96 動と静
「……スラムドッグマートは、『親子ペアルック応援キャンペーン』で、小さな子供のいる家庭を取り込みに成功しました。こちらについては、我がグループの『クイーンズ・クール・デヴァイス』の売上には大きな影響はないようです」
「ふぅ、それはそうだろう。そもそも我々が狙っている客層ではないからな。それで、ポーションのほうはどうなっている?」
「そ、それが……」
「うまくいっていないようだな」
「も……申し訳ありません! フルーツ味を再現するには、まだ至っておりません!」
「ふぅ……。大手の薬品工房を買収し、ポーションの研究開発に関しては小国でも最大級の規模になったはずだぞ。それでも無理だというのか?」
「は、はい……! 総力をあげてスラムドッグマートのポーションを分析させているのですが、どうやって苦味を取っているのかすらも、わかっていない状況で……」
「……研究員を百人規模で投入しても、わからないというのか……。スラムドッグマートの薬品工房は大きくないようだが、よほど優秀な人材がいるようだな」
「スラムドッグマートの薬品工房は、以前、我がグループが下請けとして使っていた工房でした。その時の製品水準は低く、我がグループでは取引をやめてしまった経緯があります」
「そうか。ではスラムドッグマートが拾い上げたあとに、優秀な研究員が入ったようだな。ソイツを調べて、引き抜けばいいだろう」
「私もそう思いまして、部下に調べさせていたのですが……。新しい研究員は入っておりませんでした」
「……どういうことだ?」
「フルーツポーションに関しては、薬品工房の開発ではなく、スラムドッグマートからのレシピ通りに作っているそうです」
「ふぅ、ということは、フルーツポーションを開発したのは、スラムドッグマート側の人間ということか……」
「はい、今、スラムドッグマートの経営本部のほうを調べさせています。商品を企画開発している人間は多くないようですので、いずれわかると思います。ですが、あの……」
「どうした?」
「それよりもやはり、副部長のお父様がよくなさっていたやり方を、真似されたほうが……」
「……フルーツポーションのレシピを、盗めというのか?」
「はい、そのほうが時間も人材もコストも、すべて節約になり……」
「ふぅ……。他人が作りだしたものを奪い、自分のものとして売り出せばそうなるのは当たり前だ。だが、『時間、人材、コスト』……たったそれだけの理由で、この国に最後に残ったゴージャスマートの看板を危険に晒せというのか?」
「あっ、その点につきましては、心配ご無用です! 空き巣につきましては、お父様より鍛えられております! 我が諜報部としても、最も得意とするところです! それに例え衛兵に見つかったとしても、大臣の所でもみ消されますので、不祥事として露呈することもありません!」
「……お前はいま、誰に仕えている?」
「はっ?」
「オヤジに仕えているのか? それとも、この俺に仕えているのか?」
「そ、それはもちろん、今のハールバリー本部を預かられている、副部長……。ジェノサイドロアー様であります」
「ふぅ……そうか。ならばなぜ、オヤジのやり方を踏襲しようとしている? お前の飼い主は、この俺だ。隣の家の住人に媚びる飼い犬がどこにいる」
「……も、申し訳ございません! こ、今後一切、お父様の手法は口にいたしませんっ! 『法令遵守』、そして『ここぞという時にルールを破る者が一流』を肝に銘じます!」
「よし、では次だ。ポーション以外の分析はどうなっている?」
「は、はいっ! 競合となった製品のうち、まずはローブから調べていたのですが……」
「ふぅ……。なんだ、そっちもわからないというのか?」
「いえ、そうではなくて……とても、信じられないのです……」
「なにがだ?」
「まず、ローブの生地は織布ではなく、魔法を使って接合している『魔織布』でした」
「それで?」
「それが、染色した時の色栄えが良く、経年でも褪色しにくく、肌触りもよくて、通気性に優れていて……。しかも強度も高いうえに、丸洗いしても型崩れしない……理想的な生地だったのです……!」
「繊維の配合が良くできているということか」
「はい、我がグループの開発部も驚いておりました。魔織布の生地の配合は、それこそ星の数ほどあると言われています。いったいどんな配合にすれば、こんな奇跡のような生地が生まれるのかと……!」
「ふぅ、奇跡か……。数百人の創勇者が、束になっても敵わないとは……。スラムドッグマートには、よほど天才的な開発者がいるようだな。きっとポーションも生地も、その者が作ったんだろう」
「はい、なんとしても我がグループに欲しい人材です!」
「そうだな。ではそのローブを着るであろう、『聖女』たちのほうはどうなっている?」
「は、はい……。そちらにつきましては、親子と違ってブランドへの影響が大きいです。『クイーンズ・クール・デヴァイス』の聖女向け製品の売上が、軒並み激減しています」
「ふぅ……そうか。ホーリードール家の人間がついている時点で、多少のインパクトは予想していたが……そこまでとはな」
「まさか、あの名門ともいわれる聖女の方々が、大衆向けのローブを身につけたうえに、大聖女様がポーションのパッケージにまでなられるとは……。いったいどれほどのカネとコネを使って実現したのか、さっぱりで……」
「客の来ない個人商店を憐れんだ聖女たちが、気まぐれで慈善事業として手伝ったのが始まりらしいな。もはやその規模は超えているというわけか」
……ちなみにこの時動いていたのは、『ゴルちゃん歯磨き券』。
オッサンは連日連夜、20以上も歳の離れた少女たちと膝抱っこで歯を磨き、磨かれつつしていた。
ある意味、常軌を逸したモノと言えなくもない。
「いかがしましょう? 我々も高名な大聖女様を起用して……」
「いや、それはいい。ホーリードール家に匹敵する聖女など、この国には存在しないからな。他国から呼び寄せたとしても、大聖女ともなれば、広告のメインキャラクターで扱わねばならん。ブランドのイメージが聖女で固まってしまうのは避けるべきだろう。たとえそれを承知のうえでやったとしても、取り戻せるのは顧客の一部でしかない聖女だけ……。今の時点では、まるでコストに見合わない」
「しかしこのままでは、他の職業にも影響が出るかもしれません。高品質のローブともなれば、魔法使いにも……」
「ふぅ、何もしないと言ってるわけじゃない。起用するなら、敵を大幅に超えられるだけのポテンシャルを持つ存在でなければ、意味がないと言っているんだ」
「と、おっしゃられますと……それはどなた様で?」
「それは、いずれわかる。それよりも、最後の議題に行こう」
「あ、はい。お父……。オホンッ! いえ、ジェノサイドダディ様の現在の状況について、ご報告させていただきます」
次回、ジェノサイドダディの最新状況!