大きな紙袋を満載した馬車に揺られながら、ホクホク顔で帰る『ビッグバン・ラヴ』のやりとりである。
「いやー! 買った買った! まさかこんなに買うとは思わなくなくない!?」
「ふーん、良かったじゃん」
「そういやさぁ、あーしらがゴージャスマートの新ブランドのイメージキャラになる話あったっしょ? でもプロデューサーがソッコー断っちゃって……。あーし、あれマジでやりたかったんだよねー。ブリっちもそうだったっしょ?」
……ちなみにではあるが、ゼピュロスは第2候補だったのだ。
「バーちゃんはずっと文句言ってたけど、あたしはべつに」
「へぇーっ、マジで!? ってそれって嘘じゃなくなくない!? ブリっち、あの時はあーし以上にぶんむくれて、プロデューサーとしばらく口聞かなかったっしょ!」
「べつに……あの時はたまたま、口内炎ができてたから」
「でもさ、スラムドッグマートで買い物した今なら、プロデューサーの考えてたこと、わからなくもなくなくない?」
「うん、あたしはずっとわかってたけど」
「いーよね、スラムドッグマート! 偉ぶってなくて、なんかあったかくて……! 装備をお直ししてくれるところなんて、特にブリっちのツボだったっしょ!?」
「うん、ゴージャスマートに頼んでみたことはあったけど、新しいのを勧められただけだったから」
「じゃあブリっちももう、あーしと同じ考えだよね!」
「うん、明日プロデューサーに言うつもり」
「じゃあ、ここで練習しとこっか! ブリっちってばお願いとかするの苦手だから、イザとなったらカミカミだもんね!」
「べつにそんなことないし。でもバーちゃんがどうしてもやりたいっていうなら、付き合ってあげてもいいし」
「よーし、じゃあいくよ、せーのっ!」
「「……『ビッグバン・ラヴ』は、スラムドッグマートのイメージキャラになりたいですっ!!」」
それは、異例の申し出であった。
国いちばんの大聖女が、勇者の店以外のイメージキャラを務めているだけでも、おかしな事だというのに……。
若者たちの支持を集める大魔導女たちが、さらに希望してくるなど……!
しかも、先になされていたゴージャスマートのオファーを、蹴っておきながら……!
以下は、就任にあたり取材を受けた彼女たちのコメントである。
「元々はプロデューサーから言われてたんだけど、あーしもブリっちもあんま乗り気じゃなくってさー。でもなんとなくスラムドッグマートに行ったらふたりともハマっちゃって! それにあのマザーと一緒なら、マジ楽しそうじゃなくなくない!?」
「べつに、仕事だから」
「ってかブリっち、マジしっぽバタバタじゃなくなくない!? ってかいつまでソレ付けてんの!? しかも犬の耳みたいなのまで! よっぽど気に入ったんだね、あっはっはっはっはっ!」
これは、かなりの異常事態である。
バーニング・ラヴの言葉を借りて表すとしたら、
……ありえなくなくないっ!?!?
スラムドッグマートにとっては、平日にサンタがやって来たような出来事。
しかも、ミニスカギャルサンタ……!
そしてゴージャスマートにとっては、完全なる死角からの反撃であった。
例えるなら試合中だというのに、ラウンドガールに後ろから殴られたようなものである。
しかもそのラウンドガールは、ほぼ無報酬で手伝っているという、ありえなくなくなさ……!
新製品のプロモーションにかけた費用というのは、結局のところ消費者に返ってくる。
商品価格の上昇か、多売かのいずれかによって。
有名ブランドの製品がどれも軒並み高額なのは、それだけ多くの宣伝費がかかっていることの裏返しでもある。
ゴージャスマートが起用しているライドボーイ・ゼピュロスにも、多額のギャラが支払われている。
だからこそ客に複数買いさせるようなキャンペーンに打って出たのだ。
しかしスラムドッグマートは、ゴージャスマートに対抗しうるほどの一大プロモーションを打てたのにもかかわらず、消費者への負担はゼロであった。
なぜならば『ビッグバン・ラヴ』に支払われた報酬は、なんと……!
『新製品を発売前に無料提供』のみ、だったからだ……!
……ありえなくなくなくないっ!?!?
これは、本人たちとプロデューサーの意向が強く働いてのことであったが、ノーギャラといっていいレベルである。
イメージキャラクターを務めているタレントに新製品を進呈することなど、わざわざ報酬として盛り込まなくても、当たり前のことだからだ。
しかしプレゼントしたからとって、喜んでもらえるとは限らない。
車のコマーシャルに出ているタレントが、プライベートでは違う車を愛用しているということは、よくある話である。
だが、スラムドッグマートの製品を『マジお気に』になってしまった彼女たちは、嬉々として身につけてくれて……。
なんとプライベートでも率先して、歩く広告塔になってくれたのだ……!
……ありえなくなくなくなくないっ!?!?
『ゼピュロス』という名の醜き槍を振りかざす王様相手に、防戦を強いられていた野良犬。
しかしここでついに、対抗しうるだけの力を得た。
野良犬は『ビッグバン・ラブ』という名の美しき二刀を構え、いま駆け出すっ……!
……反・撃・開・始っ……!!
今章最大のざまぁが近づいてきているのですが、それが何なのか、次回に片鱗が現れます。
ご期待ください!