94 パステル親子
今日はとある魔導師小学校の、親子レクリエーション大会。
黒や紫を基調としたシックなローブを身にまとう親子魔導師たちが、街はずれにある『訓練施設』へと集まっていた。
『訓練施設』というのは、冒険者たちの実戦である『クエスト』を疑似体験できる場所である。
体育館のように大きな建物の中にセットが設けられ、屋外や地下迷宮などの冒険を疑似体験できるというものだ。
ちなみにではあるが、大がかりな仕掛けを動かす関係上、利用するための費用はそれなりにかかる。
なので客層としては、裕福な家庭が多い上級職以上の学校が主である。
グラスパリーンが受け持っているような、小規模な下級職小学校では到底無理。
そんな貧民層は、かわりに河原でキャンプなどをするのだ。
話しを元に戻そう。
その『訓練施設』の入口にある広場には、ひと目で魔導師とわかる、暗いローブをまとう親子がぞくぞくと集まってきている。
それは、まるでカラスの集会か、怪しい儀式の始まりのような光景であった。
そこに、世界の色を独り占めしたような、カラフルなローブの母娘が現れた途端、
「わぁーっ!? そのローブ、きれーい!」
「あら奥様、もしかしてそれが触媒? 樫の木の杖じゃなくて、まるで大きなキャンディみたいでかわいらしいわぁ」
「ねぇねぇ、それ、どこで買ったの!? えっ、スラムドッグマート!?」
「あ、そのお店、聞いたことある! 最近、フルーツ味のポーションを売り出したところだよね!」
「うん、私もそれを買いに行ったんだけど、このローブがかわいかったら、ママにねだって買ってもらっちゃった!」
「いいなぁー!」
「あら奥さん、親子でお揃いの装備だなんて、素敵だわぁ!」
「ねーねーママ! 私もあのローブ欲しい! ママとお揃いにしたーい!」
おとぎの国からやって来たような格好の母娘は、瞬く間にその場のアイドルとなった。
さらにそこに、ゴージャスマートのブランド装備でバッチリ決めている金持ち親子が、モデルのように颯爽と現れる。
いつもであれば、その場がどんな話題で盛り上がっていようとも、注目をさらうことができていたのだが……。
今日に限っては、格下の母親連中は集まってくるどころか、一瞥してくるだけであった。
本来は自分がそこにいなくてはならないはずの、大勢の輪の中心には……。
ママカーストでも中の下あたりに位置する、地味な母娘が……!
輪の外にいるゴージャス・ママは、さんざん自慢するはずだったローブの袖を、悔しさをぶつけるように噛みしめていた。
「キィーッ! このレクリエーションは、アテクシたち親子の最高級装備を見せびらかすためのファッションショーでしたのに……! なんざましょ、あの下品な色した装備は!?」
「ねぇ、お母様ぁ。わたし、このブランド品よりも、あの子の持ってるかわいい装備のほうがいい-!」
「おだまりっ! あんなオモチャみたいな装備、きっとすぐに壊れるざます! きっとレクリエーションの途中でボロボロになって、恥をさらすだけに決まってるざーます!」
さて……ここであることを思い出してほしい。
ゴージャスマートとスラムドッグマートの、女性客獲得のための戦略の違いを。
ゴージャスマートは女性専門の店舗を用意し、商品はあくまで従来路線の『洗練されたクール』なもの。
しかし価格のほうは大衆向けに抑えめに設定し、なによりも『身につける喜び』をアピール。
かたやスラムドッグマートは専門店は用意せず、商品は今までにない『賑やかでかわいい』もの。
価格や品質は他の商品と同じで、見た目だけファンシー。
……価格や品質は他の商品と同じで、見た目だけファンシー。
……価格や品質は他の商品と同じで、見た目だけファンシー。
……見た目だけ、ファンシーっ……!
「すごい! 今日はどうしたの!? ウッドゴブリンに、マジックアローが百発百中じゃない!」
「うん、この杖のおかげだよ! これ、すっごく握りやすくて構えやすいの!」
「奥様、いままで実力を隠してたの!? まるで現役の魔導師みたいじゃない!」
「ううん、この杖がすごいの! 見た目のわりにすごく重心のバランスが良くて、まるで自分の身体みたいに扱いやすい……構えるのも保持するのも、ぜんぜん辛くないの!」
「それにしても、あんな遠距離のウッドゴブリンにまで魔法を当てられるだなんて、すごくない!?」
「それはね、このねじり飴みたいに段々になってるところで、大雑把にだけど距離が測れるようになってるからなの」
「えっ、杖で距離なんて測れるの!?」
「うん。お店の人に使い方を教えてもらったんだけど、こうやって杖を地面に立てて、対象物を見るの。いまあそこにいる、ボスのウッドゴブリンは大きさ2メートルだから、ここからの距離はだいたい……25メートルっ!」
スラムドッグ・ママは杖を使った計測を披露すると、攻撃対象との距離を織り込んだ電撃呪文を詠唱する。
……ズドォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
轟音とともに、キャンディの先から閃光が迸る。
蛇行するレーザーのようなそれは、空間をヒビ割れさせながら、大柄なウッドゴブリンの頭を吹き飛ばしていた。
呪文というのは唱える文言のなかに、『距離』や『高さ』などの対象の位置情報も含ませることができる。
この仕組みを治癒の呪文などに利用すれば、遠くにいる対象を治すことも可能となる。
しかし計測には手間がかかるので、戦闘中などの咄嗟の場合には省かれてしまうことがほとんど。
そうなると、あとは杖で狙いを定めるしかないのだが、その方法だと命中率は格段に落ちる。
スラムドッグマート販売の、キャンディのような杖……。
それは見た目だけでなく、性能も規格外であった。
設計者であるゴルドウルフが、今でいう『双眼鏡のミルスケールの機能』を織り込んでいたから……!
おかげでスラムドッグ・ママは、この施設でも始まって以来の出来事……。
全弾命中のうえに、ワンショット・ワンキルという快挙を成し遂げることができたのだ……!。
かたやゴージャス・ママは、ブランド装備の性能を見せつけようと、数打ちゃ当たる作戦で呪文を詠唱しまくっていた。
その結果はというと……。
「はぁ、はぁ、はぁ……! ぜい、ぜい、ぜい……! ムキィィィィィィィーーーーッ!! なんで、なんでアテクシたち親子の呪文はてんで当たらないざますのっ!?」
汗だくになって化粧が落ち、しかもその汗がローブに染み込んで、せっかくのシルクの生地が悲惨なことに……。
見た目は完全に、森の奥に棲んでいる悪い魔女のようになっていた。
その前を涼しい顔で通り過ぎる、森の妖精のような、パステルカラーの母娘。
「奥様、本当に今日はどうしちゃったの!? 親子揃っていちばん活躍してたのに、ふたりともぜんぜん汗かいてないだなんて!」
「それもこのローブのおかげよ、見た目のわりに通気性がすごく良くて、蒸れないの!」
「えっ、ローブって蒸れるもんじゃないの!? 蒸れないローブなんてあるの!?」
「うん、私も最初は信じられなかったんだけどね。しかもコレ、丸洗いしても色落ちしたりしないし、縮んだりしないの! 何度か洗濯したんだけど、この通りよ!」
「ええーーーっ!? これ丸洗いしたヤツなの!? おろしたてかと思った!」
「これもお店の人が言ってたんだけど、汚してもシミになりにくくて、しかも汚れ落ちのいい生地を使ってるんだって!」
「通気性もよくて汚れ落ちがいいだなんて、夢みたいなローブね! もしかして、すっごくお高かったんじゃない!?」
「実は、それがね……お値段なんと……!」
「「「「「ええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」」」
……そんなテレビショッピングのような光景が、ちらほらと見られるようになった。
オッサン、ついに有閑マダムたちまでもを……!
ガッシリと、心をわし掴みっ……!
彼女たちがレクリエーションを終えたあと、すぐさま娘の手を引いて野良犬の店に向かったのは、言うまでもないことだろう。
今回は見知らぬオバサンのプチざまぁでした。
オッサンのパンチは、次回もさらに続きます!