108 王様のキャンペーン
戦勇者ライドボーイ・ゼピュロスと、ホーリードール三姉妹の初接触。
それは恋愛ドラマでいえば、ふたりの出会いのシーンに相当するのだが……。
すべての視聴者を1話切りさせてしまうほどの、恐るべき空振りっぷりで幕を閉じた。
まずヒロイン1であるプリムラについては、出会ってからわりと早い段階で、月のように離れていってしまった。
そして次に登場したヒロイン2、リインカーネーションに至っては……。
ガン無視っ……!!
いや、むしろそのほうがまだマシだったかもしれない。
彼女はなんと、ゴルドウルフにさんざん抱きついて、見せつけておいて……。
そのあとは、飼い主に甘えた猫が寝床に戻るような、満足げな足取りで……。
「あらあら、初めてのお客さんでちゅね~。いっぱい買ってくれたら、ママがいい子いい子してあげまちゅからね~」
と、ごくごく普通(?)の接客で、ゼピュロスの前を通り過ぎていったのだ……!
これは無視よりも酷い。
なぜならば無視というのは、相手を強く意識していないとできないことだからだ。
『好き』の反対は『嫌い』ではなく、『無関心』……。
そう……!
リインカーネーションは、このラブストーリーにおける主人公のはずのゼピュロスを、モブ同然にしてしまったのだ……!
そのかわりに彼女が選んだのは、「死にましぇん!」とも言わぬ、何の変哲もないただのオッサン……!
……ちなみにではあるが、ヒロイン3であるパインパックは目も合わせようとはしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ゴージャスマート ハールバリー本部』に戻ったゼピュロス。
帰りを待っていたジェノサイドロアーとデイクロウラーに対し、彼は己のハーレムから選りすぐった、絶世の美女たちを器にしてディナーを振る舞った。
いつもなら自慢のディナーだったが、今日に限っては「これではないのさ」と、早々に窓から投げ捨ててしまう。
そして、大通りから響いてくる美女たちの悲鳴を背にしながら、こう言ったのだ。
「不本意なディナーを出してしまったお詫びに、イメージキャラクターの件、引き受けるのさ」
「やっぱり、いくらゼピュロスでも、あのモノたちは落とせなかったんだね」
デイクロウラーがズバリ核心を突く。
しかし、彼の顔色は変わらない。
「あんなに熱くて大きなヤキモチは、初めてさ」
「えっ?」
「あのレディたちは三人とも、このゼピュロスの迎えが遅れたことが、かなりご立腹だったらしい。いつもはレディたちのヤキモチであれば、どんなものでも頬張ってきたゼピュロスでも、手に取ることさえできなかった。火傷しそうなほどに熱かったのさ」
「ああ、だから冷ますために一時退却してきたって言いたいんだね」
「その通り。レディたちはこのゼピュロスを嫉妬させたいがために、わざと年老いた醜いメンズに気のある素振りをしていたのさ。このゼピュロスのモットーを知っているからこそできる、あの行動が何よりの証拠なのさ」
「えーっと、なんだっけそのモットーって」
「『美しき者は美しく咲き、醜き者は醜く散る』……。覚えておきたまえ」
「ってことは……」
「そう、あのレディたちは望んでいるのさ。このゼピュロスが、あの『醜き者』を散らし、彼女たちを『美しく咲かせる』ことを……!」
「そうなのかなぁ?」
デイクロウラーはジェノサイドロアーに話題を振るように、チラリと視線を向けた。
彼はそれまで黙って耳を傾けていたが、大きな溜息をひとつつくと、
「ふぅ……。俺たちと同じ敵ができたのも、理由のひとつのようだな。何にしても協力してもらえるのなら、それでいい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴージャスマートの猛反撃が、ついに開始された。
巨額の費用が投じられた、一大プロモーション。
女性向け装備ブランド『クイーンズ・クール・デヴァイス』のイメージキャラクターに、ライドボーイ・ゼピュロスが就任。
『キッシング・ブレード……。それはゼピュロスの唇を奪った剣』
新製品の剣、その刀身にキスをしているゼピュロスのポスターは大いなる話題を呼んだ。
ゼピュロスのルージュの跡が残ったかのような、ワンポイントが特徴の『キッシング』シリーズの発売。
それはファン垂涎のアイテムとなったが、さらにキャンペーンで後押しする。
『ゼピュロス様とキッス!』キャンペーン
いま新製品の『キッシング』シリーズの装備をお買い上げになると、1点につき抽選券を1枚差し上げます。
特賞:ゼピュロス様とのキス(3名様)
1等:ゼピュロス様との握手(100名様)※1
2等:ゼピュロス様のルージュ入り直筆サイン(1,000名様)
3等:ゼピュロス様からの投げキッス(10,000名様)※2
残念賞:ゼピュロス男子とのキス(100,000名様)
重複での当選もありますので、買えば買うほどチャンス倍増!
この機会に是非、『キッシング』装備をお買い求めください!
※1 ゼピュロス様の判断により、等身大人形との握手となる場合があります。
※2 ステージイベント形式で、当選者様全員に対してまとめて1回となります。
ちなみに残念賞の『ゼピュロス男子』とは、女性向け『ゴージャスマート』の店舗で働いているスタッフたちのことである。
今回のプロモーションにあわせ、ジェノサイドロアーは店員を選りすぐりのイケメンに一新、『ゼピュロス男子』なる呼び名を与え、ホストのような接客をさせたのだ。
さらに余談になるが、2等賞品であるサインも彼らがゼピュロスの筆跡を真似して書き、色紙にキスをしている。
そして、もっと余談になるが……。
特賞の抽選券については最初から当選番号が決まっており、それは3枚とも世間には出回らなかった。
なぜか装備を買っていないホーリードール家に届けられ、同時に示し合わせたように報道陣が突撃したのだ。
「リインカーネーション様っ! 特賞当選おめでとうございます!」
「しかも3枚とも当選されるだなんて、すごい幸運ですね! これも女神様のご加護でしょうか!?」
「ホーリードール家のマザーのファーストキスのお相手が、ゼピュロス様とは……! これ以上のお相手はおりませんね! いまのお気持ちをお聞かせください!」
報道陣としては宝くじの1等が当たった人みたいな、今にも心臓が止まりそうなリアクションを期待していたのだが、
「え? 特賞? さっきの紙がそうなの? よくわからないけどキラキラした紙だったから、ぜんぶパインちゃんにあげちゃったわ」
あっさりとした彼女の後ろを、3機の紙ひこうきを追いかける、欲張りパインパックが通り過ぎていく。
「あっ、そうだ! それよりも見て見て! ママ、ついに『ゴルちゃんと耳かき券』を手に入れたのよ! 膝枕は少ししかさせてもらえなかったけど、耳かきならずっと膝枕できるでしょう!? それに、ママの耳かきは変な声が出るくらい気持ちいいのよ! それをゴルちゃんにできると思ったら、ママ、嬉しくて嬉しくて! もう嬉しくて死んじゃいそう!」
時の人はそれどころか、見たことも聞いたこともない、へんなチケットを自慢してくる始末であった。
煽り虫様から、ガンハウンドのファンアートを頂きました、ありがとうございます!
第1章の後にある、ファンアート置き場にて掲載させていただきました!