91 オッサンの最果て支店生活 6
『ゴージャスペンション』は冒険者たちに好評を博した。
うまい酒とそれに合う料理を提供していたので、男の冒険者たちは大満足。
しかしそれ以上に、女性の冒険者からも大人気であった。
その理由は、やはり温泉……!
そして山の果物を使った、ワインやスイーツ……!
それほど金持ちではない多くの冒険者たちは、街にいる時は宿屋つきの安酒場で過ごす。
しかしそこには風呂などない。
出される料理も、腹が満たされれば良いだろうという粗暴なもので、まるでエサ。
しかも寝る場所も、最底辺となると馬小屋で、その上でも雑魚寝が当然だったりする。
モンスターと命がけで戦って生還したというのに、扱いは家畜同然……!
人間としての待遇を受けたければ、財布がスッカラカンになるのを覚悟してホテルに泊まるしかない。
しかし『ゴージャスペンション』では、そこまでの出費をしなくても、ホテル以上に素敵な体験ができるのだ……!
『ゴージャスペンション』は寝る場所こそネットカフェのような小部屋だったが、区切られたパーソナルスペースが確保されているし、鍵もかかるので安心。
女性冒険者たちが「街よりもここのほうがいい! 帰りたくない!」と口を揃えるのも無理はないだろう。
そんな評判が広まり、客が来てくれるようになったので、オッサンは行商の必要がなくなった。
というか、ペンション運営が忙しくて無理になってしまった。
オッサン、ついに『行商人』から……。
冒険者の店とペンション、『ふたつの店をあずかる店主』へとランクアップ……!
同時に『最果て支店』は、ヤードホックの街でもナンバーワンの売上を誇る店へとランクアップ……!
これでこの店も、ようやく軌道に乗った……。
オッサンの肩の荷が少しだけおりる。
最果ての地に来て、初めてひと息つくことができそうだった。
そして彼が披露してきた『伝説の販売』も、これですべて終わり……。
……では、ないっ!
実をいうと、まだ秘められたポテンシャルがふたつほど残っていた。
まずひとつめは、災害に対しての拠点。
洞窟や遺跡などがある山の最深部から、街までは戻るのは大変だったのだが、『ゴージャスペンション』まではそれほど離れていない。
なので以前のように大雨が降っても、冒険者たちが洞窟で立ち往生ということもなくなった。
さらに山で迷ったとしても、『オッサンサイン』があるので遭難することもない。
『最果て支店』は、冒険者たちの駆け込み寺として機能し、彼らの事故率を大幅に減らしたのだ……!
そしてふたつめの可能性。
それは慎ましやかなものであったが、もし本気になって取り組めば……街を恐慌に陥れることもできる、危険なモノであった。
その名は、『買い取り業務』……。
オッサンは『最果て支店』において、素材の買い取りも行っていた。
『最果て支店』が存在しなかった頃は、冒険者たちは洞窟などで獲得した素材を、街まで戻って売るか、クエストカウンターに納品していた。
オッサンはなんと、それを先回りして買い取ったのだ。
街で取引されるよりも、少しだけ安い値段で……。
しかしこれが、冒険者たちには特に好評を博した。
『ゴージャスペンション』に泊まったついでに、狩った素材を売ってしまえば……。
街に帰るまで持ち歩く必要がなくなるうえに、腐らせてしまう心配もなくなる……。
懐は重くなったうえに、次の日にはまた、身軽な状態で狩場へと行けるのだ……!。
そして買い取ったほうのオッサンにも、メリットは大きい。
仕入れの時に麓に降りるついでに、その素材を売ったり納品したりすれば……。
差額ぶんが儲けとなり、さらに店の利益となって……!
『最果て支店』の売上を、ダントツのトップへと押し上げたのだ……!
しかも、しかもである。
この仕組みには恐るべき側面があることを、オッサンは知っていた。
それは、『流通する素材のコントロールが可能になる』ということ。
ヤードホックの山でしか獲れない素材も、すべてオッサンの掌中に集まっていたので、その気になれば流通量を制限することもできたのだ。
冒険者から買い取った素材を、倉庫にしまい込めば、その素材は街に流れなくなり……。
街の在庫が枯渇すれば、自然と価格は暴騰していく……!
さんざん価格を吊り上げたところで、ちびちびと売りに出せば……。
莫大な利益へと、早変わり……!
もしこれをやっていたら、『最果て支店』はヤードホックどころか、トルクルムでもナンバーワンになれるほどの絶大な利益をあげていたに違いない。
しかしオッサンは、あえてそれをしなかった。
商人の仕事は、冒険者と消費者の橋渡しである。
不当に価格を吊り上げることは、その橋を金持ちにしか渡れないように制限するにも等しい、と思っていたからだ。
たとえ価格を高騰させるようなことがあっても、そこから出た利益は仲介の自分にではなく、現場で命がけで戦っている冒険者に還元されるべきだとも思っていた。
オッサンは金に囲まれるよりも、なによりも…………。
冒険者の笑顔に囲まれることこそを、何よりも望んでいたのだ……!
……望んでいたのだ……!
…………いたのだ……!
………………のだ……!
……以上が、『伝説の販売』のすべてである。
オッサンは、商売など到底不可能な『最果ての地』を、『冒険者たちの楽園』に変えていた。
これほどの偉業を成し遂げたのであれば、普通の企業であれば立身出世も夢ではない。
しかしオッサンは『最果て支店』を軌道に乗せたところで、後からやって来る勇者たちにバトンタッチするつもりでいた。
これから美味しい思いができるというのに、それを勇者たちに差し出そうとしていたのだ。
しかし受け取る側の彼らは、そうはしなかった。
オッサンのあげた成果を『単なる偶然だ』と罵り、妬み、嫉み、僻み……。
偉業の看板だけを掠め取っていったうえに、あまつさえ楽園を踏みにじっていったのだ……!
しかも、しかもである。
オッサンを踏みつけにした足は、ジェノサイドダディのひとつだけではなかった……!
二足っ……!
ふたつ……! ダブル……! ツヴァイっ……!
幸せは長くは続かない、というが、これはあまりにも理不尽……!
世の理とはいえ、あまりにも無体、あまりにも不埒……!
あまりにも、神も仏もないっ……!!
……しかし今は、その悲しみに触れる時ではない。
来たるべき時がきたら、再び明かるみに出よう。
それよりも今は……。
今は、今の彼の生き様に注意を戻そうではないか。
地獄からよみがえり、人の世にふらりと立ち寄る、あのオッサンに……!
次回からは、現在のオッサンの『伝説の販売』に戻ります。