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100 最果ての想い 1

 冒険者を相手にしている商店というのは、どこも開店直後の早朝と、閉店間際の夕方がいちばん忙しい。

 クエストに出発する冒険者が、朝は必要なものを買い求め、夕方は一日の戦果を売りに来るからだ。


 しかし『スラムドッグマート』は昼間も忙しい。

 正午には大聖女であるマザー・リインカーネーションが出勤する。


 彼女をクエスト前にひと目見たくて、出発を遅らせた冒険者たちがこの時に詰めかける。

 そしてそのあとは学校の授業を終えた子供たちで賑わうのだ。


 それらのちょうど境目にあたる、午後2時あたりは少しだけ客足も落ちつく。


 ゴルドウルフはその時間、急いですることがなければ店の前の掃き掃除をする。

 この国で数百店舗の商店を抱えるオーナーの仕事ではないのだが、彼はこの時間を大切にしていた。


 店の中からでは見えにくい、道行く人々の表情がわかるからだ。


 そのほとんどは、スラムドッグマートには関係のない人種なので、彼らの顔色がわかったところで商売に活かせるわけではない……。

 などと思っている『ゴージャスマート』や個人商店の店主は多い。


 ひどい店主になると、近づくだけで犬のように追っ払ったり、水を撒いたりする者もいる。


 しかしオッサンは違った。

 彼らと目が合うと笑顔で会釈し、時には声もかけたりした。



「今日は暖かいですね、いってらっしゃい」



「夕食のお買い物ですか? 今日はこの先にある魚屋さんにヤリーカがたくさん入ったとかで、安売りをしてますよ」



 彼らは直接の客ではない。

 だからこそ、だからこそである。


 『よくわからない店』というのは、それだけ風評被害も受けやすい。

 その店がなくなったところで何ら困らない人たちは、不祥事が発覚すると叩くのに回りがちになる。


 オッサンはそんな『よくわからない店』のイメージをなくしたかったのだ。

 たとえそれが店の前の掃き掃除という、地味な活動であったとしても。


 しかし、オッサンはずっとしたたかだった。



「ヤリーカは好きだけど、臭みがあって調理が大変? それでしたら『フスネル』のハーブを少し加えると良いですよ。『フスネル』はヤリーカの臭みを消して身を柔らかくしてくれますし、食欲増進の効果と、胃の調子を整えてくれる効果もあります。当店で取り扱っておりますので、よろしかったらどうぞ。……お買い求めになりますか? ありがとうございます」



 本来は冒険者が使うハーブを、オッサンは知恵袋を駆使することによって……。

 専業主婦の新客を、ひとりゲット……!



「誰か、こちらのお客様をハーブコーナーにご案内してください。あ、それとお客様、店内にはホーリードール家の方々がいますので、突然出てきても驚かないでくださいね」



 店員に連れられ入店する主婦に、オッサンが注意を促していると、



 ……ひゅう。



 不意に、一陣の風が吹いた。


 その強い風は、掃き集めていた路上のゴミを散らしてしまう。

 オッサンは、自然と苦い顔になった。


 掃除のやりなおしを嫌がったのではない。

 春の訪れを知らせる、この風を浴びると……。


 ずっと仕舞い込んでいた、あるひとつの感情が……止めどなく溢れてくるからだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それはゴルドウルフの『最果て支店生活』において、『ゴージャスペンション』が開店してから数週間後のことであった。


 今日は珍しく、宿泊客がいない。

 久しぶりに手が空いていたので、オッサンは朝から店のメンテナンスをしていた。


 入口にある看板が色落ちしていたので、外して塗り直していると……。

 山道を登ってくる、小さな人影が見えた。


 それは、あどけない顔つきの男の子だった。

 お団子頭なので、かなり幼く見える。


 しかし瞳だけは、生命が迸っているかのようにランラン。

 険しい山道も、ありあまる元気でズンズンと踏み越えている。


 身体は小さかったが、光沢があり色鮮やかな道士服が目を引く。

 オッサンはひと目見てそれが、北東の国『ヘンリハオチー』のファッションだと見抜いていた。


 オッサンはペンキのついたハケを置いて立ち上がると、少年に声をかける。



「こんにちは、いらっしゃいませ。『ゴージャスマート』へようこそ。ひとりでここまで来たんですか?」



 すると少年は、キリリとした表情を作って頷いた。



「はい! わたしマオマオ! 来たのは、ヘンリーハオチー! ゴブリン、どこ!?」



 ハキハキとしているわりにはカタコトの言葉。

 それで一気にまくしたてられてしまったので、オッサンは面食らってしまう。


 『ゴブリン』……。

 緑色の肌をした小さな身体で、尖った耳と裂けたような口が特徴の、人型モンスターである。


 最近、山奥にある遺跡のひとつに、そのゴブリンたちが棲み着いた。

 彼はおそらくその場所を尋ねているのだろう。


 そして、尋ねるということは……そこへ向かおうとしているということになる。



「あの……もしかして、ひとりでゴブリンのいる遺跡に行くつもりですか?」



 オッサンは、質問を質問で上書きしながら、さりげなく少年の装備を確認した。

 武器らしきものはなにも持っていない。小さな布袋を肩掛けで巻き付けているだけだ。



「いくらゴブリンが弱いモンスターとはいえ、遺跡にいるのは集団です。しっかりとした武器がなければ、危険で……」



 ……バッ!!



 言い終わるより早く、オッサンの鼻先を鋭い蹴りがかすめていく。

 灰色の前髪が、風を受けてふわりと揺れた。


 少年はそのまま演舞を始める。



 バッ! バッ! バッ! バッ! ババッ! 



 燃え上がるような音とともに繰り出される、目にも止まらぬ速さの突きや蹴り。

 これは、ヘンリーハオチーに伝わる格闘術……とオッサンは思った。


 マオマオはオッサンに向かって、威嚇する鶴のような片足立ちのポーズをキメる。



「マオマオ、カンフーすごい使うね! だから、不安いらないね!」



 ……彼が、『カンフー』の使い手だというのはわかった。

 年の割にかなりの手練れというのも見てとれたが、オッサンはますます不安になってしまった。


 集団のゴブリンというのは、報酬が無ければ熟練の冒険者でも敬遠するモンスターだからだ。

 ヤツらは単体だと睨みつけただけで逃げ出すのに、数が多くなると急に大胆になる。


 巣を作って土着(どちゃく)すると、近隣の村などを襲うのだ。

 しかも弱い者……女子供など連れさらい、余興のために拷問するという始末に負えない残虐性も持ち合わせている。


 単身で乗り込んでいった少年が、もし戦闘不能になってしまったらどうなるか……。

 オッサンは想像するだけで、身の毛がよだつ思いだった。


 ちなみに村の近くにゴブリンの巣ができた場合、村から冒険者に対し、巣の討伐クエストが依頼される。


 しかし少年が向かおうとしている巣は、ヤードホックの山奥にある。

 麓の集落にも被害が出ていないので、ほったらかしになっている巣だ。


 この『最果て支店』がある場所には、そのゴブリンたちが侵攻してくるのだが、オッサンはとある方法で被害を防いでいた。


 それはさておき、クエスト依頼すらないゴブリンの巣に向かう酔狂な冒険者などいない。

 オッサンはいろんな意味で、少年を思いとどまらせようとする。


 しかしマオマオは、まったく耳を貸してくれなかった。

 目的や意図を聞いても教えてくれず、ただ、「ゴブリンどこ!?」を繰り返すばかり。


 そしてとうとう、



「もういいね! マオマオ、ゴブリン探すね!」



 と制止を振り切ってまで山へ分け入ろうとしたので、オッサンは観念してゴブリンの巣のある遺跡の場所を教えた。

 遭難されるよりはマシだと思ったからだ。



「マオマオさん、ちょっと待ってください。ひとりでは危険ですから、私も同行します」



 そしてオッサンは無理にでも付いていこうとしたのだが、そこに運悪く、大怪我したパーティが転がり込んできてしまった。


 彼らに応急処置は施したものの、すぐに治療しないと命に関わる。

 オッサンは決断すると、マオマオに向かって言った。



「マオマオさん、私はリアカーで、この人たちを麓の集落まで送り届けます。夜までには戻りますので、ペンションの中で待っていてください。明日、一緒にゴブリンの巣に行きましょう」



 それからオッサンは怪我人を送り、治療を手伝い、ペンションに戻った頃にはすっかり暗くなっていた。


 そして……マオマオの姿はどこにもなかった。


 オッサンはすでにヘトヘトであったが、己の身体に鞭を打つ。

 ひと息つくことすらせず、手早く準備をするとゴブリンの巣のある遺跡へと向かう。


 夜の山奥を歩くなど死にに行くようなものであったが、少年のことが心配でたまらなかったのだ。

読者様の反応を見てなんとなく感じたことなのですが、勇者の中ではライドボーイたちが圧倒的に不人気のようですね。

ちなみに人気(?)なのはジェノサイドロアーとミッドナイトシャッフラーです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・・・さて! 出だしからオッサンのコマメさと強かさを見たところで! [一言] ・・・悲劇の回想の始まり始まり・・・。 ちゃんと感想を書けるかなあ・・・(心配) >勇者の中では、ライドボー…
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