98 ニュー・ライド
ホストであるジェノサイドロアーから「中に入れ」と急かされたのは、ゼピュロスと名乗る美青年。
そう、彼こそが今回のランチミーティングに呼ばれた『異例の客』なのだ。
しかし部屋の中から「入れ」と促されたところで、ゼピュロスは廊下でモデルのように突っ立ったまま。
「いくら幼なじみの頼みとはいえ、それはできないのさ。このゼピュロスにとっては、レディの肌の香りがだけが酸素……。こんなメンズだらけの空間にいては、息絶えてしまうのさ」
この時ジェノサイドロアーは「余計なことを言うなよ」といった視線を対面の席に投げていたのだが、遅かった。
デイクロウラーは、まさに「余計なこと」を尋ねる。
「ふぅん、じゃあトイレとかはどうしてんの?」
「メンズのトイレには、便器がふたつあるらしいね。このゼピュロス、レディのトイレにしか入ったことがないから、もうひとつの便器がどんなものなのか、いちど見てみたいものさ」
「じゃあ男湯とかにも……」
「ふぅ、いいからまず中に入れ。部屋に入るのにレディとやらが必要なら、メイドを呼んでやるから」
さらなる質問が続きかけたので、ジェノサイドロアーは断ち切る。
しかし返ってきたのは、またしても予想外の答えであった。
「それなら心配いらないさ。このゼピュロスにとって、レディは点鼻薬のようなもの……。常に持ち歩いているし、なくなったら補充すればいい。他人に世話をしてもらったことなど一度たりともないのさ」
そして彼は廊下に向かって、「おいで」と手招きする。
ゼピュロスの横で待機していたのか、メイドたちが料理の載ったワゴンを運び込んできた。
いつもより、だいぶ大きいワゴン……。
部屋の中にいるふたりの青年は、すぐにそのことに気づいた。
しかしその違和感も、瞬時に消し飛ぶ。
まるで夢でも見ているかのような、異常すぎる光景によって……!
ワゴンを押している3人のメイドは、なんと下着姿……!
あどけないメイド少女の、かわいらしいピンク……!
活発そうなメイド女性の、スポーティな水色……!
色っぽいメイドお姉さんの、妖艶な黒……!
しかしメイドの標準装備である、白……。
頭のカチューシャと、ガーターベルトとストッキングだけは、そのまま……!
「うわぉ!?」「なっ」
驚きのあまり、大声を出してしまうデイクロウラー。
ジェノサイドロアーは平静を保っているようだったが、息は詰まっていた。
メイドたちはさすがに恥ずかしいのか、頬を赤らめながらテーブルの傍らにワゴンを停めると、視線から逃れるように身体を隠す。
しかし男たちは、もはや彼女たちを見てはいなかった。
なぜならば……さらなる驚愕に、目を奪われていたから。
ワゴンの上には、なんと……!
一糸まとわぬ……!
いや、色とりどりの料理を下着のようにまとう、メイドたちが……!
彼女たちの裸体が皿となり、今日のランチのコース料理が並べられていたのだ……!
鎖骨から胸元を覆うサラダ、膨らみの谷間にはメイディッシュ、臍にたまったスープ……。
そしてデザートはもちろん……!?
まるでホストが逆転してしまったかのように、ゼピュロスは両手を広げる。
そしてようやく入室した。
一歩を踏み込むたびに、ガシャリ! と鎧が音をたてる。
「この部屋に来る途中、ここのレディたちに捕まってしまったのさ。そして、彼女たちから尋ねられたのさ。今日のランチはお肉とお魚、どちらをお召し上がりになりますか、ってね」
部屋の中まで進むと、運んできたメイドたちがみんな「ゼピュロスさまぁ」としがみつく。
ゼピュロスはメイドたちを抱き寄せながら、さらに歩みを進める。
「だからゼピュロスはささやいたのさ。どんな高名な陶芸家でも、希代の芸術家であっても創り得ない、キミたちの美しい身体を器にして……ハートを口にしてみたい、ってね……!」
ワゴンに寝そべっているメイドたちはそろってゼピュロスを見上げ、
「ゼピュロスさまぁ……私を召し上がってくださいぃ……」
とうわごとのようにつぶやいている。
この『ゴージャスマート ハールバリー本部』で働くメイドたちは、皆しっかりとした身元の者たちであった。
こんな商売女のようなことをする女性たちでないことは、毎日のように接しているジェノサイドロアーはもちろんのこと、デイクロウラーですら知っている。
いつもは楚々と、いつもは元気に、いつもは慎ましやかに……。
そんな彼女たちがまさか、下着姿になるどころか、女体盛りを引き受けるだなんて……!
ジェノサイドロアーは溜息まじりに、こう言うだけで精一杯だった。
「ふぅ……さすがはライドボーイ・ゼピュロス……。いま女性に大人気のアイドルユニット『ライクボーイズ』のリーダーだけあるな……」
『ライドボーイ』……。
かつて『蟻塚』と呼ばれ、いまは『不死王の国』と呼ばれる地下迷宮。
そこに挑んでいって、敗れ去っていった戦勇者たちのことを覚えているだろうか。
ライドボーイ・ランス
ライドボーイ・スピア
ライドボーイ・ジャベリン
ライドボーイ・オクスタン
彼らは、『ライドボーイ』一族の下位グループに属する。
そして、『ライトボーイズ』と呼ばれる4人組のアイドルユニットでもあった。
この『ライドボーイ・ゼピュロス』は、それよりもさらに格上……。
『ライドボーイ』一族において、中位に位置する人物であり、アイドルユニットとしても兄貴分の存在である。
そう……!
ジェノサイドロアーが『打倒オッサン』のため、新たなる刺客として呼び寄せた勇者……!
最凶のスケコマシ……!
今ここに、見参っ……!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
ディン・ディン・ディンギル
ブタフトッタ
ノーワンリヴズ・フォーエバー
マリーブラッドHQ
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
ジェノサイドダディ(失点40)
●力天級(小国副部長)
New:ライドボーイ・ゼピュロス
↑昇格:ジェノサイドロアー
ゴルドウルフ
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
ジェノサイドファング
ジェノサイドナックル
ミッドナイトシャッフラー、ダイヤモンドリッチネル、クリムゾンティーガー
ライドボーイ・ランス、ジャベリン、スピア、オクスタン
名もなき戦勇者 146名
名もなき創勇者 56名
名もなき調勇者 105名
名もなき導勇者 156名
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ちなみにではあるが、下位であったライドボーイたちは、みんな巨人に跨がって低身長をごまかしていた。
もちろんゼピュロスもその血筋を受け継いでおり、小男である。
しかし彼の場合は、『アークギア』で作られた全身鎧の中に入って上げ底をしている。
『アークギア』というのは、末期のクリムゾンティーガーも利用していた義肢の技術のことである。
巨人に跨がるよりもスリムで自然な体型を維持できるのだが、慣れないうちはロボットのような不自然な動きになるのと、いついかなる時も鎧を着て、義肢の堅さを誤魔化さないといけないというデメリットがある。
そしてさらなる余談となるが、ジェノサイドロアーは『小国副部長』に昇格していた。
オヤジが『最果て支店』に旅立つ前に、王都のゴージャスマートを守れるよう、権限強化をしてくれていたのだ。
ジェノサイドロアーがゼピュロスを呼び寄せた、目的とは…!?





