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103 最果ての想い 4

 マオマオはゴブリンの拷問によって瀕死の重傷を負ってしまったが、ゴージャスペンションでの静養によってみるみるうちに回復していった。


 若さゆえの回復力と、ペンションを訪れた聖女や治癒術師(ヒーラー)たちによる施術。

 そして何よりも、自然に囲まれた環境の良さが幸いした。


 後遺症により顔の包帯は取れず、そして杖がないと歩けなくなってしまったが、少女は元来の明るさを取り戻していく。

 彼女を絶望から救っていたのは、ペンションの動物たちであった。


 心躍るような鳥のさえずり、身体にもりぐこんでじゃれてくるリスたち、遊びに誘うように飛び跳ねるウサギたち、顔をペロペロ舐めてくるシカたち……。



「あはっ! くすぐったい! くすぐったいね! あはははははははっ!」



 笑顔で花畑を転げ回るマオマオ。

 それを見守っていたのは、小さなクマのようなオッサンと、大きな本物のクマであった。



「ああっ!? ゴルドウルフさん、シャオマオ! マオマオのこと見て、笑ったね!? よぉし、みんな! あのふたりをマオマオと同じ目にあわせるね!」



 『シャオマオ』というのは、クマの名前である。

 ゴルドウルフはずっと『クマ』と呼んでいたのだが、それでは可哀想だと彼女が名付けたのだ。


 ワーッと小動物たちからじゃれつかれ、たまらず倒れ込んでしまうオッサンとシャオマオ。

 その上から、マオマオが乗っかる。



「ふたりとも、まいったね!? マオマオに勝てるわけがないね! だってマオマオ、ヘンリーハオチーでも動物たちと仲良しだったね!」



 少女の笑顔は、少しずつではあるが、元の輝きを取り戻しつつあった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『シャオマオ』は、獰猛なイメージのあるクマである。

 しかしオッサンが川魚を分けたことで懐き、オッサンの手伝いをするようになった。


 彼がリアカーを牽引してくれるようになったおかげで、商品の運搬は格段に楽になる。

 そして彼がいてくれるおかげで、ゴブリン避けにもなっていたのだ。


 名付け親であるマオマオは、シャオマオとは特に仲が良かった。

 花畑ではいっしょに大の字になって、お昼寝する姿がよく見られた。


 マオマオは脚が悪いながらもそこらじゅうを歩き回っていたので、心配性のシャオマオはいつも彼女のそばをついて回った。

 マオマオが遠くに行こうとすると、抱きかかえて連れて行こうとするのだ。


 そんな愛らしい姿が泊まり客にも好評で、クマに抱っこされた少女が、



「ゴージャスマートへようこそね! わたしマオマオ! こちはシャオマオ!」



 と出迎えてくれるのが、最果て支店での新たな名物になりつつあった。


 しかし山道にクマがいるとなると、初見の冒険者たちはみんな驚いた。

 シャオマオが心やさしい動物であることを知らしめるため、マオマオは一計を案じる。


 そして、ゴルドウルフは目にすることとなる。


 白と黒に塗り替えられた、シャオマオの姿を……!



「マオマオさん、シャオマオの毛を染めてしまったのですか!?」



「はい! ゴルドウルフさんにもらった塗るやつで、シャオマオをパンダにしたね! これでみんな怖がらないね!」



 少女から「白と黒に塗れるのが欲しいね!」と言われたときは、オッサンは何に使うのだろうと思いつつも自作の塗料を渡した。

 しかしまさか、クマをパンダに変身させるためだったとは……。



「塗料は人間の肌に塗っても害のない土や植物から作っていますから、動物の毛染めに使っても大丈夫だとは思いますが……シャオマオは嫌がらなかったんですか?」



「マオマオ、そう思って、シャオマオがお昼寝してる時に塗ったね! 起きた時はショックを受けてたけど、可愛いって言ったら喜んでくれたね!」



 マオマオとシャオマオ、ふたりはまるで親子のように揃って「エッヘン!」と胸を張っていたので、オッサンは戸惑いつつも受け入れることにする。



「それなら、まぁ……。ところでパンダというのは、ヘンリーハオチーにだけ棲息している動物ですよね」



「その通りね! マオマオのいた所にも、仲良しのパンダいたね! マオマオ、シャオマオがますます大好きになったね! もう、離れたくないね! ずっと一緒にいるね!」



 そう言いながら、嬉しそうにシャオマオに抱きつくマオマオ。

 その小さな身体を、爪で傷付けないようにやさしく抱き上げるシャオマオ。


 少女の笑顔はすっかり、太陽のような明るさを取り戻していた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それは『最果て支店』に、マオマオという新しい従業員が増えてから、数日後のこと……。

 ゴルドウルフはいつものように、麓まで仕入れに出かけていた。


 その日は泊まり客もいなかったので、留守はマオマオとシャオマオに任せてある。


 いつもなら麓で仕入れをすませたら、すぐに店へと戻る。

 しかし今日はそれとは別に必要なものがあったので、少し足を伸ばしてヤードホックの街まで買い出しに出ていた。


 今日はマオマオの誕生日ということで、いつもより豪華な食事と、プレゼントを用意するために。


 オッサンは記念日には贈り物をするマメな性格だったのだが、受け取った異性からのウケはあまりよくなかった。


 なぜならば、そのセンスに問題あり。

 街の雑貨屋で真っ先にチョイスしたのが、『木彫りのクマ』であることからも、その程度のほどが伺えよう。


 しかしオッサンは、幸せだった。

 そしてこの時はまだ、知らなかった。


 自分のいない、最果ての地で……。


 ひとつの恋が、今まさに散らされようとしていることに……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「……ここにはレディに人気の温泉があると聞いて、ゴブリン退治の前に立ち寄ってみたが……まさかパンダがいるとは思いもしなかったのさ」



「パンダって初めて見た! かわいいーっ!」



「レディたちの喜びは、ゼピュロスにとっての血液。このパンダを持ち帰ることができれば、ゴブリン退治などとは比較にならないほどの熱い血潮が得られるのさ。さぁパンダ君、ひと思いに……」



「……きゃあっ!? ゼピュロス様が突いたら、怒った!? このパンダ、怖いっ!? かわいい見た目なのに、まるでクマみたい!」



「ゼピュロス様、こわーい! 早く殺しちゃってぇ!」



「な……何をしているね!? ああっ、ゼピュロス様っ!?」



「うわっ、なにこの子? このペンションの子?」



「顔に包帯巻いてるし、杖ついてるし……なんかババアみたーい!」



「顔を隠してるってことは、きっと化け物みたいに不細工なのよ! 気持ち悪い、ゼピュロス様に近寄るんじゃないわよ!」



「や、やめるね! シャオマオは、マオマオの友達ね! 乱暴なんて、許さないね!」



「えっ、あんたマオマオなの? アンタたしか、ゴブリンをおびき寄せるためのエサに立候補したはずでしょ!? なのになんでこんな所にいるのよ!?」



「えっ、これがあのマオマオ!? あの男の子みたいな顔してた!?」



「自分の顔がコンプレックスになっちゃったから、自分でメチャクチャにしちゃったのね! うんうん、わかるわー!」



「このゼピュロスの、栄養源(ライフライナー)だったレディか……。いや、元レディだったと言うべきか……。なんにせよモンスターを斬ることに、このゼピュロスはためらわないのさ」



「きゃ~っ! ゼピュロス様ぁ~!」



「やった、ゼピュロス様のアレが見られるわ!」



「あはははっ! 見て見て! ちっちゃいのとおっきいの、モンスターどうしがかばいあってる!」



「どうせどっちも殺されちゃうのにね!」



「や、やめるね! ゼピュロス様! マオマオはどうなってもいいね! だから、だから……シャオマオだけは……!」



「化け物の指図など受けないのさ……! このゼピュロスの心を動かせるのは、レディだけ……!」



「あっ! ついに出るわよ、ゼピュロス様のアレが! みんな一緒に、せぇーのっ!」



「「「「「美しき者は美しく咲き、醜き者は醜く散るっ!!!!」」」」」



「やっ、やめっ……!」



「ゼピュロス・ハートブレイク・スプラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッシュ!!!!」



「やったぁっ! ゼピュロス様、さいっこー!!」



「わたしのハートも、貫かれちゃいましたぁ!」



「あぁん、私も穴だらけにしてぇ!」



「パンダの剥製を手にするはずが、なんの価値もない、ボロ雑巾になってしまった……。しかしこのゼピュロス、醜い者だけはどうしても許せないのさ……」

次回、オッサンとゼピュロスが…!

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― 新着の感想 ―
[一言] ・・・シャオマオ可哀そうに・・・(汗) まあ、今は気に入ってるみたいですしね。 ・・・こんな幸せが、いつまでも続いたらよかったのに・・・(悲)
[一言] ロアーがこいつに巻き込まれてざまぁされたら切れそうなんだけど。
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