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86 オッサンの最果て支店生活 1

 『オヤジの最果て支店生活』が始まって、1ヶ月が経過。


 オヤジは今もなお、こだわっていた。

 まず山にある神木を切り倒し、その木材を使って店を作りあげることに。


 神木を倒した時点で、『伝説の販売』が幕を開けることを、信じて疑わなかったのだ。

 彼は毎日、石オノですらないただの石を、ひたすらに神木の幹に打ち据えていた。


 もちろんそんなもので切り倒せるほど甘くはない。

 しかし作業をしていると、決まってまわりに動物たちが集まってくる。


 彼を囲むいくつもの視線たちは、不思議に思っていたことだろう。


 あの男も、同じ……。

 あの男と、同じオッサンなのに……。


 あの(●●)オッサンが……この山でしてくれたこととは、大違いであると……。


 動物たちのつぶらな瞳に映っていたのは、汚れきった百獣の王。


 しかしその姿はいつしか、綺麗な野良犬の姿に変わっていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『ゴージャスマート 最果て支店』で勤務しているゴルドウルフ。


 その朝は、山の動物たちよりも早い。

 まだ暗いうちから起きだし、湧き水を引いて作った小川で顔を洗う。


 住居兼店舗として使っているログハウスの裏には畑がある。

 そこで少し土いじりをしたあと、今日食べるぶんの野菜を収穫。


 そして畑の隣にある焼き窯で、昨晩から寝かせておいたパン生地を焼く。


 採ったばかりの野菜で作ったサラダと、ひと晩寝かせてさらに味のしみたスープ、焼きたてのパンが毎日の朝食であった。


 朝食のタイミングにあわせ、開け放した窓に小鳥たちがやってくる。

 さえずりをBGMに食事をとったオッサンは、演奏のチップとして残ったパンの欠片を彼らに与えた。


 後片付けと簡単な掃除をしたあとは、仕事のために家を出る。

 山稜から顔を出すお日様と挨拶を交わしたあと、軒先に干しておいた魚の干物をリアカーに積んで、仕入のために麓の集落を尋ねた。


 山の麓にある集落には何かとお世話になっている。

 下山するときは作った野菜や干物などを持って行き、お裾分けするのだ。


 なかでも魚の干物は大好評で、最初は見た目のグロテスクさに敬遠されていたのだが、目の前で焼いて食べさせたらハマる者が続出。

 いまではオッサンがやってくると干物めあてに集落じゅうの人間が集まってくる始末だった。


 彼らに干物を進呈すると、お返しに肉をもらう。

 本当はゴージャスマートからの荷物を預かってもらうだけでじゅうぶんだったのだが、いつの間にかこんな助け合いをする関係にまでなっていた。


 今回ゴージャスマートから届いた荷物は、回復ポーション200セット。

 おおきな木箱にして8個ぶんだ。


 回復ポーションなら需要はいくらでもあるので良かったのだが、案の定、消費期限が切れていた。

 それも2年前なので、飲んだら傷は悪化するうえに腹痛になってしまうだろう。


 そして嫌がらせのダメ押しをするかのごとく、容器は割れやすい薄いガラスでできていた。


 普通なら受け取り拒否をしてもおかしくない荷物だったが、オッサンは喜んだ。

 すでに誤発注には慣れっこで、届くモノに対しての対策はすでに出来ていたからだ。


 オッサンは8個の荷物をリアカーに積み、落ちないようにロープでしっかり結ぶと、集落の人たちに見送られながら再び山を昇る。


 『最果て支店』に来た当初は、荷物ひとつ持って昇るのも死ぬような思いだった。

 しかし今では自作のリアカーがあるし、繰り返しているうちに鍛えられたのか、身体もそれほど辛くはなくなった。


 ログハウスには思っていたよりも早く戻れたので、販売に出る前にさらにひと仕事。


 運んできた木箱を開けてポーションを取り出し、ひとつひとつ開栓。

 そして薬草小屋から採ってきた毒性の強い草をひとつまみ入れる。


 仕上げに、毒を示すドクロマークの入ったラベルを張り、ロープを編んで作った保護用のネットをかぶせて完成。

 オッサンは腐ったポーションに毒草を加えることで、戦闘用の毒薬としてリメイクしたのだ。


 できたての毒薬、そして在庫用の倉庫からバトルアクスを50本。

 畑で作った薬草、それを煮込んで作った回復ポーションなどの消耗品。


 それらを大きなズダ袋に均等に詰めたあと、リアカーに積み込む。

 これで今日の商品は準備完了。


 あとは自分自身の身支度のために、ログハウスに戻る。

 朝食といっしょに作っておいた、昼食用のサンドイッチの包みを台所から取り、お金や冒険必需品が入った大きなウエストバッグを腰に巻く。


 再び外に出ると、オープンテラスのテーブルの上にリスたちが集まっていた。


 彼らはいつもこうして木の実を持ってきてくれる。

 オッサンはその小さなお土産をひと粒ひと粒、丁寧に拾い集めてポケットにしまった。


 そして、「では、いってきます。夕方までには戻ります」と律儀に挨拶をしてから、リアカーとともに出発する。


 それがオッサンの、毎朝の出勤風景だった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『最果て支店』のまわりは山々に囲まれており、遺跡や洞窟などが数多く存在する。

 人里はないので討伐クエストはないのだが、棲息するモンスターから採れる素材を目当てに訪れる冒険者はあとを断たない。


 オッサンは彼らがいる現地に出向いて行き、そこで商売をしていたのだ。

 しかしリアカーで進めるのは途中までなので、そこからはあらかじめ分けておいたズダ袋を担いで目的地に向かう。


 オッサンは街で働いていたときは、仕事終わりに毎日のように戦勇者(せんゆうしゃ)につきあって尖兵(ポイントマン)をさせられていた。


 店員と冒険者の二足のわらじを履くというのは実に珍しい。

 それはとてもハードなことだったが、その経験は『行商』においては非常に役立った。


 なにせ店では手にも取られない不人気装備であっても、必要とされる状況となれば、いくら払っても欲しくなる冒険者心理を知ることができたから。


 そして何より、『その状況』まで、単身で肉薄することができたから……!


 とある洞窟に入ったオッサンは、尖兵(ポイントマン)の経験を生かして道中の雑魚モンスターをスルー。

 より貴重な素材が獲れるモンスターが棲息する、最深部で商いをしたのだ。


 狭い通路を抜けたオッサンの前に、広々とした空間が現れた。

 ここがこの洞窟における、『ベスト・オブ・行商スポット』である。


 オッサンは高い壁をよじ登ると、天井付近にかかっている、梁のような石柱の上にあがった。

 部屋じゅうを見通せる、この高い位置こそが彼にとっての事務所となるのだ。


 火持ちのよい木、その間に動物のフンを間に詰めて、コンパクトながらもまる1日持つようにした木材。

 それを何本か取り出して並べ、焚き火をつくり、鍋でお湯を沸かす。


 そして、しばらく待っていると……。

 息を切らした冒険者たちが、どやどやと流れ込んできた。


 雑魚モンスターたちと戦いを繰り広げ、ようやく狩り場にたどりついたのは若者たちのパーティだった。

 彼らが商売の相手となるのだが、オッサンはいきなり声をかけたりはしない。


 信頼に足る相手か、上空から見極めた後……。

 パーティの人数分の水と、冷たいおしぼりが乗った籠を、そっと降ろし……。



「……ここまでの道中、お疲れ様でした。お仕事の前に、ひと休みいかがですか?」



 驚いて見上げた彼らに向かって、小春の日差しのような笑顔で、語りかけるのだ……!

ここからは過去にさかのぼり、オッサンの最果て支店生活となります。

真の『伝説の販売』…その全貌が、ついに明らかに…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真の伝説の販売伝!! ・・・出だしからオヤジの最果て支店生活とは似ても似つかん優雅さよ・・・!(笑) それと、オッサンは麓の村人たちとちゃんと交流があったんですよね♪ ダディが語り広めた最…
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