95 ポーションはママの味
『ゴージャスマート』に出鼻を挫かれたゴルドウルフはまず、商品コーナーに人を呼ぶことを考えた。
いくら『いま話題の』と声高に宣伝をしたところで、実際の売り場が閑古鳥では効果は薄い。
店に訪れた客が、
「なになに、この人だかり!? あっ、知ってる! 今話題のやつだよね! 私たちも見てみようよ!」
とならなければ、意味がないのだ。
なので、まずは何よりも、売り場の雰囲気作り……。
オッサンはそう考えていた。
通常の経営者であれば、若い女性冒険者に対しての施策を打ち出すのだろうが、オッサンはそれはしなかった。
なぜならば、それはゴージャスマートの新ブランドが狙っている客層と丸被りしているから。
話題性と宣伝力で勝てない相手と、同じ顧客の奪い合いをしても勝ち目はないと思っていたからだ。
『若い女性冒険者』というのは、いわば今回の客層における『本丸』にあたる。
じゅうぶんに力をつけて挑まないと、返り討ちにあってしまう。
ならば狙うは、大きく異なる層……。
そこで目を付けたのが『女児』だった。
ゴルドウルフは、新製品としてフルーツ味のポーションを追加投入。
狙いどおり、小さなお客様を取り込むことに成功した。
彼女たちは、母親とともに来店するであろうことを見越し、親子ペアルックを提案。
ファンシー装備へ誘導するとともに、さらに母親をも巻き込んでいく。
大人用の装備一式を買えば、子供用の装備一式が無料になるというキャンペーンを打ち出し、一家の大蔵大臣に訴えかけたのだ。
それは、決して派手なプロモーションではなかった。
だがオッサンは知っていた、そして信じていたのだ。
ママたちの、商品をシビアに見定める目を。
一度でも製品を使ってもらえれば、その確かな実用性を感じてもらえるはずだと。
そしてママたちの井戸端会議による口コミ、その威力を。
子供たちのクラスひとつに、ひとり……。いや、ひとつの学校のなかに、ひとりでも使用者がいればいい。
それだけで、ママさんコミュニティのなかで反応が生まれ……。
クラスから隣のクラス、そして全校、さらに隣の学校へと、連鎖的に広まることを……!
狙いどおり『スラムドッグマート』には、親子連れの姿がちらほらと増えはじめる。
やがて店の一角のファンシー装備コーナーには、常に人だかりの山ができるほどになった。
出来すぎのような話ではあるが、これは突発的に起こったものではない。
野良犬の店はすでに、子供や親たちからの信頼を得られるだけの土台があったからこそ、なし得たことと言える。
そう……。
例のお嬢様が巻き起こした喧嘩行脚で、すでに男性側……。
パパと小学生男児という、家庭における男性陣の心を掴んでいたからこそ、スムーズに女性陣をエスコートできたのだ。
そう……!
オッサンにとっては、『家庭の残り半分』をゲットするだけの、『簡単なお仕事』だったのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
売り場が温まったところで、オッサンは次の客層に狙いを定める。
それは子供たちと同じく、すでに信頼の土台ができあがっている『聖女』たち。
神に仕える彼女たちを取り込むために、ふたつの作戦があった。
まずひとつめは、売り出したい聖女用のローブを、ホーリードール家の姉妹たちに日常的に着てもらうこと。
プリムラがデザインしていたのは、パステルホワイトを基調とし、淡いカラーの入ったローブであった。
魔法使いのローブほど派手ではないのは、服装に厳しい聖女学校にも対応できるようにしてあるためだ。
しかしこればかりは、業務の一環とはいえ命令にするわけにはいかなかった。
名家の聖女たちとはいえ、店にいる間は従業員。
だが聖女のローブというのは、彼女たちの信仰の気持ちの表れでもある。
自らの意思で着てくれないかぎりは、服装まで指示するわけにはいかない……。
とオッサンが悩む間もなく、
「見て見てゴルちゃん。みんなで新製品のローブ、着ちゃった! これ、いいわねぇ! さすがプリムラちゃんがデザインしただけあるわぁ!」
「お、おじさま、い、いかがでしょう……? へ、変ではありませんか?」
「ごりゅたん、ぱいたんみうー!」
三姉妹は嬉々としてローブに袖を通していた。
胸のサイズがぜんぜん合わずに、半分くらいはみ出している長女。
初めてのおめかしを披露するかのように、照れまくる次女。
ダボダボで、裾をずりずりと引きずっている三女。
「……プリムラさんは、よくお似合いですよ。マザーとパインパックさんは、サイズの合うものを用意しますので、そちらに着替えてください」
下手に『三人とも似合う』などと口走ったら、彼女たちはそのまま過ごしかねないので、オッサンは忌憚なき感想を述べた。
さて……。
ちょっとしたゴタゴタはあったものの、聖女たちがローブを着てくれたので、オッサンは次のステップに入る。
女児たちについては、甘いフルーツ味のポーションで取り込んだが……。
それよりも平均年齢の高い、聖女たちを取り込むための施策は、果たして……!?
それは、なんと……!
さらに甘い、『フルーツ味のポーション』であった……!!
しかし今回のは、ただのフルーツではなかった。
『ルックマ』と呼ばれる、大ぶりなミカンのような見目。
蒸かしたクリとサツマイモとカボチャ、それらを足したような不思議な甘さと食感。
いかにも女性の支持が得られそうな果物であるが、女神も愛食していたという逸話つき。
聖女たちの住まいといわれる聖堂、その庭には必ず『ルックマの樹』があり、訪れた人に実を振る舞っているという。
味も、付随するエピソードも、まさに『聖女のための果実』といっても過言ではない……!
オッサンはこれを、フルーツポーションの新フレーバ-として起用したのだ……!
野良犬ポーション、『ママの手作りルックマ味』、爆誕っ……!
……ママというのは、例のママのことである。
ホーリードール家が所有しているルックマの果樹園から採れた実を、工房でポーションに精製。
仕上げにママが「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と、愛情いっぱいのおまじないをかけた逸品……!
スラムドッグマートのイメージキャラクターであるゴルドくんを、圧殺するほどに抱きしめているママのパッケージイラストが目印……!
大聖女、『リインカーネーション・ホーリードール』……!
二次元の世界に、大・降・臨っ……!!
この企画の大半は、当人たちの大暴走によるものだったが、とにもかくにもこの作戦はかつてないほどの威力を発揮する。
『女神』と、『カリスマ大聖女』……。
この最胸タッグに、撃沈されない聖女などこの国には存在しないだろう。
『スラムドッグマート』はついに、牙城の一角……。
『ゴージャスマート』の行列に並んでいた聖女たちを、根こそぎ奪還することに成功したのだ……!
次回、ジェノサイドロアー側のリアクション!