92 ラウンド・ワン
衛兵局からの営業停止処分を解除され、ついに王都であるハールバリーでの開店にこぎつけた『スラムドッグマート』。
移動販売で獲得した顧客たちがすでにいたので、初日から順調な滑り出しを見せる。
ゴルドウルフはその活況を利用して、新製品の発表を行った。
それは、『かわいい』を全面に打ち出した、新たなるプライベートブランド商品たちである。
パステルカラーを基調とした、明るい装備品やポーション。
どれにも同店のイメージキャラクターである『ゴルドくん』が描かれている。
いままで取り扱い商品にはそれほど『ゴルドくん』を推してこなかったのだが、このブランドでは必ずどこかに彼の姿があった。
剣やナイフでは刀身にシルエットが彫り込まれていたり、大々的なものになると盾の全面に顔が描かれていたりする。
冒険者の装備というよりも、テーマパークのお土産のようなビジュアルの商品が、スラムドッグマートの一角を占拠したのだ。
日々、生命をかけて戦う冒険者たちは、装備に『かわいらしさ』など必要としていない。
より確実にモンスターを屠ることができ、そしてモンスターからの被害を最小限に食い止めることができる……。
それ以外のものは、求められてはいない。
そう思われていた。
しかし野良犬の店は、その常識ともいえる既成概念を、真っ向から否定するような商品をぶつけてきたのだ。
同店のオーナーであるオッサンが、なぜそんな挑戦的なことを思いついたのかというと……。
ライバル店である『ゴージャスマート』の製品を研究しているときに、秘書のプリムラがつぶやいた何気ない一言からであった。
「ゴージャスマートさんの商品は、どれも洗練されたデザインで素敵ですね。持っているとなんだか自分が偉くなったと錯覚してしまいそうなくらい、格好よくて格調も高いです。貴族や王族の方々に人気があるのも頷けます」
実際にかなり高名であるはずのプリムラが、そんな感想を述べるのはなんだか妙であった。
彼女は、自分が敬われるほどの人物ではないと思い込んでいるのだが、それはさておき……。
それを聞いたオッサンは、胸以外は控えめな少女に向かってこう注文したのだ。
「それではプリムラさん、それとは真逆の新製品をデザインしてみてください」
プリムラは、オッサンの依頼は拒否しない。
彼女はまず、「はい、かしこまりました」と素直に返事をする。
そして承ったあとで、かわいらしく小首をかしげた。
「真逆とおっしゃいますと、『洗練されていなくて』『格好悪くて』『格調が低い』、ということですか……?」
「はい、悪い風に言ってしまうとそうなりますね。ではそれをさらに、良い風に言い換えてみてください」
「良い風に、とおっしゃいますと……」
才女であるプリムラが、オッサンの意図を理解するまでそう時間はかからなかった。
そう……。
『賑やかで』『かわいくて』『親しみやすい』……。
それが今回の、新製品のコンセプト……!
冒険者にとっての装備、特に武器などは『かわいくて』『親しみやすい』などありえない。
なぜならば武器というのは、外見で敵を威圧することも役割のひとつだからだ。
親しみやすい武器など、もってのほか……!
しかしオッサンはあえて、そこを狙っていったのだ。
そして完成したのは、ともすればオモチャとも揶揄されかねない、キュートでカラフルなものたち……!
このファンシーグッズのような装備品や道具は、多くの驚きを持って迎え入れられる。
そして噂をききつけた記者たちが取材し、新聞でも大々的に取り上げられる……!
……はずだった。
しかし、次の日の各紙を賑わせていた見出しは、なんと……!
『ゴージャスマート、女性向け新ブランドを発表!』
『女性専用の「ゴージャスマート」を同日開店!』
『コンセプトは、クールビューティー!』
『戦場を蝶のように舞い、蜂のように刺す剣! 「バタフライ・スティンガー・ブレード」をはじめとする新製品をラインナップ!』
第一面には、ゴージャスマートの新製品発表ばかり……!
スラムドッグマートの話題はというと、すみっこのほうにちょびっと……!
これは、ジェノサイドロアーが仕掛けたカウンターパンチであった。
彼はスラムドッグマートが行商をしていたときに、自社の商品がどれほど影響を受けるかというのを注視していた。
それは局地的で、それほど大きなものではなかったのだが、あることに気づいたのだ。
聖女関連商品の売り上げが、軒並み減っていると。
その理由は明白であった。
ホーリードール家の聖女たちに影響され、行商をしている地域の聖女学校の生徒たちが、みなスラムドッグマートに流れている……。
そして、ある結論に達する。
『スラムドッグマートがハールバリーで開店した場合も、引き続き聖女たちの支持を得るのは間違いないだろう。そしてそれを足がかりにして、次は女戦士や魔導女……。そう、女性の冒険者を狙いに来るはず……』
女性の冒険者というのは、割合としては少なくない。
近接戦闘をする職業は男性のほうが多いが、遠距離戦闘の弓術師などでは女性も多い。
魔法職とされる魔導師や治癒術師は半数が女性であるし、聖女にいたってはすべてが女性である。
そして「若い女性に大人気」というフレーズは、自分はまだまだイケると思っているオジサン連中には特に響く。
たとえそれが、貴族や王族であったとしても、だ……!
今の『ゴージャスマート』は圧倒的なブランド力で、裕福層の絶大なる支持を得ている。
しかし、油断はならない。
相手がたとえ、大衆向けの店であったとしても……。
「流行に敏感な自分」を演出するために、オジサンたちは犬小屋のような店であっても、喜んで飛び込んでいくだろう……!
それで掴んだ客をキッカケにして、王様の牙城を少しずつ崩していく……!
それこそがまさに、野良犬の真の狙い……!
ジェノサイドロアーは、ほんのわずかな売上データからそこまで推察し、秘密裏に新ブランドの設立を部下に指示していた。
そして、スラムドッグマートの開店にあわせ……。
出鼻を挫く格好で、大々的に発表を行ったのだ……!
女王様をイメージキャラクターに据えた、新たなる『ゴージャスマート』を……!
両者の戦略には、同じ女性客を狙っているにもかかわらず、大きな違いがあった。
ゴージャスマートは女性専門の店舗を用意し、商品はあくまで従来路線の『洗練されたクール』なもの。
しかし価格のほうは大衆向けに抑えめに設定し、なによりも『身につける喜び』をアピール。
かたやスラムドッグマートは専門店は用意せず、商品は今までにない『賑やかでかわいい』もの。
価格や品質は他の商品と同じで、見た目だけファンシー。
両者の戦いは、開始からゴージャスマートが優位となった。
なぜならば、有名ブランドであったゴージャスマートの逸品が、少し値は張るものの、がんばれば手に届くところまで降りていったからだ。
これには絶大なるインパクトがあった。
「今までは、お金持ちのお嬢様じゃなければ買えなかったものが、自分にも手に入る……!」
と、女性たちのブランド欲求を大いに刺激する。
女王印の『ゴージャスマート』には開店直後から連日、女性冒険者たちが殺到するようになった。
しかしそうなると、ひとつの危惧もあるだろう。
大衆向けになってしまっては、既存の上客たちが愛想を尽かして、離れていってしまう可能性が出てくる。
だからこそジェノサイドロアーは、店舗を2種類に分けていたのだ。
高級品であるオートクチュールを扱う、従来の『ゴージャスマート』と……。
既製品であるプレタポルテを扱う、新たな『ゴージャスマート』に……!
マスコミは連日、新生ゴージャスマートを取材し、行列の真写をこぞって新聞に掲載。
噂が噂を呼んで、他領からの客も集まりはじめる……!
それは一分のスキもない作戦であり、一分のムダもないメディアとの連携であった……!
そう……!
若きチャンピオンの放ったカウンターパンチは、見事なまでに挑戦者の顔面にめり込んでいたのだ……!
『スラムドッグマート』の新ブランドは、このまま人々の話題にもならずに、記憶から忘れ去られ……。
オッサンは、初めてのダウンを喫する……!?
そして『伝説の販売』もついに、初黒星を喫してしまうのか……!?
お知らせするまでもないかもしれませんが、次回はオッサンの反撃です。