88 オッサンの最果て支店生活 3
オッサンは『最果て支店』での活動にあたり、ふたつのルールを自らに課していた。
まずひとつめは、『最果て支店』の担当地域、すなわちヤードホックの山以外への行商はしないということ。
これは、他の支店の売上を奪ってしまうようなことを避けるためである。
当時……というか今もそうなのだが、ゴージャスマートには『自分こそがすべて』という考えがはびこっている。
自分の評価を得るためなら、仲間の担当区分だろうとも平気で侵犯する……そんな社員だらけだったのだ。
しかしオッサンだけは違い、こう考えていた。
奪い先がライバル店というならまだしも、味方から奪っていては意味がない。
支店としての評価は得られるかもしれないが、『ゴージャスマート』全体の利益から考えるとマイナスでしかない、と……。
非正規であるオッサンのほうが、組織全体の利益を重んじていたというのは皮肉なものである。
次にふたつめのルール。
それは行商の場合であっても、店舗と同じくらいのサービスを提供できるよう努めること。
単身であり、持ち込めるものも少ない行商では、どうしても店舗に比べてサービス面で劣ってしまう。
オッサンはそれを補うため、独自のサービスである『装備の簡単な修繕』『特製ハーブティー』などを提供し、別方面から質の向上を図った。
しかし、そんな手厚いサービスをするのは効率からいうと最悪である。
店に来てくれた冒険者というのは、『客になりに来てくれた』と判断できるので、少々のサービスも無意味ではないだろう。
洞窟で出会った冒険者というのは、買い物ではなく冒険に来ているので、『客』になってくれる可能性はかなり低い。
したがって商品を勧めてみて、ダメそうだったらさっさと見切りをつけるほうが、効率的には正しいといえる。
だが、オッサンは逆に考えた。
『はなから客になる気のない冒険者』に客になってもらうには、あきらめずに食らいついていくべきだと……!
オッサンは洞窟で出会ったパーティひと組ひと組に、一期一会とばかりに親身に接した。
時間をかけて、懇切丁寧に……!
オッサンが『ヤードホックの街』のほうで店長をしていた時は、客に顔を覚えられることもなかった。
そもそも店長をしていた期間が短かったせいもあるのだが、洞窟で店の客と再会したときも、客のほうはオッサンのことを誰も覚えてはいなかった。
オッサンはそんな彼らに改めて、変わり種である『岩窟ゴージャスマート』の魅力をアピールしたのだ。
洞窟で商売する商人など、この国には存在しないので、冒険者にとって初見のオッサンは怪しさ爆発。
しかしそれらを笑顔とサービスで、時間をかけて解きほぐしていけば……。
彼らの行きつけの店の店員などとは、比較にならないほどのインパクトを持って記憶され……。
次に出会ったときには、サービスの質を思い出してくれて、確実なるリピーターになってくれる……!
しかし『岩窟ゴージャスマート』、ならびに『最果て支店』の売上は、初期は芳しくなかった。
出会ったパーティひと組ひと組にサービスを施していたので、1日に接することのできる客数が少なかったためだ。
しかし一度やってしまえば、二度目からは不要……。
時間がたてばたつほど、これが潤滑油となって、歯車は少しずつ回りはじめる。
そう……。
ヤードホックを拠点とする冒険者の間で、『岩窟オッサン』の噂がじょじょに広まっていき……。
やがては知らぬ者のいない、『名物オッサン』になっていったのだ……!
たとえ『へんなオッサン』がいる、という聞きかじりだけだったとしても、商売のしやすさはぐっと変わる。
「このあたりの洞窟で行商してるオッサンって、あんたのことか。モンスターだらけの洞窟で行商するなんて、変わってんなぁ」
「酒場で話してるヤツがいたんだ。洞窟で会ったオッサンから買った毒を使ったら、狙っていたモンスターがいつもの倍以上狩れたってな。ソイツはみんなに酒をおごってたぜ」
「洞窟でバトルアクスを勧めるバカがいるってのは本当だったんだな。でも勧められたヤツはみんな言ってる。勧められた直後に、バトルアクスが有効なレアモンスターが出るって。まるで絶対に当たる天気予報みたいだって言ってたな」
「すげえ! オッサンが勧めてくれたプレートメイルのおかげで入れ食いだぜ! 森の中をプレートメイルでうろつくなんて正気の沙汰じゃねぇが、狙ってた『フォレスト・クロウ』がガンガン襲ってきやがる! ヤツらが光りモノを大好きなのは知ってたが、まさか自分を光りモノにすればいいとはなぁ……!」
オッサンの『伝説の販売』の秘伝はここにも隠されている。
バトルアクスやプレートメイルを、いくら成果があがるからといって、わざわざ街から運ぶ気にはなれない。
しかしその狩り場の直前で売っていれば、欲しくなるのが人情というもの……!
そして冒険者というのは縁起を担ぐ人種である。
爆釣の成果が得られた装備というのは、次も効果をもたらしてくれると信じる。
誰もがホクホク顔で、バトルアクスを、プレートメイルを……。
重さも気にせずニコニコと持ち帰るのだ……!
オッサンの行商は、行商としては驚異的な売上を誇っていた。
トルクルム領における『ゴージャスマート』のなかでは、底辺の店などの比べたらずっと良かったほとであった。
しかしいくら大好評を博していたところで、限界というものがある。
領内での売上トップに達するには、さすがにひとりの行商では不可能というもの。
しかし……しかしである。
先刻ご承知のとおり、『最果て支店』はトルクルムにおいてナンバーワンの店舗となった。
それはいったい、どうやってなしえたのだろうか?
では次はその伝説を、紐解いていくことにしょう……!
今までは行商でしたが、次はいかなる方法で店舗まで呼び寄せたか、が語られます。
次回、さらなる『伝説の販売』が炸裂!