90 オッサンの最果て支店生活 5
『 ゴ ー ジ ャ ス マ ー ト 』
このランドマークとも呼べる超巨大看板は、陸の灯台のようにみんなの目印となった。
近隣の街からでも確認することができたので、大いなる話題を呼んだ。
街の『ゴージャスマート』の店長たちは、自分たちの店のいい宣伝になると喜んだ。
誰がやったか知らないが、まさか最果て支店の看板だとは誰ひとりとして思わなかった。
しかし、しかしである。
オッサン伝説は、これでもまだ片鱗……!
いよいよ最大級となる、『伝説の一手』が……。
今まさに、打ち降ろされようとしていた……!
それはホーンマックの山々を拠点とする、冒険者たちのクエスト事情を一変させるほどの……。
そして『最果て支店』を、長きにわたり支配していた閑古鳥を、一掃させるほどの決定的な一打となったのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
険しい山道を登って山頂付近まで来ると、例のランドマークは神々が初めて人々にもたらした文字であるかのように、ひときわ雄大な迫力をもって迎えてくれる。
そのお膝元には、開墾されて広々とした草原、そして立派なログハウスが立ち並ぶ。
入口のアーチには、『ゴージャスマート 最果て支店へようこそ!』の看板。
アーチをくぐると足元は水はけのよい地面に変わり、そして右と左、ふたつのログハウスに向かって道が伸びるている。
右側のログハウスには『ゴージャスマート』の看板が。
広い軒下にある、両開きのスイングドアを押し開いて中に入ってみる。
するとそこは、個人経営の雑貨屋のような、手作り感あふれる品物が陳列されていた。
『最果て支店』のメイン商品は、この店の店長による自作、または既存商品にアレンジを加えた消耗品である。
山で採取した薬草から作った傷薬やポーション。毒草を使った毒薬。火持ちのいい薪や松明など。
どれも、街の『ゴージャスマート』で扱っている既存品よりも良質だと評判だった。
店の奥のほうにはバトルアクスやプレートメイルなどの武器コーナー。
街の『ゴージャスマート』では取り扱ってもいないような不人気武器ばかりが並ぶ。
こんなモノを、わざわざ山奥まで来て買う馬鹿はいない……と思われるかもしれないが、クエストの情勢によっては飛ぶように売れる。
店主が勧めてきた時がポイントで、その時にクエストに持っていけば、ほぼ確実に有用な状況がやってきて、いつもとは段違いの成果が得られるらしい。
武器だけにかかわらず、店主のアドバイスは的確なことで有名。
このヤードホックの山でクエストを行う前に、山の神に参拝するかのごとく、多くの冒険者が訪れるという。
信じられないかもしれないが、別の地方へクエストに行く前の日に、わざわざこのヤードホックの山まで登って店主を訪ねる冒険者もいるそうだ。
『ゴージャスマート』を出て、今度は左側のログハウスに行ってみよう。
広々としたウッドデッキに、テーブルや椅子が並ぶオープンテラス。
雨の日でも大丈夫なように、しっかりとしたガラス窓の屋根。
たっぷりと降り注ぐ陽の光を浴びながら、両開きのドアを押し開くと、そこには……。
「いらっしゃいませ、『ゴージャスペンション』へようこそ」
なんということでしょう……!
ちょっとくたびれた感じはあるものの、人の良さそうなオジサン主人が……!
そう……。
これこそが、『伝説の販売』の最後の一打……。
『 ゴ ー ジ ャ ス ペ ン シ ョ ン 』っ……!
オッサンは、モンスターの素材を採取しに山へとやって来る冒険者たちのために、ペンションを開いたのだ……!
思い出してみてほしい。
素材採取クエストを行う、冒険者たちの行動パターンを。
彼らは狩場付近でキャンプを張り、そこで寝泊まりしつつモンスターを狩る。
そして目的を達成するか、資材が尽きるか、治癒ができないほどの負傷を負った場合などに撤収し、街へと戻る。
簡単に表すと『街 → 狩場 → 街 → 狩場 → 街 → 狩場』を繰り返しているということになる。
狩場は冒険者にとっての仕事場という事になるのだが、では街に戻った彼らは何をするだろうか。
まずは成果を金に変えるため、商店に立ち寄る。
その金を握りしめて、キャンプの粗末な食事ではなく、まともな食事と酒を求めて酒場へと向かう。
腹を満たしたあとは、固い地べたではなく、ぐっすり眠れるベッドを求めて宿屋へ。
そして夜が明けたら、冒険者の店で装備の補充して、また狩場に赴く……。
そう、そうなのだ……!
オッサンは『最果て支店』を、冒険者たちにとっての『街』にしたのだ……!
もちろん街に比べると、規模とバリエーションでは圧倒的に劣る。
しかし仕事中の冒険者にとっては、必要十分……!
狩場である洞窟から、街へと戻る途中……彼らは見たことだろう。
そして、思い出したことだろう。
山頂にそびえる『オッサンサイン』から、あのオッサンのことを……!
そうなると、必然……!
「そういえば、あそこは冒険者の店だけじゃなくて、メシも寝るところもあるんだったな。わざわざ街まで戻るのは面倒だから、あそこでいいか」
そこまでいけば、もはや必定……!
『街』という選択肢は、消えてなくなるっ……!
『街 → 最果て支店 → 狩場 → 最果て支店 → 狩場 → 最果て支店 → 狩場』……!
クエストが完全終了するまではもう逃げられない、『オッサンループ』のできあがりっ……!
「いらっしゃいませ、『ゴージャスペンション』へようこそ」
この笑顔に迎えられた時点で、回し車に入れられたとも知らず……!
ずっと絞り取られ続けるのだ……!
「今日も一日、お疲れ様でした。こちらが部屋の鍵になります。部屋に荷物を置いたあとは、夕食をお出ししますので食堂へお越しください。その前に汗を流したいのであれば、お風呂へどうぞ」
「えっ? こんな山奥だってのに風呂があるのか?」
「はい、この山から湧き出ている温泉を引いた、大きな風呂場があります」
「大きなお風呂!? わぁ! 素敵っ! 普段だったら街に戻ってもお風呂なんて入れないのに! 入る入る! 絶対入る!」
「女どもは本当に風呂が好きだよなぁ……。あ、でも温泉か……ってことは、ぐひひ……」
「ええっ、もしかして混浴なのぉ!?」
「男湯と女湯は別になっております」
「ああん、ますます素敵っ! もうこれは絶対入るしかないわね! 行きましょう!」
「では、お風呂からあがるまでに食事の準備をしておきますので、あがったら食堂へどうぞ」
「……ああ、さっぱりしたぁ! 一皮剥けたみたいに、お肌つるつる!」
「温泉ってのもいいもんだなぁ! 疲れが吹っ飛んじまったぜ!」
「おなかすいたぁ! 次はご飯ね! ……うわぁ、すごーい!」
「うおっ!? この煮込み料理、メチャクチャうめぇ! いつも街で食ってる泥みてぇなヤツとは大違いだ!」
「このサラダもすっごくおいしい! 街で食べてるシナシナのじゃなくて、シャキシャキしてて、味が濃くて!」
「ありがとうございます。煮込みのほうは、この山の渓流で獲った魚を煮たものです。サラダのほうは、この店の裏の畑で採れたものになります」
「くぅーっ! この酒も、最高だぜぇ! 今まで飲んだ酒のなかでいちばんだ! コレ、なんてヤツなんだい?」
「この山で採れた山ぶどうを使ったブランデーです。ハーブを配合してありますので、疲れが取れますし、飲んでも明日には残りにくくなっています」
「そうなの? 私はあんまりお酒が得意じゃないんだけど、それだったら飲んでみようかな!」
「お酒が苦手なのでしたら、同じ山ぶどうで作った白ワインもありますよ。ジュースのように飲みやすい果実酒もあります」
「うわぁー! この果実酒、おいしいーっ! フレッシュジュースみたい! ゴクゴクいけちゃう!」
「ああもうっ! この肉もうめぇじゃねぇか! これもこの山で獲ったヤツなのかい?」
「いえ、それはこの山の集落の方から頂いた鶏肉です」
「なんだ、てっきりウサギとかシカとかの肉かと思ったぜ!」
「最初はそのつもりだったんですよ。ジビエも食べられる店にしようかと思っていたんです」
「でもやめちゃったの? どうして?」
すると主人は、窓の外を指さす。
そこは一面の花畑で、夕暮れに彩られた美しい花々が広がっていた。
一枚の絵のように幻想的な景色であったが、それにさらに拍車をかけていたのは、寛ぎ遊ぶ動物たち。
肉食と草食、食うか食われるかの関係のはずの生き物どうしが、楽しそうにじゃれあってる。
食物連鎖の概念が、そこだけ崩壊したような不思議な空間……。
死後か、おとぎ話でしか見ることのできなそうな、夢の世界であった。
「山の動物たちに、なぜか妙に懐かれてしまって……殺すに殺せなくなったんです」
主人は少し困ったように、しかし少し嬉しそうに言いながら、彼らを慈しむように見つめていた。
オッサンの最果て支店生活はもう少し続く予定だったのですが、次回でいったん区切り、お話を元に戻します。