81 止まるスラムドッグマート
『走るスラムドッグマート』は、冒険者と学生たちの支持を得るに至る。
それはジェノサイドロアーも把握していた。
彼は自領にある『ゴージャスマート』各店からの売上報告に目を通し、どの品目の売上が落ちているかで敵が奪っていった層を調べていたのだ。
それを踏まえたうえで、彼が下した決断は……。
『なおも静観』……!
理由としてはまず、『ゴージャスマート』がメインターゲットとしている、ハイソでハイセンスな客層には何ら影響が出ていないということ。
そして移動販売を続けている以上、その状況は変わらないだろうということ。
移動販売というのは、『必需品を買う』という層のニーズにはマッチする。
彼らは何よりも、商品そのものを手っ取り早く入手することが目当てだからだ。
しかし、『買い物を楽しむ』という層のニーズは満たすことはない。
この層は、おしゃれな街にある話題のお店でなくてはならないし、品揃えや陳列のセンスにもこだわる。
そこまでの移動や手間、そしてお金などはいくらかかっても構わない。
行列すらも上等であり、むしろそれらを一連のアトラクションのように楽しむのだ。
これは、『走るスラムドッグマート』ではどうやっても実現不可能。
いつも同じ場所にあるわけではないし、品揃えや陳列にこだわれるほどの空間もない。
さらに店員の数も限られているうえに、野外での接客ともなると、『買い物を楽しむ』どころではないからだ。
この『問題』が解決されない限りは、大局に影響をおよぼすことはない。
ジェノサイドロアーはそう踏んでいた。
そしてこうも思っていた。
この『問題』を解決するには、店舗を構えるしかない、と。
……しかしそれは不可能である、と……!
そう、そうなのだ。
衛兵局の睨みが効いている以上、『走るスラムドッグマート』が立ち止まれる日はやってこない。
彼らは飢えた野良犬のように、残飯のようなわずかな利益を求めて街を駆けずり回るしかないのだ。
かたや王様はどっしりと構え、余計なことなど何もする必要はない。
かつての弟たちのように、相手の動きに急いて、事をし損じる必要はないのだ。
多少の売上など、くれてやればいい。
道端で繰り広げられている、見世物への投げ銭だと思えば安いものだ。
あとはその滑稽なショーを、ただ黙って眺めているだけでいい。
ハードな移動販売で野良犬たちが疲弊し、消耗していく姿に……。
気が向いたら、ねぎらいの拍手でも送ってやろう……!
……『走るスラムドッグマート』の決定的な弱点を、早くから見抜いていたジェノサイドロアー。
さすがはジェノサイドファミリー随一のインテリジェンスといえよう。
しかしその判断だけは、いただけなかった……!
ここは静観しては、ならない局面だったのだ……!
なぜならば、なぜならば……!
そんな弱点など、例のオッサンも当然気づいている……!
ここはあくまで、『野良犬が打った次の一手への布石』であると判断し……!
何がなんでも、営業を妨害すべきだったのだ……!
たとえ馬車に火を放ったとしても、ありもしないクレーム騒動を起こしてでも、全力で……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……いったいどうしたんですかぁ? ロングラン筆頭大臣。ボクチンだけを呼び出すなんて、珍しいですねぇ。あっ、もしかして、後継者としてボクチンを……!?」
「はい。今回お伺いすることに、納得ができる答えがいただけたなら、それもやぶさかではないでありますな」
「わっ、やっぱりぃ! やっぱり筆頭大臣も、ボクチンを次期筆頭大臣として推薦して、パパにチョコレートをプレゼントしたいんでしょぉ?」
「自分は甘いものは苦手でありますので、チョコレートを人に勧めることなどしないでありますな。それよりも、質問に答えていただけますかな?」
「もっちろん! なんでも聞いてくださいよぉ!」
「『スラムドッグマート』という冒険者向けの商店の営業を、一度は認可しておきながら開店直前で取り消した理由は、はたして何でありますかな?」
「……!? な、なんで筆頭大臣がそんなことを!? と、途中で書類の不備が見つかったからですよぉ!」
「そうでありますか。自分と、そして自分の部下とで書類を調べたところ、特に不備など無かったようでありますが」
「いいっ!? あ、い、いやっ、やっぱり事前の立ち入り調査で、いろいろおかしな所があったからかなぁ……?」
「そうでありますか。ですがこちらで取り寄せた、立ち入り調査の報告書には、全項目が最優良となっているようでありますが。担当者の総括でも、モデル店に推薦すべきと書かれているでありますが」
「う……うううっ……! あっ、そ、そうだぁ! 思い出しましたぁ! 実はあの店、他の領で営業していたときに、コッソリ脱税をした前科があるようでしてぇ……!」
「そうでありますか。それはまだ調べておりませんが、自分はそれはないと判断するでありますな」
「え、ええっ!? ど、どうしてですかぁ!? っていうか、なんで筆頭大臣ともあろうお方が、あんなチンケな個人商店のことを気にするんですかぁ!? ……あっ、わかった! もしかしてあのオッサン、ボクチンじゃなくて筆頭大臣のほうにチョコレートを……!?」
「……なにを言っているのかわからないでありますな。自分が『スラムドッグマート』を調査するに至ったのと、脱税をしていないだろうと判断したのは、納税があったからであります」
「へっ、納税……?」
「そうであります。『行商による納税』が『スラムドッグマート』名義であったからであります」
「ええええっ!? 行商で納税なんて、そんな馬鹿げた……あわわっ、そんな立派なことをするだなんて……!」
「そうでありますな。本来、我が国では『行商』による商売においても、税金がかかる仕組みになっているであります。しかしそれを納めた者は、建国以来ただのひとりもいない……。理由としては、納税の通告を行った時点で彼らは別の国へと行ってしまうであります。殺人などの重罪などであれば検問所で止められるでありますが、軽犯罪や少額の脱税などは取り締まりきれない……。そして今や、納税の通告すらされていないという実情があるであります」
……王都にある、納税手続きのカウンターに現れたオッサン。
その対応をした担当者は、さぞや驚いたことだろう。
このハールバリー小国は、建国して数百年の歴史があるが、初めて……。
初めて『行商』による納税を受けたのだから……!
手続き方法などはすでに過去の遺物で忘れ去られており、窓口は軽いパニックになった。
それがちょっとした事件となって、筆頭大臣の耳に入ったのだ。
興味をそそられた筆頭大臣は納税額を見て、不思議に思ったことだろう。
――『行商』なのに、個人商店よりもずっと高い売上を出している……。
ならば店舗で営業すれば、もっと儲けられるはずだろうに……。
そこから先は、芋づる式だった。
部下に指示して調べさせたところ、すでに『スラムドッグマート』は王都内に10店舗を構えており……。
営業許可の申請も、最優良でパスしているにも関わらず……。
なぜか開店の日に、衛兵局が強制的に営業停止処分にさせ……。
店側からの再申請は何度もなされているものの、棄却状態が続いている……。
その一連の事実にたどり着くまでに、そう時間はかからなかった。
通常であるならば筆頭大臣というものは、各局の大臣が下した判断に口を挟むことなどしない。
よほどの気になる事項でもない限りは。
個人商店の営業許可ごときで、いちいち首を突っ込んでいてはヤマタノオロチのようになってしまうからだ。
開店直後の店舗に営業停止処分というのは異常なことではあるが、普段の筆頭大臣であれば視界の片隅にも置かなかっただろう。
しかし、さらなる異常事態……。
『納税の概念すら忘れ去れていた、行商で納税』という、王国始まって以来の珍事の前には、さすがに目を奪われてしまう……!
そう……!
これはオッサンからの、見えざる手……!
オッサンは『馬鹿呼ばわりされるほどの、清く正しい商売人』であることで……。
グキッと首の骨が鳴るほどの勢いで、筆頭大臣の注目を掴んで引き寄せ……!
ポップコーンチェイサーの悪行を彼に知らせるどころか……。
ジェノサイドロアーの企みまで、潰しにかかっていたのだ……!
次回、ついに開業!