99 新たなる刺客
『ゴージャスマート ハールバリー小国本部』、そこで行われようとしてランチミーティングに突如登壇……。
いや、天井からゴンドラに乗って降りてきたような、絶大なるインパクトで方面部長室に現れたのは……。
いま人気絶頂のアイドルグループ、『ライクボーイズ』のリーダーにして……。
力天級の戦勇者の……。
ライドボーイ・ゼピュロスっ……!
円卓の一角についた彼は、千両役者のような大仰な動きで、下着姿のメイドたちの肩を抱いていた。
女体盛りはジェノサイドロアーの命令で下げさせられてしまったので、ゼピュロスはしょうがなくふたりのメイドたちを両隣につけたのだ。
ゼピュロスのシルクの手袋が、白い蜘蛛のように柔肌を這い回っている。
しかし、メイドたちは嫌がりもしない。
弱い所に触れられるたび、ぞくりと身体を震わせ、熱にうかされたような吐息を漏らす。
そして、身も心もとろけてしまったかのように彼にしなだれかかって、媚びるように彼の口に料理を運んでいる。
そのイチャつく様子を、ジェノサイドロアーとデイクロウラーは呆れを通り越したような顔で見つめていた。
「さっき会ったばかりの女の子を、こんなに潤わせちゃうだなんて……相変わらず、モテモテなんだね」
「ふぅ、アイドルになったというのに、節操のなさはまずまず酷くなっているな」
「ゼピュロスは小学校の頃から女の子に人気あったもんね。初日でクラスの女子全員どころか、先生までメロメロにしちゃってたもん。こうやって見てるとあの頃のことを思い出すよ」
「ふぅ、そうだな。だが今日は同窓会をするために呼んだわけじゃないんだ」
するとゼピュロスは、ようやくメイドたちから視線を外し、正面に向き直る。
「では、このゼピュロスという名の青い鳥は、ここにいるレディたちのハートをついばんだあと、どこへ飛んでいけばいいのさ?」
そしてまるで羽ばたくかのように、両手を広げた。
すかさずメイドたちが「行かないで」とばかりにすがりついてくる。
即興演劇のような芝居がかった動作を、ジェノサイドロアーは溜息で押し流す。
いちいち突っ込んでいては話が進まないと思ったからだ。
「ふぅ……。端的に言うと、仕事を頼みたい。いまこの国の『ゴージャスマート』で展開しているブランドの、イメージキャラクターになって欲しいんだ」
提案に対し、「ふぅん」と短い答えを返すゼピュロス。
「そんなんじゃ、青い鳥は来てくれないよ」と、デイクロウラーが口を挟んだ。
「今売り出しているブランドが女性向けなんだよ。だから要はキミに、この国じゅうの女の子を虜にしてほしいってコト」
追加情報に、「ふぅん」も多少の興味がありそうなニュアンスを含む。
しかし大きく肩をすくめると、
「ハールバリーにいるレディたちのハートは、すでにこのゼピュロスのものさ。手を叩けば集まってくる魚を、わざわざ釣り上げろというのかい? それほどやり甲斐のない仕事というのも、なかなかないのさ」
「……しかしそれは、雑魚だけだろう」
割り込んできた一言に、ゼピュロスの眉根がわずかに寄る。
ジェノサイドロアーはデイクロウラーが先に示した例だけで、彼の扱い方を察したのだ。
「大物の魚……大貴族の娘たちや大聖女たちは、手を叩く音を聴いてもゆうゆうと湖を泳いでいるだろう。しかし、俺のブランドである『クイーンズ・クール・デヴァイス』と、ライドボーイ・ゼピュロス、そしてここにいるデイクロウラーが手を組めば……。湖のヌシ、すなわちこの国の姫ですら、釣り上げることができると信じている」
いくつものファースト・キスを奪ってきたであろう、大スターの唇の端が、クッと吊り上がる。
それはわずかな変化ではあったが、ジェノサイドロアーは見逃さなかった。
「それに敵となる『スラムドッグマート』は、ホーリードール家と手を組んでいる。もちろん知ってるだろう? 勇者からの召し抱えをすべて断っているという、あの聖女の名家だ。……相手にとって、不足はないだろう?」
「このゼピュロスに興味のないレディが本当にいるのなら、ぜひとも会ってみたいものさ」
ゼピュロスはそう答え、飛び立つように立ち上がる。
メイドたちは追いすがろうとしたものの、腰砕けになっていて床に伏してしまった。
ゼピュロスは釣り上げた雑魚を放り捨てた後のごとく、彼女たちには一瞥も与えず去っていく。
「あれ、どこへ行くの? もしかして今から、ホーリードール家のモノたちを口説きに行くつもり? いくらキミでも、いきなりは大変なんじゃないかなぁ?」
デイクロウラーが呼び止めると、白薔薇のレリーフが全面に彫り込まれた鎧の背中が答えた。
「このゼピュロスは、生まれる前からレディたちを虜にしていたのさ。ゼピュロスを妊娠していたママも、ゼピュロスを離したくないあまり、お腹の中からなかなか出してくれなかったくらいに……。それに看護婦さんたちも、ゼピュロスを取り上げた瞬間にゼピュロスでラグビーを始めるほどに夢中だった……。ゼピュロスの生涯は、レディたちの争いの歴史でもある……。だからもう慣れっこなのさ」
「いや、そういう意味じゃなくて、あの三姉妹は……」
デイクロウラーは苦戦するだろうという意味で言ったのだが、ポジティブな白薔薇には届かなかった。
言い直しかけた言葉も、途中でジェノサイドロアーによって遮られてしまう。
「ふぅ、いいだろう、ゼピュロス。もしホーリードール家の聖女たちを虜にできたら、プロモーションにかけるはずだった予算をぜんぶお前にやろう。それでも俺の目的は達成できるからな。だがもし失敗したら、『クイーンズ・クール・デヴァイス』のイメージキャラクターになって、俺たちと一緒に『スラムドッグマート』と戦うんだ」
しかし、白薔薇はなおも振り向かない。
「鳥たちが翼を休める前に、ここに戻ってくるさ。そしてランチのお返しに、このゼピュロスからディナーをご馳走しよう」
そして風のように去っていく。
花びらのような一言だけを残して。
「……器はもちろん、最高級さ」
次回、聖女たちの魔の手が迫る…!
でも、その前に…!