93 七色のパンチ
オッサン vs ジェノサイドロアーの戦いのゴングが、ついに打ち鳴らされた。
開幕と同時に、挑戦者側であるオッサンが稲光のような速さでコーナーから飛び出し、チャンピオンに仕掛ける。
それは、鐘の音がまだ会場に残響しているというのに、すでにパンチを振りかぶっているほどの迅雷さであった。
野良犬が放ったパンチは、『かわいさ』を全面に押し出した新商品群。
冒険者用品業界において、ありえないとされていたデザインの装備を電撃発表……!
対戦相手である王様に、挨拶がわりの手痛い一撃を見舞った!
……かに見えた。
試合が始まってもなお、王者のガウンを身につけたままのチャンピオン。
その美しい顔に迫り来る、目にも止まらぬ青い稲妻を、
「ふぅ、そのパンチなら、朝起きた時から見えていたよ」
とばかりに、まさに王様のような余裕で、グローブ1個分かわし……。
必殺の、カウンターパンチを放つっ……!
なんとそれは、オッサンの狙いであろう女性客を、根こそぎ奪い去るかのような『新製品』……!
いや、『新ブランド』の発表であった……!!
その名も、
「女王様の素敵な武器!!」
BIKAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAM!!!!
予想だにしかなったチャンピオンからの返礼に、ブッ飛ぶ野良犬!
ロープまで飛ばされたあと、身体をしならせ、スリングで撃ち出された弾のように、またチャンピオンの元へと戻るっ!
そこにまた、チャンピオンの一撃が炸裂っ!
野良犬はカートゥーンアニメのように、チャンピオンとロープの間を行ったり来たり……!
挑戦者……!
もはや誰がどう見ても、ボッコボコ……!
その様子を見守る、リングのまわりに詰めかけた女性客たち。
試合の判定を下す役割もある彼女たちは、一部の聖女を覗いてみんなチャンピオンコールを始めている。
もはやこのファースト・ラウンドで、挑戦者のKO負けは確実かと思われた。
挑戦者の虎の子であった、王都攻略のための必殺パンチは、敗れ去ったかに見えた。
……しかし、思い出してほしい。
試合開始前に行われていた、選手紹介のアナウンスの内容を。
青コーナー、『技のフリーマーケット』と呼ばれた、熟練の挑戦者……!
そう……!
オッサンの持ち味は、多彩なるパンチ……!
そして相手によっては、グローブを足に付けた蹴り技を、パンチと言い張るほどのハングリー精神……!
今回は相手のヒール度が低いのでそれはなさそうだが、ともかく無際限の技を持っているのが、このオッサン……!
彼は顔面を何度もヘコまされていたが、まだ眼は死んでいなかった。
打開のための拳を、虎視眈々と握りしめ……。
放つタイミングを、ここぞとばかりに伺っていたのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
新製品の出鼻をゴージャスマートに挫かれ、まるで話題にならない状況に陥ってしまったスラムドッグマート。
プリムラは、自分が担当した商品デザインが悪かったのだと悲嘆にくれていた。
リインカーネーションは彼女の頭を撫でながら、子供をあやすようになだめている。
「ああ、よちよち。プリムラちゃんのせいじゃないわ。それに泣くなら、ゴルちゃんの胸でママやパインちゃんと一緒に泣きましょう」
その様子をそばで見ていたゴルドウルフ。
なにか釈然としないものを感じていたが、ともかく三姉妹の体当たりを受け止める。
最初のうちは、三女以外は肩を抱いて押しとどめていたのだが、そうすると次女は悲しそうな顔をするし、長女に至っては意地になって懐に潜り込んでこようとするので、なすがままになるしかなかった。
いつしかオッサンは、当たった時の感触だけで、彼女たちの成長を感じ取れる程になってしまう。
彼が、また大きくなったと内心思っていたかどうかは謎だが、そんなことよりも……。
「プリムラさん、マザーの言うとおりです。プリムラさんのデザインは悪くありません。ですので新製品の販売は継続します。少し手法を変えて、お客様に商品をアピールしていきましょう」
オッサンの中ではすでに、リカバリー策ができあがっていた。
それは新製品のターゲットを、行商のときに支持を得ていた層に絞るということだった。
そう。
『子供』と『聖女』に……!
オッサンは今回の新製品が波に乗ったときに、勢いを継続させるための次期製品を準備していた。
それを、ここで追加投入する。
失敗したら共倒れのリスクもあったのだが、勝負に出たのだ。
そのさらなる新製品というのは、同社の主力である『オーダーメイドポーション』の新フレーバー。
なんと、フルーツ味のポーションであった……!
ポーションというのは要は薬なので、『苦くてマズいもの』というのが常識としてあった。
『良薬口に苦し』ではないが、より苦いものほど効き目がある……そう信じられていたのだ。
しかそれを根底から覆す、『甘くておいしい』ポーションを新発売……!
イチゴ味、オレンジ味、ピーチ味、マスカット味などの、『口に甘し良薬』を……!
それは、いままで大人の味として敬遠していた幼い子供たちに好評を博す。
しかも、薬効を抑えた子供用ポーションもあるので、親は安心して与えられる……!
むしろ、大人になったら飲まなくてはいけないものだから、子供のうちから慣らしておけるのは助かると、親からの支持も得ることができた。
ゴルドウルフは、このフルーツポーションを求めて来店した親子を狙った。
ポーション売り場のそばに、新たなるディスプレイを設置する。
それは、プリムラがデザインしたファンシー装備を身につけた、親子のマネキン……!
そう……!
親子でのペアルックを提案したのだ……!
このアピールは特に、母娘で来店した層のハートを掴んだ。
「わぁ、ママ! これ見て! この魔法使いの装備、すっごくかわいい!」
「あら、ホント、魔法使いの親子をイメージしてるのね」
「ねぇママ、これ買おうよ! 私、ママとおそろいでこれ着たい!」
「でも私にはちょっと、かわいすぎのような……。あら? いまなら大人用のを1着買えば、子供用のが1着タダになるのね」
「ママにもきっと似合うよ! ねぇ~これ買って! 買って買って買って! 学校の勉強がんばるからぁ~!」
「しょうがないわねぇ、今回だけよ」
そうやって、娘にせがまれて買っていくパターンが続出。
母親としてもまんざらではなく、
「この子がもう少し大きくなったら、ゴージャスマートの高い装備のほうを欲しがるんでしょうね。それに年頃になったら親子のペアルックなんて絶対嫌がりそうだから、いい記念になりそうね」
そんな気持ちで、お買い上げ……!
これは草の根のような地味な販売戦略であったが、じょじょに実を結び始める。
そして……買っていった親子が、その装備をおそろいで身につけて学校行事に出かけたのがきっかけとなり……。
……大爆発を起こすに至ったのだ……!
次回、さらなるパンチが炸裂!