83 オヤジの最果て支店生活 2
オヤジの最果て支店生活がはじまって、数日が経過。
オヤジの自著をなぞるならば、とっくの昔に店舗用のログハウスができていなくてはおかしいのだが……。
オヤジはいまだに、初日に見つけた岩の窪みで暮らしていた。
「そういえば今日は、商品が届くんだったな」
そう、伝説を開始した数日後のタイミングで、店で扱う品物が届く手はずになっている。
今回の伝説では衛兵局大臣であるポップコーンチェイサー様の協力のもと、大臣が自らチョイスしたものが届くらしい。
オヤジはリュックに入っていた非常食で朝食をすませると、ボロボロの格好のまま山を降りる。
連日のトラブル続きで、持参していた衣類はすべて燃えてしまった。
替えのなくなった今は燃え残った端切れを集め、かろうじて大事なところを隠しているという格好をしている。
集落に着いたオヤジを待ち構えていたのは……。
なんと、うずたかく積まれた木箱の山っ……!
「なんだこりゃあっ!? 中身は……回復ポーション、2000セットだとぉ!? あんの●●●●大臣っ! 相変わらず●●●●みてぇな押しつけをしやがって、ゴルァァァァ!!」
……一部過激な表現があったので、オヤジの言葉には一部修正を施させていただいた。
オヤジは悪態をたれつつも、木箱のひとつを背負って再び山を昇ろうとする。
が、しかしぃ!
「はぁ、はぁ、はあっ……! ぜぇ、ぜぇ、ぜえっ……!」
途中で、フラフラに……!
オヤジは伝説の開始当初、着の身着のままでこの山を昇った。
何も持たないその時ですらバテバテだったのに、重い木箱を背負って登るなど、到底不可能……!
そしてついに限界を迎えたのか、切り立った崖道の途中でブッ倒れてしまったぁ!
……ドサッ!
「はぁ、はぁ、はぁっ……! チクショウっ! こんな重いモノ背負って山登りなんて、できるわけねぇじゃねぇか! ゴルァァァ!!」
しかしオヤジの自書である、『ジェノサイドダディ、脅威の販売力』には、こう書かれている。
『俺はいつでも弱音は吐かない。今までも、そしてこれからも。溜息をつくと幸せが逃げていくように、弱音は強さが逃げていくんだ。無能なクソ上司に押しつけられたポーション2000セットが入った木箱80個を、最果て支店まで5往復して運んだ時ですら、俺は恨み言ひとつ言わなかった。そして頂上で叫んでやったんだ。お前の嫌がらせはこんなものか、ってな!』
さすがのオヤジも、寄る年波には勝てないということなのだろうか……?
しかしここでオヤジは、信じられない行動に出るっ!
「そうだ! この木箱の中は回復ポーションだったじゃねぇか! コイツを飲みながら行けば……!」
なんと、商品に手を付けるという暴挙へ……!
そして、さらにぃ!
「ぐぐぐっ……! 開かねぇ! 釘で打ち付けてあるから、釘抜きがねぇと……! チクショウ! こうなりゃブッ壊してやらぁ!」
なな、なんとぉ!
近くにあった石を持って……!
「くらえっ、ゴルァァァ! ゴルァ! ゴルァ! ゴルァ! ゴールァァァァッ!!」
木箱に叩きつけはじめたぁ!
しかしオヤジは気づいているのだろうか?
中身はガラス瓶に入ったポーションであるということに……!
「よぉし、開いたぁ! ああっ!? ぜんぶグチャグチャに割れてんじゃねぇか! チクショウっ! どいつもこいつもふざけやがってぇ! ああっ、箱からポーションの中身が漏れてやがる……! こうなりゃ、これだけでも……!」
オヤジ、もはや人間のプライドすらかなぐり捨て、這いつくばって木箱から染み出す液体を舐めはじめたぁ!
「ウッ!? ……ゴハッ! ゲホッ、ゲホッ、グホッ! なんだこのポーション、クソまずいじゃねぇか!? ……もしかして、腐ってんじゃねぇのか!? 消費期限は……? ああっ!? 2年も前のヤツじゃねぇか! ゴルァァァァァ!!」
そしてまたしても、我慢の限界を突破……!
この伝説始まって何度目かの、駄々っ子モードへと突入するぅ!
「チクショウチクショウチクショウ!! なんで俺がっ!! なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだっ!?!? ●●●●大臣も、この腐れポーションも、このクソみてぇな石も、このそびえ立つクソみてぇな山も、ぜんぶぜんぶふざけやがってぇ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
しかしここは、崖っぷち!
そんな足場の狭いところで暴れたら、どうなってしまうのか……。
そろそろ学習すべきではないのかぁーっ!?
「うわっ、ああっ!? ごっ、ゴッゴッゴッ、ゴルァァァ!? ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?」
言わんこっちゃない!
案の定、崖下に転落してしまったぁ!
そして幸か不幸か、その下で待っていたのは……。
……ザッパーン!!
渓流だったぁーっ!!
「ぐわっ!? あぶっ!? あぶぶっ!? お、溺れるぅぅぅ!! だ、誰か助けろっ! 助けやがらねぇと承知しねぇぞ、ゴルァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!!!!」
流される、流されるオヤジ!
激しい流れに木の葉のように翻弄され、川から突き出た鋭い岩に次々と激突ぅ!
「たすっ、がっ!? けろっ、ぐはっ!? 助けやがれっ、ぐわぁっ!? でないとっ、ぎゃあっ!? 承知しねぇぞっ、いでえっ!? ゴルァァあぐぅ!?」
しかしこんな状況においても命令口調なのは、さすが生ける伝説!
オヤジの自書である、『伝説の販売員になるための50のメソッド』には、こう書かれている。
『「お願い」はするな、「命令」しろ! 俺はどんな時でも人に頭を下げることはなかった、たとえ相手が上司であったとしても。もしそれが大臣だったとしても、それどころか王様であろうとも同じようにするだろう。なぜならば常に正しいことを言っている自信があったからだ。正しいことは「お願い」する必要はない。「お願い」になってしまうのは、それが正しいことなのかどうか心に迷いがある証拠だ』
しかしいくら命令したところで、助けは来ない……。
この伝説において医療班が介入できるのは、オヤジが重傷を負った場合のみとなっているからだ!
気づけばかなりの距離を流され、とうとう断崖絶壁の滝口が迫ってくるぅ!
50メートルはあろうこの落差を落ちてしまっては、さすがの『伝説の販売員』もひとたまりもないっ!
しかしオヤジは堂々と、この結末を受け入れ……。
「うわあああっ!? しっ、死ぬっ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!? やだやだやだやだやっ! 助けて助けて助けて助けて! 頼む頼む頼む頼むっ! ああっ!? あああんっ! お願いお願いお願いお願い! お願いしますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
受け入れなかったぁぁぁぁぁーーーっ!!
オヤジ、最後の最後で命乞いぃ!?
そしてついに……ついにぃ!
「たぁすけてくださぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーッ!!!!」
急転直下の滝へと、ダァァァァァァァァァァァーーーイブッ!!
白煙が吹き上げる深い滝壺へと、真っ逆さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!
「ゴルぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
まるでデジャブのように、オヤジの悲鳴が伝説の地にこだまする!
絶体絶命のオヤジの運命は、果たして……!?
ちなみに、集落には手伝いを申し出てくれる人も大勢いたのですが、伝説としては『何事もひとりでやる』というルールになっているので、荷物も自力で運んでいます。